身につける彫刻への愛!現在、ガストゥ氏はイタリアを中心としたポストモダンの作品を最初にパリに紹介したギャラリストの一人!

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イヴ・ガストゥ氏と息子のヴィクトール・ガストゥさん!


身につける彫刻への愛!現在、ガストゥ氏はイタリアを中心としたポストモダンの作品を最初にパリに紹介したギャラリストの一人!

 

1980年代の半ば、アンティーク商のイヴ・ガストゥウ氏がパリのボナパルト通りに

家具やオブジェといった装飾芸術のギャラリーを開いたとき、その奇抜な外観に人々は驚いたという。

近くに350年の歴史を持つパリ国立高等美術学校(エコールデ・ボザール)が控え、画廊も多く集まる。

そんな界隈に突如、イタリアの先鋭的な建築家であるエットレ・ソットサスが、

さほど高価ではない人造大理石を用いて作ったファサードが出現したのだ。

外観だけではない。

ギャラリーの中も、

アールデコやアールヌーボーの作品に、

アールデコやアールヌーボーの違い!

ソットサスを始め、アレッサンドロ・メンディーニや倉俣史郎といった

前衛デザイナアーの作品を並列して展示するといった具合で、

「型破りな場所だった」と仏ルモンド紙は報じている。

現在、ガストゥ氏はイタリアを中心としたポストモダンの作品を

最初にパリに紹介したギャラリストの一人として、

また「目の高い折衷主義者」として評価されている。

ガストゥ氏が亡くなる2年前の2018年、私的に収集していた

数千点もの指輪のうち約600点を公開する展覧会をパリで開き、

関係者を再び驚かせた。

ガストゥ氏は常にいくつもの指輪をつけており、その愛はつとに知られていた。

ギャラリーを受け継いだ息子のヴィクトールさんによれば、

「毎朝指輪を選ぶ時『元気かい?』と指輪に話しかけていた」ほどだったという。

だが、収集の全貌を見たのは展覧会が初めてで、

「誇らしいと同時に目眩を覚えるほどでした」と語る。

コレクションは、その人自身を表す自画像のようだと言われる。

パリで展覧会を経て、

今東京ミッドタウン(東京・港)内のギャラリー、

東京ミッドタウン(東京・港)内のギャラリーは、ステンドグラスをイメージした会場!

2021デザインサイトで開かれている

「メンズ リンク エキシビジション イヴ・ガントゥ コレクション」では、

約400点の指輪に、ガストゥ氏の幅広い好奇心と情熱を見ることができる。

かつて貴族の象徴だったジャネットリング(台座に家紋などを彫ったもの)、

ルネッサンス期のヴェネチア共和国元首の権威を表す大きな指輪、

繊細な彫刻が施されたカメオの指輪

アフリカのマリに暮らすどゴン族の指輪、漫画のキャラクターが描かれた指輪――。

時代や社会を写しとり、宝飾的な価値の高いものからおもちゃのようなものまである。

「高級品でないと意味がないというエリート主義を父は嫌っていた」

とヴィクトゥールさんがいうように、ガストゥ氏の

規範に縛られない自由な精神やユーモアも感じられる。

ガストゥ氏の収集は、1980年代に始まる。

オークションに参加し、有名宝飾店に足を運んでは

「古い指輪でいらないものはない?」と尋ねて回った。

その熱心さは徐々に周囲の知るところとなる。

「『男性用の指輪を集めているクレイジーな男がいる』」という噂が広まり、

オークショニストからも真っ先に声がかかるようになったのです」(ヴィクトールさん)。

お気に入りのアーティストに注文することも多かった。

ガストゥ氏が指輪に魅せられたたきっかけは、

ガストゥ氏が指輪に魅せられた!

