魔術師のピラミッド!ユカタン半島北西部にあるマヤの都市遺跡ウシュマル!金星の動きや観測が難しい木星の動を見て決めた !

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魔術師のピラミッド!ユカタン半島北西部にあるマヤの都市遺跡ウシュマル!

魔術師のピラミッド!ユカタン半島北西部にあるマヤの都市遺跡ウシュマル!金星の動きや観測が難しい木星の動を見て決めた !

 

メキシコ、ユカタン半島北西部にあるマヤの都市遺跡ウシュマルの「魔術師のピラミッド」。

マヤの人々は天体の運行を詳しく観測し、正確な暦を作った。

天体と地上との出来事には神秘的なつながりがあると考え、戦闘や生贄=いけにえ 

など重要な行事の日取を、金星の動きや観測が難しかった木星の動きまで見て決めた。  

行き方ー成田空港ーメリダ空港=サンフランシスコ、ヒューストン経由で役18時間ー車で約2時間。  

NATOINAL GEOGRAPIC  より。

 

 

ウシュマル!ユカタン州にある古典期後期から後古典期のマヤ文明の遺跡!

ウシュマル!ユカタン州にある古典期後期から後古典期のマヤ文明の遺跡!!

 

[ウシュマル (Uxmal) は、メキシコ、ユカタン州にある古典期後期から後古典期のマヤ文明の遺跡。]

[外部リンク概要]    

メリダの南方78kmの地点にあり、カンペチェへ向かうメキシコの高速自動車国道261号線で、メリダから110kmの地点にある。

ウシュマルという地名は、オシュ=マハアルと発音されたと考えられ、マヤ語の研究者の間でその

由来について論争があるが、コロンブス到着以前の古いマヤ語の名称と考えられ、

「三度にわたって建てられた町」という意味である(cf.カラコルの旧名「オシュ=ウィツア」を見よ)。

多くの観光客の目的地となるためにウシュマルの建造物の整備や復元にたくさんの

労力が注がれる一方で、細々とであるが真摯な考古学的な発掘調査や研究がなされてきた。

この都市の占地が行われた時代はよくわかっていないが、人口は、現時点では概算で2万5千人ほどと推定されている。

今日目にすることのできる大多数の建造物は、だいたい紀元700年から1100年の間に建てられたものである。

[近世までの歴史]      

マヤの年代記によれば、ウシュマルは、フン=ウィツィル=トゥトゥル=シウによって紀元500年に建てられた町であるという。

ウシュマルは何代にもわたってシウ家によって支配され、ユカタン西部でもっとも強力な都市であった。

そしてチチェン・イッツアと同盟を結んで北部ユカタン全域を支配していた。

紀元1200年以降は主要な建築物を新たに建築することは行われなくなる。

このことは、ウシュマルと同盟者チチェン・イッツアの衰退とマヤパンへユカタンの権力が移っていく過程と関係しているとおもわれる。

シウ家が、マニへ首都を移すとともに、ウシュマルの人口は減少していった。

スペインによる征服後、シウ家自身は、スペインの同盟者となったが、初期植民地時代の記録によると、

ウシュマルは、1550年代までは、ある程度の数の人々が住む重要な場所であったが、

そこにスペイン風の町が建てられることはなくやがてウシュマルは放棄されることとなった。

ウシュマル遺跡の「尼僧院」の一部。フレデリック・キャザウッドの石版画

ウシュマル遺跡「魔法使いのピラミッド」   

ウシュマル遺跡の「尼僧院」

[現地の状況]    

ウシュマルの復元作業は、建物が通常より良好に残っていたおかげで

他の多くのマヤ遺跡よりも良い条件で行うことができた。

建物によく使われる漆喰のツナギを使用しないで精巧に切り取られた切り石を使用して建てられている。

ウシュマルにある建造物は、優雅さと美しさにおいてパレンケの建造物に匹敵するものである。

ウシュマルにおいては、その前半の時期においては、その大部分がプウク式の建物である。

保存状態が良好であるため、一般の観光客にも当時のウシュマルの祭祀センターの

様子をほぼ完全な形で想像させることのできる数少ないマヤ遺跡のひとつとなっている。

よく知られている著名な建造物は下記のとおりである。

 

 

これは[尼僧院]です!


