火の力・浄めと癒やし!現代はいささか火を遠ざけすぎている!火祭りに清めと癒しを求め!災いの時代の浄火を見つめてみた!!

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火の力・浄めと癒やし!現代はいささか火を遠ざけすぎている!

火の力・浄めと癒やし!現代はいささか火を遠ざけすぎている!火祭りに清めと癒しを求め!災いの時代の浄火を見つめてみた!!

 

人類は人バランスよく付き合うことで

文化や文明の歩みを進めてきた。

現代はいささか火を遠ざけすぎているのではないか。

新型コロナウイルス渦の今、

火祭りに清めと癒しを求め、

火の力を源に新たな世界を構想しようとする人々がいる。

災いの時代の浄火を見つめてみた。

 

 

長谷寺の火祭り「だだおし」は松明をぶつけ合い、鬼を追い払う!!


祈りを込めた火祭り・春告げる!鬼を追い払う火祭りで知られる!だだおしは、新春を迎える前に心身を清らかにする修二会という法要の締めくくり儀式!

 

花の御寺と呼ばれ、今は牡丹に彩られる奈良県桜井市の長谷寺。

この古刹で2月14日に行われる「だだおし」は、燃え盛る松明とともに災厄=さいやく を象徴する鬼を追い払う火祭りで知られる。厄払い

だだおしは、新春を迎える前に心身を清らかにする修二会という法要の締めくくり儀式だ。

僧侶が閻魔大王の宝印を押した牛王札=ごおうふだ で鬼を本堂の外に押し出してから見せ場を迎える。

日暮れの舞台に、ほら貝と太鼓が鳴り響き、青鬼と緑鬼、続いて赤鬼がそれぞれ火のついた松明を従えて登場。

松明は長さ4.5m、重さ120kgあり、折からの風にあおられ、炎が右に左に揺れながら立ち上る。

担ぎ手衆は炎にあぶられながら、暴れる鬼に合わせて松明をぶつけ合う。

火の子が漆黒の夜空を舞い、火のついた木片が降り注いで髪を焦がした。

鬼役を務めるのは地元の宮大工の人たちだ。

疫病に見たれられる例年以上に役目が重く、赤鬼役の瀧川真幸さんは「いつにも増して松明の近くで暴れ、暑さを強く感じた。

コロナに効き目があるといい」と語った。

火祭りは各地で季節の変わり目などに行われる。

正月は年初めに無病息災を願うどんどん焼き、お盆は鎮魂を祈るねぶたや精霊流しなど、年間を通じて様々な形がある。

春はだだおしのように新春を迎える前に災厄を焼き払うタイプが多い。

疫病や天災を国家の病気と考え、国家や万民の幸福を祈るため、奈良時代の752年に始まったとされる東大寺の「お水取り」はその代表だろう。

3月に入ると東大寺二月堂は毎夜、松明の炎と火の粉に包まれる。

火の玉のようなひときわ華麗な龍松明があげられる3月12日がクライマックスだ。

今年は観客を制限し、周囲に明かりが少なかったため、例年に増して松明の炎がくっきりと夜空を照らした。

堂内では「だったん」という火の行がある。

ほら貝や鈴の音にあわせ、火天役が煩悩や疫病を焼き尽くさんばかりに松明を打ち振り床に打ち付ける。

二月堂の下に湧く若狭井から香水を汲んで観音様に備える水取りと合わせ、浄化と浄水で清める作法だ。

お水取りで東大寺二月堂の舞台を巡る松明!