フランス南部の古都、カルカソンヌで過ごした幼少時代にさかのぼる。

カトリック教会の特別の礼拝で、司教がつけていた

大きくキラキラ輝くアメジストの指輪」に魅せられ、

近くで見たいがために聖体拝領の列に何度も並んだという。

中世の要塞や、ゴシック様式の教会、共同墓地も幼いガストゥ氏が好んだ場所だ。

十字軍伝説やキリスト教神秘主義など、宗教的色彩が濃厚に残る街で、「死」への耽美的な好奇心も作られていったのだろう。

ドクロをモチーフにした指輪のコレクションは圧巻だ。

「メメントモリ」(死を忘れるな)という伝統的なメッセージを表すものから、

1960~70年大に米国西岸部のバイカー集団、

ヘルジュエンジェルズが犯行のシンボルとしてつけていたもの、

現代のアーティストによるファッショナブルなものまで数多く見ることができる。

装身具は、原始社会では呪術的なお守りとして、のちには権力や富の象徴として、限られた男性だけがつけてきた。

産業革命以降、一般市民や女性に広がると、

男性の指輪は「一部のシグネットリングと結婚指輪以外は無用の長物で、

真っ当な男性には相応しくないと20世紀後半まで考えられてきた」と、

美術史家のジスラン・オークルマンヌさん。

「ガストゥ氏のコレクションは、男性が自らを飾ってきたことを思い出させ、

21世紀の新しい装いのスタンダードに刺激を与えてくれる」と解説する。

「絵画はより周知的、彫刻はより堪能的」といって彫刻を愛したガストゥ氏は、

指輪を「身に付けられる彫刻だ」と愛でていたというヴィクトールさんは話す。

「年月を経るうちにつく傷や古色への変化、艶も父は愛していました。

それが自分自身の歴史に他ならないからです」。

パリで展覧会に携わった男性スタッフは、

いつしか皆指輪をつけるようになったという。

ガストゥ氏の情熱は伝播し、生き続けている。  

太田亜矢子  遠藤宏撮影。

 

 

「メンズ リング イヴ・ガストゥ コレクション」エキシビション 開催!

「メンズ リング イヴ・ガストゥ コレクション」エキシビション 開催!イヴ・ガストゥ氏がコレクションしていた息を呑むほどに見事なメンズリングの数々を展示!

 

[「メンズ リング イヴ・ガストゥ コレクション」エキシビション 開催]    

「レコール ジュエリーと宝飾芸術の学校」は、ヴァン クリーフ&アーペルのサポートを受け、

2022年1月14日から3月13日まで21_21 DESIGN SIGHTギャラリー3において、

イヴ・ガストゥ氏がコレクションしていた

息を呑むほどに見事なメンズリングの数々を展示します。

本展では、17世紀のヴェネツィア共和国のドージェ(元首)がはめていた

リングから1970年代のアメリカのバイカーリング、古代エジプトのリングから

19世紀の“メメント・モリ”スカルリング、18世紀のエナメルリングから

現代アーティストが手がけたリングまで、270点ものリングが一堂に会します。

[イヴ・ガストゥ氏と彼のメンズ リング コレクション]  

  ヴェネチア元首の指輪!

イヴ・ガストゥ氏の名は、1980年代半ばに

彼がパリのボナパルト通りに開いたギャラリーが

瞬く間にサンジェルマン・デ・プレ地区を代表する

有名スポットとなったことによって広く知られるようになります。

先駆的なアンティークディーラーだったガストゥ氏は、

1940年代から1970年代のフランスやイタリアの家具と、

ソットサス、

メンディーニ

倉俣史朗などの1980年代のデザインを

象徴する作品を同時にギャラリーに並べた最初の世代でした。

4 0 年以上にわたってアート市場を切り拓いてきたガストゥ氏のキャリアこそ、

正真正銘のパイオニアと呼ぶにふさわしいものです。

彼の才能の核心には、世界の美を彼に教えたオークショニアの父親と美意識の高い

母親によって子供の頃から培われた桁外れの視覚的知性、

温暖な地中海性気候に包まれたフランスの南部育ち特有のカリスマ性、

尽きることのない情熱とそれによって生まれるエネルギーがありました。

ガストゥ氏が所有していたメンズリングの類稀なるコレクションは、

2018年にパリのレコールで展示されるまで、その存在は秘密にされていました。

今回のエキシビションでは、ディーラーとしての側面があまりに有名なため、

これまでほとんど知られることのなかった彼の生涯におけるコレクターとしての

一面を明らかにすることを目的としています。

ガストゥ氏は、30年以上にわたり、トレジャーハンターとしての

常道(フリーマーケット、パブリックオークション、宝石商や工房の在庫など)だけでなく、

あちらこちらを旅しながら、

作品を蒐集し

熱狂的に、

危険を冒しながらコレクションを作り上げていきました。

子供の誕生や愛の誓いといった、ガストゥ氏の

遍歴や親密で情愛に満ちた人生の断片を

映し出すそのコレクションは、

パーソナルな告白が無限に続く本のようなものです。

[メンズ リング エキシビション]    

パリの後、東京と香港で開催される「レコール」によるこの巡回展では、

コレクションの中で最も象徴的な作品の数々が紹介されます。

展示されるリングのセレクションはそれぞれ、コレクションを特徴づけ

その多様性を表す5つの

テーマ―「歴史」

「ゴシック」

「キリスト教神秘主義」

「ヴァニタス( 空虚)」

「幅広いコレクション」―を代表しています。

それぞれのリングに、ガストゥ氏というコレクターの背景や、

彼を想起させるストーリーが込められ、

まるで彼自身を形作るたくさんの小さなパーツのように、

彼のアイデンティティとなっています。

本展は、これまで秘密にされてきた

隠れ家でのガストゥ氏の仕事ぶりを明らかにする逸話、

アートに捧げた人生やオブジェへの深い愛のストーリーを語ることをまさに目的としています。

ガストゥ氏のゴシックで神秘的な世界を見事に表現した空間演出は、

彼の原点であるフランスのオード地方で過ごした幼少期に着想を得ています。

選ばれた色は、大聖堂の様式だけでなく、より一般的なイメージである、

中世から1950年代にかけての教会、

聖人や騎士の地下墓所、

芳香漂う礼拝の作りこまれた壮麗さ、

オルガンの音、

刺繍入りの祭服に身を包んだ侍者、

映画『フェリーニのローマ』や

テレビドラマシリーズ『ヤング・ポープ 美しき異端児』の中で、

枢機卿、

司教、

司教、の指輪!