総督の館!壮大な基壇の上に長いがそれほど高くない建造物が建てられている!

 

[総督の館]    

壮大な基壇の上に長いがそれほど高くない建造物が建てられている。

これは、コロンブス到着以前のメソアメリカでは、最長の外観をほこる建造物である。 

魔法使いのピラミッド(英語版) 別名「占い師のピラミッド」。

高さ36.5メートルの巨大なピラミッドの土台は楕円形に近い形で、長さが73メートル、幅が36.5メートルある。

急傾斜で有名な118段の階段を上ると、頂上には神殿がある。

このピラミッドはいくつかの点で通常ではない良好な状態の建造物である。

テオティワカンのピラミッド等と同じで小さな神殿が順次大きな神殿へと拡大された。

魔法使いの老婆が暖めた卵から生まれてきた小人が、超自然的な力で

一夜のうちに造ったというマヤの伝説から、「小人のピラミッド」とも言われている。

[尼僧院]    

内面と外面に精巧で美しい彫刻が施されたウシュマルにあるいくつかの中庭を方形の

回廊状に囲む良好に残された建造物の中でもっともすばらしい建物である。

なお、尼僧院とはスペイン人によってつけられたあだ名で、実際には支配者の宮殿と考えられる。

[大球戯場]   

メソアメリカ独特の球戯が行われた場所で、901年にチャン=チャク=カクナル=アハウという

王によって奉献されたという銘文が刻まれている。

ウシュマルには、ほかにも注目すべき建物や多くの神殿ピラミッド、

方形回廊状建物や記念碑、埋まったまま保存されている建物がある。

マヤ文字が刻まれた銘文の多くは、一連の石碑に刻まれているが、

一つの神殿に対になるようにグループになっているわけではない。

この石碑に刻まれているのは歴代のウシュマルの王たちである。

また石碑は、たおれかかっていたり、ばらばらに壊れそうな

兆候を示しているので、建て直したり修復したりする必要がある。

[近世以降]     

ウシュマルは、メリダからそう遠くないカンペチェへ向かう

道路沿いにあり、メキシコ独立以来多くの見物者が訪れた。

1838年にジャン=フレデリック・ワルデック伯爵が、

この遺跡について詳細な記録を初めて出版している。

ジョン・ロイド・スティヴンズとフレデリック・キャザウッドは、

1840年代に二度にわたってウシュマルを訪れ、

建築家であり画家であったキャザウッドは、この古代都市の建造物がかってどのように

建てられていたかわかるくらいの多くのプランやスケッチを報告する予定であったかのように

詳細に描いたが不幸なことに現在その大部分は失われている。

シルヴァヌス・モーレイは、1909年に、以前にはいくつか

見落とされてきた建造物を含めてウシュマルの地図を作成した。    

ウイキペディア。

 

 

組み石を複雑に組み合わせてできた模様は、建築技術の高さを物語る!  


メキシコ・ユカタン半島の鬱蒼と樹海が広がる丘陵地帯に、忽然と現われるピラミッドや宮殿、球戯場跡などの遺跡群!!

 

[ウシュマル遺跡]   