水は古来、けがれを伝えやすいとされてきた。お水取りは3月の本行の前に別火という前行がある。

火を遠をざけて普段の生活のけがれを落とし、心身を清める準備期間だ。別火の最後は火鉢の炭火だけで過ごすという。

とりわけ今年はコロナ対策で別火の前にも隔離期間を設けるなど慎重を期した。

練行衆の身の回りの世話をした東香水講社の森浦康文さんの目には、別火も本行もいつもより緊張感が漂っているように映った。

別火が静けさに消え入るほどの「静」なら、本行の火の行は荒々しいまでの「道」といえよう。

そのコンストラストの大きさは宗教行事における火の畏敬を感じさせる。

火を崇拝する宗教行事は古代のインドやイランに入ったアーリア人の信仰にさかのぼるとされる。

太陽を神とし、火に供物を投じ、立ち上がる炎が神に供物を届けるという儀式だ。

これがインドでホーマ、イランでハオマと呼ばれ中国に渡って護摩になり、日本に伝えられた――

作家の松本清張はこう考え「火の路」という歴史ミステリーに仕立てた。

拝火教と呼ばれるイランのゾロアスター教との関係など、研究が待たれる課題は多いが、

火祭りが古今東西の宗教儀式に取り入れられてきたのは確かだろう。

1000年以上前の昔から災厄を追い払う行事として伝えられてきた、だだおしやお水取りが、

様々な制限を抱えながらも、コロナ下のこの時期に開催に漕ぎ着けた意義は大きい。

一般向けに動画配信し、海外にも裾野が広がった面もある。

ただ一般の人が火の粉をかぶったりして、その場で御利益を授かることはできなかった。

そうした中、一般の人々の参加を認めたのが、東京・高尾山にある薬王院が3月14日に開催した火渡り祭りだ。

全身が焚き上げられる感じが良い」と女性にも好評の高尾山にある薬王院の火渡り祭!

例年の2000人規模から半分の1000人に限定しながらも、一般の人たちが火を渡って御利益を実感できるようにした。

火渡り祭りは修験道の修行の一環だ。

修験者10m四方ほどある柴燈護摩壇に火をつけると、信者の願いを記した木札や松の枝葉から炎と煙が立ち上がった。

火勢が落ち着いた頃、修験者が悪魔・煩悩、怨敵を降伏する火生三昧の行として火を渡った。

修験者に続いて一般の人が裸足で火を渡り願いを祈る。

暑さはそれほどでないが、立ち上る煙で全身が焚き上げられ、燃えた松の枝葉の香ばしい匂いが後を引く。

火祭りは各地に春の訪れを告げるが、疫病退散の癒しを求める人々にとっては、まだかりそめの春だろう。

コロナ渦が開けたことを告げる春のともしびが待ち遠しい。

 

 

柳田邦男が過ごした三木家住宅は数多くの蔵書がありのちの民俗学者を育んだ!


全身を刺激・創造力の熱源に!人から味覚や臭覚を奪い、五感を狂わせるコロナ渦は人間の創造性にとっても脅威になる!!

 

民俗学者の柳田邦男は、人類が火を使うようになったのは自然発火した火で食物が偶然焼かれて

香ばしくなり、生より美味しく食べられることを発見したからだと考察している。

火の民俗学ともいえる柳田の著書「火の昔」は、火の利用が暮らしを変えてゆく過程を各地の習わしをもとにひもといてゆく。

柳田自身の火の記憶としてあるのが、かまどだ。

「毎朝、母がかまどにくべたパチパチと燃える音と、そこから漂ってくる良い匂いで目を覚ましていた」。

兵庫県福崎町にある柳田の生家を訪ねると、町立柳田国男・松岡家記念館の学芸委員、中村分音さんが柳田の子供時代をこう解説してくれた。

柳田が、「日本一小さい家」と称された生家は移築されたもので、玄関から奥に入った土間に小ぶりの2つのかまどが復元されている。

移築されている柳田邦男の生家で屋根以外は往時と姿を変えている!

興味深いのは、かまどのたき口が板の間を向いていることだ。

一般にたき口は茶の間を背に向けていることが多い。

だが、女子の少ない家は茶の間から火が見えたほうが便利で、土間の狭い都会の家では反対側に回る余地がない。

こんな理由から最近は板の間を向くようになったと柳田は記している。

小さく狭い生家のかまどはそれを先取りしたのか、それとも復元の際に向きが変わったのか、真相は不明だ。

かまどの改良は暮らしをかえた。

まず煙や火の粉を漏らさないよう土をねって囲うことから始まり、次に閉じた空間でも

薪がよく燃え、火力が上がるよう口の広さや内側の回り具合に工夫を重ねた。

火力が高まるにつれてコメの食べ方も、せいろで蒸した強飯からカタカユ、そしてしっかりとしたご飯へと変わっていった。

かまどは家の格式も示した。

柳田が11歳の時に預けられた近所の三木家は

正月などにしか使わない大型のものを含め、5つのかまどがある大庄屋だった。

歴代当主は江戸や京都で学問を修め、大量の蔵書を収集。

柳田はこれを読みふけり民俗学者の素地を育む。

ところで生家で幼い柳田の目を覚まさせた良い匂いの薪は何だったのか。

 

 

クロモジというクスノキ科の香木だとわかった!