ローマ教皇が纏っている豪華な布を思わせる雰囲気を漂わせています。

このコレクションは、ジュエリーを

女性的なものと結びつけて考えることが一般的である

現代の風潮に対して、

メンズリングに特化しているという点で前例がないもので、

レコール以外で一般に公開されたこともありません。

その表現はバロックであり、

ボードレールが言っていたように

「美しいものは常に奇抜である」ことを思い起こさせます。

そこには、ロックンロールで派手な虚栄心、

輝く宝石、

オルゴールの指輪!

ジュエラーの職人技の豊富さや無駄のなさ、

太陽と月の反射と融合しさらに

豊かになる神秘的で無限のシンボル、

といった意味合いが込められています。

PRTIms より。

 

 

ポストモダン(英: Postmodern)またはポストモダニズム!

メンフィス(Memphis)は1981年に結成された多国籍からなるデザイナー集団で、1980年代前半にイタリアを中心に世界のデザイン建築に影響を及ぼした。

またデザインにおけるポストモダンの代表としても一世を風靡した。

グループの中心にあったのはイタリアの建築家インダストリアルデザイナーであったエットレ・ソットサス(Ettore Sottsass)であった。

1980年12月16日の夜、若いデザイナーや建築家らが彼の自宅に集まって酒を飲んでいた際に「メンフィス・グループ」は結成され、各々のデザイン作品を持ち寄って1981年の2月に再会することを約束した。

「メンフィス」の名は、結成の夜にソットサスの家でかかっていたボブ・ディランの曲『Stuck Inside of Mobile with the Memphis Blues Again』(『メンフィス・ブルース・アゲイン』)に由来する。

翌1981年9月の世界の家具デザインの祭典、ミラノ・サローネでの第一回展覧会は高く評価され世界に衝撃を与えた。

当初のメンバーは「ソットサス・アソシエイツ」にいたデザイナーが中心だったが、後に世界各国のメンバーを加えた。

主なメンバーには

ミケーレ・デ・ルッキ(Michele de Lucchi)、

マテオ・テュン(Matteo Thun)、

マルコ・ザニーニ(Marco Zanini)、

アンドレア・ブランジ(Andrea Branzi)、

アルド・チビック(Aldo Cibic)、

バルバラ・ラディチェ(Barbara Radice)、

マーティン・ベダン(Martine Bedin)、

スペインのハビエル・マリスカル(Javier Mariscal)らがいる。

また日本からは磯崎新倉俣史朗梅田正徳らがメンフィスの展覧会に出展した。

メンフィスのデザインは多くの影響を及ぼしたが、一方で装飾的・奇抜との批判も浴びた。またソットサス自身が建築の仕事に重点を置くようになったためグループは1988年に解消した。

 

メンフィスの作品と姿勢

[メンフィスの作品と姿勢]

 

メンフィスの運動は1970年代のデザインへの反発であり、当時のデザインが欠いていた

ユーモアのセンスや人間の内的な力の権威を回復しようというものであった。

ソットサスはメンフィスのデザインを

「新たなインターナショナル・スタイル」と述べた。

メンフィス・グループのデザインは明るく

鮮やかで刺激的な色彩を多用し、形態も複雑かつ有機的なものだった。

鮮やかで刺激的な色彩を多用し、形態も複雑かつ有機的なものだった!

当時の箱型で黒や茶色など暗い色を基調としていた

ヨーロッパの家具デザインとは対照的な色と形態であり、

「趣味がいい」という言葉とは結びつきそうにないものであった。

メンフィスは保守的な観念やアプローチをとらず、

クライアントからの制約なしに作りたいデザインを作ることを試み、

1950年代キッチュなデザインや未来的なデザイン、

ポップアートアールデコなどからインスピレーションを汲み、

モダニズムの「グッド・デザイン」の概念とは大きく異なるものを作った。

彼らは議論に終始した感のあるデザイナー集団「アルキミア」を1970年代末に去った後、

実際に生産され販売されるデザインを志向し、

デザイナーが製品のデザインにとどまらず、生活や公共と個人の

関係もデザインすることを求めて多くの企業とのプロジェクトに取り組んだ。

ウイキペディア。

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ABOUTこの記事をかいた人

私はかなり高齢な建築家です。出身は伊豆の湯ヶ島で多くの自然に触れて育ちました。少年時代の思い出も記事になっています。趣味が多くカテゴリーは多義に渡ります。今は鮎の友釣りにハマっています。自然が好きで自然の中に居るのが、見るのが好きです。ですので樹木は特に好きで、樹木の話が多く出てきます。 電子書籍作りも勉強して、何とか発売できるまでになりました。残り少ない人生をどう生きるかが、大事です。