メキシコ・ユカタン半島の鬱蒼と樹海が広がる丘陵地帯に、忽然と現われるピラミッドや宮殿、球戯場跡などの遺跡群。

中央アメリカで紀元前に興り、スペイン人の侵入によって16世紀に歴史から姿を消した謎多きマヤ文明。

ウシュマルは、その文明が最盛期にあったと考えられている7~10世紀に繁栄した古代都市の1つです。

ウシュマルの建築物は、切石に複雑な幾何学模様や動物をモチーフにした彫刻を施し、組み上げて造られています。

この建築様式はプウク様式と呼ばれ、過剰と思えるほど華麗な装飾が特徴です。

プウクとはマヤ語で「丘」を意味し、マヤ人がユカタン半島の丘陵地帯をプウクと呼んでいたことから名付けられました。

装飾の中でも多いのは雨の神「チャック」像です。高さ38mの「魔法使いのピラミッド」は、

小人が一夜にして造ったという伝説があり、マヤ遺跡では珍しく、土台が楕円形をしているピラミッドです。

丸みを帯び柔らかい印象を与えるこの建造物も、チャック像で埋め尽くされています。

近くに河川がなく乾燥した丘陵地帯に暮らすマヤ人にとって、

雨水はまさに命の綱であり、雨の神を深く崇拝していたと考えられます。

1996年に世界文化遺産に登録されたウシュマルは、多くのマヤ遺跡の中でもとりわけ

保存状態が良く、独自に発達した高度な文明にふれることができます。

西欧やアジアの文明とは異なる道をたどったマヤ文明。歴史ロマンを感じるタイムトリップに出かけませんか。

阪急交通社 より。

 

 

これが尼僧院です!


古代都市ウシュマル!古代都市ウシュマルとプウク様式!古代都市ウシュマルは、東西約600m、南北1㎞の都市で、6世紀頃築かれた!

 

[古代都市ウシュマル]    

古代都市ウシュマルは、メキシコのユカタン半島北部プウク地方にあるマヤ文明を代表する都市遺跡の一つです。

プウクとは「丘」を意味しています。

1996年に世界遺産に登録された古代都市ウシュマルには、他のマヤ文明の都市には

見られないのも合わせて、15あまりの建造物が残っています。

[古代都市ウシュマルとプウク様式]    

古代都市ウシュマルは、東西約600m、南北1㎞の都市で、6世紀頃築かれたといわれ、7~10世紀にかけて繁栄しました。

最盛期には人口が25,000人いたそうです。

同じくマヤの古代都市チチェン・イッツァと同盟を結び、ユカタン半島北部を支配しました。

しかし、マヤパンの興隆に伴って2都市の衰退が始まり、権力もマヤパンへと移っていったといいます。

[プウク様式]    

ウシュマルで最も特徴的なものは、プウク様式と呼ばれる建築様式です。

建物は横長で平らな屋根を持ち、壁にはコンクリートが使用されました。

壁面は上部と下部に分かれ、上部には石灰岩の切石を用いた精巧なモザイク装飾が見られます。

[古代都市ウシュマルの遺跡群]    

ウシュマルには、プウク様式の遺跡群が多く残されています。

保存状態もきわめて良好です。

[魔法使いのピラミッド]    

このピラミッドは、他のマヤ都市にはない楕円形の底面をしており、その長さは73m、幅36.5m、高さは36.5mあります。

傾斜が非常に急な階段が118段あり、頂上に神殿があります。

名前の由来ですが、魔法使いが育てた小人が超自然的な力で一晩で造り上げたという伝説があるためです。

「小人のピラミッド」とも呼ばれています。

[総督の館]    

大きな基壇の長さは187m、幅153m、高さは12mあり、建物の長さは100mに達します。

内部に部屋が設けられていたため総督の館と呼ばれていますが、実際の用途ははっきりしていません。

約2万個の切石を用いたプウク式の彫刻群は、この様式の最高傑作ともいわれています。

[尼僧院]   

魔法使いのピラミッドの隣にあります。

尼僧院というのはスペイン人がつけたもので、実際は支配者の宮殿ではなかったかと推測されています。

内部には64×45mの四角い庭があり、これを囲む東西南北の建物すべてが異なったデザインをしています。

内面・外面ともにプウク式の美しい彫刻が施されており、雨の神チャックや最高神ククルカンなどが見られます。

[大球戯場]    

豊作を祈って、サッカーのような競技が行われた場所です。

壁に設置された輪に球を入れる(当てるとも言われています)と得点になりました。

チチェン・イッツァの球戯場でも同じようなことが行われ、そちらでは、競技者が生贄になったといわれています。

901年、チャン=チャク=カクナル=アハウ王が奉献したという銘文が残されています。

プウク様式の美しさが良い状態で保存されているので、ぜひ近寄って見てみてください。

また、夜間に行われる「光と音のショー」では、遺跡がライトアップされて幻想的な姿を見せてくれますよ。

世界遺産 オンラインガイド より。

 

 

魔術師のピラミッド-メキシコのウシュマルのマヤ遺跡!


魔術師のピラミッドは、ドワーフの家としても知られ!19世紀のマヤの物語に由来!母親である魔女の助けを借りて、ある夜にピラミッドを建設!