それがクロモジというクスノキ科の香木だとわかったのは後年、たき火をしていてふと嗅ぎ留めた匂いに懐かしい記憶が蘇った時だ。

 

クロモジは福木と呼ばれて正月の餅花をつけるなど祝い事や祭にも用いられた。

柳田はインタービュー集「故郷七十年」でこの体験を語り、そこから祭りの木と日本人の匂いの記憶記憶の痕跡をたどる。

火がもたらし匂いや香りは民俗学者の研究意欲をかき立てた。

柳田と同様、火の力を創造的な仕事に活かす作家がいる。東京都内に事務所を構える猪瀬直樹さんだ。

故郷の信州では囲炉裏の火が身近にあり、30年ほど前に事務所を建てる際、応接に暖炉を置くことを思い立った。

暖炉は会話を和ませる。初めてきた人は炎に見入り、薪の燃えるる音に聞き入って子供のようになるという。

初対面でも緊張が解け、リラックスして良い意見交換の下地をつくれる。

ひとり思索を深めるのにも有益だ。

炎は視覚を和ませ、薪の音は聴覚を癒し、やわらかな熱は触覚に訴える。

だが特に刺激を感じるのは香りだという。

薪には日持ちの良いくぬぎのほか、香りの良い桜を時折くべる。

「現代は視覚と聴覚を酷使するが、臭覚を使う機会は少ない火によって視覚や聴覚だけでなく、

臭覚にも刺激されることで、五感が解放され、都会にいながら自然に還る感覚を取り戻せる」。

火は全身の感覚を刺激し、作家の創造的な思考を助ける。

暖炉の前での会話や思考から生まれた猪瀬さんの近著「公」は、

コロナを機に日本が変わるために新しいビジョンを描く場が必要だと説く。

都内の事務所に暖炉を構える猪瀬直樹さん!

それが新しい公で、クリエイティブな勇気を持つ人が刺激し合うことに期待する。

創造性の触媒という意味で、火は公に通じるものがあるのかもしれない。

人類は火の利用によってほかの生き物と別の道を歩んで来た。

しかし、現代では火は日々の暮らしから遠ざけられつつある。時代は脱酸素に向かい。

焚き火は禁止され、オール電化で火の気のない家庭が増えている。

「最近の子どもはロウソクの火を見ても電気の明かりだと思い、手でつかもうとする。

火に接する機会が減ることは文化の衰退だけでなく、実生活でも危険をはらむ」。

食物由来のロウソクなど、時代に応じた製品を手掛けてきたロウソク最大手の亀山の竹中淳さんはこう懸念する。

人から味覚や臭覚を奪い、五感を狂わせるコロナ渦は人間の創造性にとっても脅威になる。

心を癒し、新たな発想を育む火との向き合い方を改めて考えてみたい。   

斎藤徹弥 松浦弘昌、鈴木健撮影。 日経新聞。

 

では火にまつわる研究をしてゆきます!

 

焚火効果の科学的説明!


焚き火がこれほど魅力的な理由「囲む火」から「向き合う火」への変化!!!

 

[焚き火がこれほど魅力的な理由「囲む火」から「向き合う火」への変化とは(連載第6回)]   

キャンプやアウトドアがブームになる中、「焚き火」にも注目が集まっている。

複数で火を囲むのはもちろん、最近はソロキャンプとともに、一人で火と向き合う時間を楽しむ人も多い。

大人数で、あるいは一人で、人はなぜ火と共に時間を過ごすのだろうか。

その疑問について対談したのが、火をテーマにした「火とアウトドア専門iLbf(イルビフ)」を営む

堀之内健一朗氏と、考古学・宗教考古学を専門とする國學院大學 研究開発推進機構の深澤太郎准教授。

焚き火を追求し続ける堀之内氏と、古代の人々の生活を研究する深澤氏は、

人間と火が向き合ってきた意義を、それぞれの視点で考察していく。

「焚き火」の本質に迫る本対談。今回は、火と人間の対話について考える。

[考古学の視点で見る、いつも人間の「中心」にあった火の歴史]   