 

[魔術師のピラミッド-メキシコのウシュマルのマヤ遺跡]   

魔術師のピラミッドは、ドワーフの家(カサデルアディヴィーノ、またはカサデルエナーノ)としても知られ、

マヤ北部のユカタンのプウク地方にある遺跡であるウシュマルの最も有名なマヤのモニュメントの1つです。

メキシコの低地。

[魔術師のピラミッドの歴史]    

その名前は、19世紀のマヤの物語「Leyendadel Enano de Uxmal(The Legend of the Uxmal’s Dwarf)」に由来しています。

この伝説によると、小人は母親である魔女の助けを借りて、ある夜にピラミッドを建設しました。

この建物は、高さ約115フィートのウシュマルで最も印象的な建物の1つです。

AD 600から1000までの、後期およびターミナルクラシック期間に建設され、5つの建設段階が検出されました。

今日目に見えるのは、AD900-1000を中心に構築された最新のものです。

実際の寺院が立っているピラミッドは、独特の楕円形をしています。

2つの階段がピラミッドの頂上に通じています。

幅の広い東階段には、途中に小さな寺院があり、階段を半分に切っています。

2番目のアクセス階段である西部は、尼僧院の四角形に面しており、

雨の神チャクのフリーズで飾られています。

魔術師のピラミッドは、ボールゲームコートと総督邸のすぐ北、

尼僧院の四角形の東にあるウシュマルの儀式エリアに訪問者が遭遇する最初の建物です。

ピラミッドを基部から上部に上っていくと、ピラミッドの上に

構築された寺院のいくつかのフェーズが表示されます。

5つの建設段階が検出されました(寺院I、II、III、IV、V)。

さまざまな段階のファサードは、この地域のプウク建築様式の

典型である雨神チャクの石のマスクで飾られていました。    

社会科学 より。

 

 

ウシュマルの最も有名なマヤの記念碑の1つです!

ウシュマルの最も有名なマヤの記念碑の1つです!魔術師のピラミッドは、訪問者がウシュマルの儀式エリアに入る最初の建物!

 

[魔術師のピラミッド(メキシコ)]    

ドワーフの家(カサデルアディヴィーノ、またはカサデルエナーノ)としても知られる魔術師のピラミッドは、マヤ北部のユカタンのプウク地方にある遺跡であるウシュマルの最も有名なマヤの記念碑の1つです。メキシコの低地。

その名前は、19世紀のマヤの物語に由来しています。 Leyenda del Enano de Uxmal (ウシュマルの小人の伝説)。

この伝説によると、小人は母親である魔女の助けを借りて、

[コンテンツ:]   

魔術師のピラミッドの歴史  ソース   

ドワーフの家(カサデルアディヴィーノ、またはカサデルエナーノ)としても知られる魔術師のピラミッドは、

マヤ北部のユカタンのプウク地方にある遺跡であるウシュマルの最も有名なマヤの記念碑の1つです。メキシコの低地。

[魔術師のピラミッドの歴史]  ソース   

ドワーフの家(カサデルアディヴィーノ、またはカサデルエナーノ)としても知られる魔術師のピラミッドは、

マヤ北部のユカタンのプウク地方にある遺跡であるウシュマルの最も

有名なマヤの記念碑の1つです。メキシコの低地。

魔術師のピラミッドは、訪問者がウシュマルの儀式エリアに入る最初の建物です。

ボールゲームコートと知事の宮殿のすぐ北、尼僧院の四角形の東にあります。

ピラミッドを基部から上部に上っていくと、ピラミッドの上に

構築された寺院のいくつかのフェーズが表示されます。

5つの建設段階が検出されました(寺院I、II、III、IV、V)。

さまざまな段階のファサードは、この地域のプウク建築様式の

典型である雨神チャクの石のマスクで飾られていました。    

KYAAML より。

 

 

パワースポットと言われるマヤ文明の5大遺跡!


メキシコのパワースポット!マヤ文明おすすめ五大遺跡! テオティワカンの遺跡!「太陽のピラミッド」「月のピラミッド」「城塞」といった巨大なピラミッドや神殿群!