堀之内 最近のアウトドアブームとともに、焚き火を楽しむ方も急激に増えています。

これほど多くの方が焚き火を好むのは、現代の生活があまりに火から遠ざかってしまったからではないでしょうか。

電気が火の代わりをし、IHなどで一切火を扱わない生活もある。外での焚き火も簡単にはできません。

ですから、子どもの前で焚き火をすると、火の着いたストーブや火にかけたやかんなどを平気で触ろうとする子がいるんですね。

火を見る機会が少ないので、その怖さを知らないんです。

深澤 なるほど。

火と付き合い続けてきた人類だからこそ、火が遠ざかった現代の生活ではその存在を強く求めるのかもしれません。

堀之内 深澤先生は「火が人間を人間へと進化させた」とおっしゃいましたよね。

私は、人間のコミュニケーションの発達にも火が重要な役割を担っていたと思うんです。

実際、そういった言説もあって。昔から「焚き火を囲むと会話が弾む」と言いますが、

古代の人間は毎日焚き火を囲み、その中で人間のコミュニケーションが発達したのかもと。

深澤 確かに、火は人間のコミュニケーションツールとしても重要だったはずです。

私が着目するのは、火はいつも人々の「中心」にあること。

大人数で焚き火をするとき、火を真ん中にして囲みますよね。

旧石器時代の人々がバーベキューをした集石遺構も、恐らくそうだったでしょう。

それは古代も同様で、縄文時代や弥生時代の竪穴建物の中に作られた炉は、建物の中心にあるんですね。

もちろん、建物の天井から煙を逃がさなければいけない事情もあったのでしょうが、

火を中心にして人が集まっていたことがわかります。

深澤准教授は、古代の生活の痕跡からも火の重要性がわかると語る。

堀之内 確かに、火はいつも中心ですよね。今日も私たちの真ん中に焚き火があります。

深澤 ただし5世紀、古墳時代中期になると、建物の中の火は“端”に移っていきます。

その理由が「かまど」の登場です。

かまどはその構造上、建物の壁際に作られたので、火の据えられる場所が時代とともに変化していったのです。

しかし面白いのは、かまどが現れても、並行して家の真ん中の「いろり」は中世・近世を経て現代まで残り続けるんですね。

人間はやはり「火は中心にあってほしい」と思ったのでしょう。

現代だからこそ、火が人と人の中心にある意味が見直されている。

堀之内 焚き火をしていても、不思議と火を中心に人が集まるんですよね。

たとえ他人同士でも、距離を縮めて火を囲む。

今日の対談も、焚き火を囲んで話したからこそ、いつになくリラックスできた気がします(笑)。

深澤 前回、「火は自然や異世界との媒介」であると話しましたが、同時に「人と人との媒介」でもある。

そういう意味では、現在の焚き火ブームは先祖返りと言えるかもしれません。

火と人間の関係を考古学で考えると、そんな思いも浮かんできます。

「無機質ながら命を感じる。「火と向き合う」人が多い背景」   

堀之内 一方で、最近は「一人で火と向き合いたい」という人も増えています。

 

 

ソロキャンプが流行していますが、その愛好者の多くが一人で焚き火をしてじっくりと過ごしている!

ソロキャンプが流行していますが、その愛好者の多くが一人で焚き火をしてじっくりと過ごしている。

 

昔は人とつながるための「火」だったものが、今はSNSなどが発達しすぎて、むしろ人とのつながりが強すぎるのでしょう。

あえて孤立して火を見ることが貴重になっている。

独りになるためのツールとしての火の役割が、この時代の中で生まれてきているのではと。

堀之内氏は、SNSの発達で火に新たな意味・役割が生まれてきたと語る。

 

 

焚き火のゆらめきが持つ魅力に人は魅せられる!

「囲む火」から「向き合う火」になったのかもしれません!焚き火のゆらめきが持つ魅力に人は魅せられる!!

 

深澤 「囲む火」から「向き合う火」になったのかもしれません。

それは密教や修験道における「護摩(ごま)」の儀式にも近い。

護摩は、一切のしがらみを断った修行の中で、火と自分の対峙に没入し、煩悩を焼き尽くす。

そうして、己を省みるんですね。近年、「向き合うための火」としての在り方が注目されている。

堀之内 よく「焚き火は自分をリセットしてくれる」と言います。ストレスやモヤモヤをリセットする作用がありますよね。

私が焚き火の魅力を感じたのも同じで、もともとシステムエンジニアをやっていましたが、激務でひどく疲弊していました。

そしてある日、妻に「笑わなくなった」と言われて。

しばらく仕事を休んだんです。ちょうどその頃、たまたま焚き火と出会う機会があり、言いようのない懐かしさを感じたんですね。

同時に、気持ちが安らぎました。焚き火は現代人に安らぎをもたらしてくれるという。

深澤 そこで感じたのは「懐かしさ」だったんですね。

堀之内 はい。実は小さい頃、実家が薪風呂だったんです。

ですので、毎日薪を用意したり、それでお風呂を沸かしたりしていました。

当時は無意識にやっていましたが、大人になり焚き火をしたら不意にその頃を思い出して。そうして自分の気持ちも落ち着いたんです。

深澤 懐かしさだけでなく、火と向き合うことで、自分を整理できたのかもしれません。

仮に「自分と向き合いたい」と一人きりになっても、意外と考えが頭の中をぐるぐる巡って、心を整理できないこともあります。

かといって、人と一緒にいたい気分ではない。

そんなとき、火は無機質な存在ですが、揺らめきや熱があり、さも命を持っているような動きをする。

無機質だけど、火と対話しているような。

そのバランスが、自分と向き合うのにちょうどいいのかもしれません。

[焚き火のゆらめきが持つ魅力に人は魅せられる!]  

堀之内 本当に一人で暗闇の中にぽつんといるのはつらいですからね。

最近は、家の中でも小さな火を焚けるツールが流行っています。

オイルランプのようなものや、一酸化炭素の出ないエタノールを燃料にするものなど。

ろうそくを見ていると表情が和らぐとも言われますが、

そういった火に対する現代人のニーズが表れているのかもしれません。

これは長谷寺の火祭り!

深澤 さらに焚き火をしていると、火の様子を眺めるだけでなく、

燃えているときの小さな薪の爆ぜる音や香りもいいですよね。

堀之内 そうですね。火は暖かさだけでなく、色や音も楽しめます。

香りも、薪の種類によって全然違うんですね。焚き火をすると、静かにじっと

火に没頭している人もいますが、まさに色や音、香りを楽しんでいるのでしょう。

さまざまな“火の価値”が再発見されて、今や贅沢品になっているとも感じます。

火が種火から炎へ育ち終わりへ向かう。その様も人を魅了する。

深澤 今の人は、そういった火の価値を求めているのかもしれません。

昔は集落と奥山の間に里山があり、そこから木を伐採して薪にしたり建材にしたりしていました。

火と同様に、木も生活に密着していた。

今は薪を日常生活で使う機会は少ないですし、家を建てるにも木材の使用は減っています。

結果、昔より山には木が生い茂っている。

それは、決して山にとって良いことではないんですよね。

本来の山は、適度に木を間伐して、新陳代謝を促した方がいい。

人が程よく木を利用することで、実は人と自然の共存が出来る。

人間と自然の付き合い方を考える意味でも、焚き火は貴重な文化なのです。

焚き火は自然と人の古来からの関わり方でもある。

堀之内 自然ということでは、東日本大震災や熊本地震などの地震や水害などで

電気が止まったときに、暖を取るために焚き火をする光景が見られました。

災害が頻発する中で、外で生活することや、火に対する意識が高まったのではないかと感じています。

やはり、人は火とともに歩んできた存在であり、だからこそ火に安らぎ、火を求める。

そういった関係に思いを巡らせながら、普段から焚き火を楽しむ文化が多くの方に広まっていけばいいなと思います。」   

國學院大学メディア より。

 

集落を清め、五穀豊穣を祈る火祭りと道祖神祭り!

集落を清め、五穀豊穣を祈る火祭りと道祖神祭り!巨大な松明が圧巻の「奈良沢大天狗」火の粉を浴びて五穀豊穣を願う!