 

[メキシコのパワースポット!マヤ文明おすすめ五大遺跡]    

メキシコには、ビーチリゾート、おいしいメキシコ料理、そして、パワースポットである

マヤ文明の古代遺跡など、おすすめしたい、スポットがたくさんあります。

今回は、その中でも、パワースポットと言われるマヤ文明の5大遺跡をご紹介します。

[メキシコとは]   

メキシコ合衆国(メキシコがっしゅうこく、スペイン語: Estados Unidos Mexicanos)、

通称メキシコは、北アメリカ南部に位置する連邦共和制国家である。

マヤやアステカなどの大遺跡をはじめ、瀟酒なコロニアル都市など歴史的な見どころいっぱいのメキシコ。

土着の先住民文化とスペイン文化が複雑にからみあっているので、各地のお祭りや市場では独自の民族色が楽しめる。

メキシコといえば、なにを思い浮かべるでしょうか?メキシコ料理、ビーチリゾート、テキーラ、などでしょうか。

今回は、メキシコ観光には欠かせない、マヤ文明の遺跡、メキシコのパワースポット五大遺跡をご紹介します。

[1  ティオティワカン遺跡]    

テオティワカンの遺跡は、その中央をほぼ南北四キロにわたって走る「死者の大通り」沿いに、

「太陽のピラミッド」「月のピラミッド」「城塞」といった

巨大なピラミッドや神殿群が無数に立ち並ぶ実に壮大なものである。

出典:www.y-asakawa.com

4年の駐在のうちに5回も行きました。

出張者が来るたびにお連れしたのですがいったらいったで新しい発見が毎回ありました。

レストランも含めて。

是非お勧めしたいメキシコ世界遺産です。

出典:www.tripadvisor.jp

まず最初の、メキシコのパワースポットのおすすめは、世界遺産に登録されているティオティワカン遺跡。

スケールがでかく、世界三大ピラミッド言われる太陽のピラミッドに登り、頂上からすばらしい景色が望めます。

[2 チチェン・イツァ]    

チチェン・イツァは、メキシコのユカタン半島北部の大地に残る、古代マヤ文明の遺跡です。

メキシコのビーチリゾート・カンクンから車で約3時間のところにあり、チチェンとは

「井戸のほとり」、イツァとは「水の魔術師」という意をもちます。

出典:tourist-area.y-pl.us

そこには、あたかも身をくねらすような大蛇の見事な胴体が浮き彫りにされ、

最後に頭部像と合体し、ククルカン(羽根のある蛇)像が完成するのだ。

出典:www.y-asakawa.com

つづいておすすめするメキシコのパワースポットは、チチェン・イツァ。

春分と秋分の年に2回、エル・カスティージョと呼ばれるピラミッドの階段に、

聖なる蛇、ククルカンの陰が現れるので有名な遺跡です。

世界遺産に登録されています。

[3 パレンケ遺跡]    

ユカタン半島の付根にあたるメキシコ南東部のチアパス州に位置し、7世紀に最盛期を迎えた

都市の遺構としての宮殿を中心とする、「マヤ遺跡の典型」といわれる建物群を密林のなかに配置している。

ロケーションがすごい遺跡といえば、ペルーのマチュピチュなどがありますが、メキシコのパレンケ遺跡もなかなかのものです。

ジャングルの中から突如現れる古代都市群は圧巻でした。

つづいてのキューバのパワースポットは、パレンケ遺跡。

こちらも世界遺産に登録されています。

ジャングルの奥地に現れる遺跡。

遺跡の中は霧がかかりとても雰囲気がある遺跡です。

[4 ウシュマル遺跡]    

ユカタン州の鬱蒼と茂る森の中に、マヤ遺跡として重要な遺跡の一つである「ウシュマル遺跡」がある。

7世紀初頭に栄えたこの遺跡には、カバー遺跡と同様「プーク様式」と呼ばれるマヤ色の濃い建造物が目につく。

いくつかあるピラミッドの中でも「魔法使いのピラミッド」は圧巻です。

楕円形の底面を持つ柔らかくエレガントな姿から、しばしば

「世界でもっとも美しいピラミッド」のひとつに数えられているとか。

つづいて、おすすめするメキシコのパワースポットは、こちらも世界遺産のウシュマル遺跡。

ほかの遺跡に比べると規模が小さく、人も少ないため、ゆっくりと見て回れる遺跡です。

その中でも「魔法使いのピラミッド」は圧巻で、世界で最も美しいピラミッドと言われています。

[5 カバー遺跡]    

ユカタン半島の主要都市メリダの南に点在する遺跡群の中で、

雨の神チャックの顔の壁面「コズ・ポープ」で知られているのがカバー遺跡だ。

チャック神の顔で埋め尽くされた神殿が圧巻でした。

修復前のマヤ文字の石が並べられていたり、わずかですか修復前の石段を上ると、 遺跡群も展望できました。

ひっそりと静かで古代文明に思いを巡らせられる場所です。

最後のメキシコのおすすめパワースポットは、カバー遺跡。

雨神チャック神の顔で外壁全体が飾られている「コズ・ホープ」と呼ばれる遺跡。

別名「仮面の神殿」呼ばれています。

[いかがでしたか]  

 いかがでしたでしょうか?メキシコのパワースポットマヤ文明の五大遺跡は。

メキシコには紹介しきれないほど、まだまだ古代遺跡があります。

是非、古代マヤ文明の遺跡を巡る旅にでてみてはいかがでしょうか?    

RETRIP より。

 

 

 ユカタン半島にはかつて超巨大隕石が激突しその影響で、恐竜が絶滅した!

 ユカタン半島にはかつて超巨大隕石が激突しその影響で、恐竜が絶滅した!

 

今日のまとめ。

メキシコ、ユカタン半島北西部にあるマヤの都市遺跡ウシュマルの「魔術師のピラミッド」。マヤの人々は天体の運行を詳しく観測し、正確な暦を作った。

天体と地上との出来事には神秘的なつながりがあると考え、戦闘や生贄=いけにえ など重要な行事の日取を、金星の動きや観測が難しかった木星の動きまで見て決めた。

ウシュマル!

ユカタン州にある古典期後期から後古典期のマヤ文明の遺跡!  

総督の館!

壮大な基壇の上に長いがそれほど高くない建造物が建てられている! 

メキシコ・ユカタン半島の鬱蒼と樹海が広がる丘陵地帯に、忽然と現われるピラミッドや宮殿、球戯場跡などの遺跡群! 

古代都市ウシュマル!

古代都市ウシュマルとプウク様式!古代都市ウシュマルは、東西約600m、南北1㎞の都市で、6世紀頃築かれた! 

魔術師のピラミッドは、ドワーフの家としても知られ!

19世紀のマヤの物語に由来!

母親である魔女の助けを借りて、ある夜にピラミッドを建設! 

ウシュマルの最も有名なマヤの記念碑の1つです!

魔術師のピラミッドは、訪問者がウシュマルの儀式エリアに入る最初の建物! 

メキシコのパワースポット!

マヤ文明おすすめ五大遺跡! 

テオティワカンの遺跡!

「太陽のピラミッド」「月のピラミッド」「城塞」といった巨大なピラミッドや神殿群!

今日はメキシコのユカタン半島にあるマヤの都市遺跡雨しゅ丸の「魔術師のピラミッド」について研究してきました! 

とにかく見上げた姿はまさに魔術師そのものに見えます! 

このユカタン半島にはかつて超巨大隕石が激突しその影響で、恐竜が絶滅したのがこのユカタン半島です!!

超巨大隕石が激突しその影響で、恐竜が絶滅したのがこのユカタン半島です!

それは魔術師のピラミッドができる遥か昔の話で、巨大隕石とは関係がない話でした! 

また金星の動きや観測が難しい木星の動きまで観測していたそうで観測技術がかなり優れていたように思われます!

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私はかなり高齢な建築家です。出身は伊豆の湯ヶ島で多くの自然に触れて育ちました。少年時代の思い出も記事になっています。趣味が多くカテゴリーは多義に渡ります。今は鮎の友釣りにハマっています。自然が好きで自然の中に居るのが、見るのが好きです。ですので樹木は特に好きで、樹木の話が多く出てきます。 電子書籍作りも勉強して、何とか発売できるまでになりました。残り少ない人生をどう生きるかが、大事です。