 

[集落を清め、五穀豊穣を祈る火祭りと道祖神祭り]     

人と人、人と自然との豊かな関係をいまに伝える地域の伝統行事。

五穀豊穣などを祈り、ときに激しく、ときにやさしく人々とともにあり続けてきた

小さな集落の火祭りと道祖神祭りをご紹介します。

[巨大な松明が圧巻の「奈良沢大天狗」火の粉を浴びて五穀豊穣を願う] 

   巨大な松明が圧巻の「奈良沢大天狗」火の粉を浴びて五穀豊穣を願う!

「奈良沢大天狗(奈良沢神社例大祭)」は、飯山市奈良沢で毎年9月中旬の土・日曜日に行われる秋祭りです。

集落各所で薙刀舞、獅子舞、小天狗の舞、大天狗の舞を行いながら奈良沢神社へと集います。

とくに奈良沢神社境内で行われる「大天狗の舞」では、長さ2m余りの太い松明を豪快に振り回す場面が圧巻で、

熱気に包まれた境内には、この世とは思えない幽玄な雰囲気が漂います。

集まった人々も五穀豊穣を祈るとともに、壮大な舞いに大きな喚声と拍手を送ります。

小学生から若者、そして壮年の男衆と、地域ぐるみで祭りを盛り上げている様子に、

この土地で暮らす人々のたくましさや誇りも感じられることでしょう。

[夜の闇に切り子灯篭が映える「春日本郷地区道祖神祭り」]

    夜の闇に切り子灯篭が映える「春日本郷地区道祖神祭り」!

県東部の佐久市春日本郷地区で古くから続く道祖神祭り。

子どもたちの健やかな成長や五穀豊穣などを願って執り行われています。

現在では毎年1月3日に開催されており、昼間は3m余もある竿の御幣をもって家々の座敷に上がり、

振り回しながら「風邪の神は舞い出すように 福の神は舞い込むように」と叫んだあとに、獅子舞を奉納します。

夜は6地区それぞれの御輿に、地区で生まれた子どもたちの名前を記したものなど、無数の提灯が飾られます。

それぞれの神輿の正面を飾るのは、干支の図柄を切り抜いた「切り子灯篭」。

御輿を飾る無数の提灯が夜の闇をやさしく照らし、幻想的な風景をつくりだしながら各集落をめぐります。

佐久市の無形民俗文化財にも指定されています。

[注連縄を活用した巨大な神面「芦ノ尻道祖神祭り」]

    「芦ノ尻道祖神祭り」!

北アルプスの山並みが一望できる長野市大岡芦ノ尻地区。この地区にはとりわけ印象的な道祖神が佇んでいます。

この道祖神は古来より無病息災と豊作の願いを込めて、1月7日七草の日に各家の松飾りを持ち寄り、道祖神の石碑を飾りつけたものです。

飾りつけは昼過ぎからはじまり、2時間ほどで新しい神面ができあがります。

一度見たら忘れられないその表情からは、地域の人々が代々守り伝えてきた、この土地への誇りがうかがえます。

1年間風雪に耐え抜いた神面は、その日の夜にどんど焼きの炎となって夜空に舞い上がっていきます。

[雪と炎が幻想的な「大網火祭り」生命力あふれる舞も見どころ]

    雪と炎が幻想的な「大網火祭り」生命力あふれる舞!

長野県北部の小谷村大網地区で、日本の百名山のひとつである雨飾山の神様に五穀豊穣をお祈りする祭りです。

厳しい冬が終わり、春を迎える節目に、神仏習合の独特な神事によって、1年がよりよい年であることを願います。

真っ白な雪景色を真っ赤なかがり火が映し出す幻想的な雰囲気のなか、神々の使いである鬼がどんど焼きに火をつけます。

天高く燃え盛る火の塔を中心にして、鬼に扮した蓑にふんどし姿の若者たちと巫女が祈りの舞いを捧げます。

鬼たちの雄叫びと勇壮な太鼓の音が山間に響き渡る、生命力あふれるお祭りです。

真冬の野外での見学になりますので、暖かい服装でおでかけください。    

GoNAGANO より。

 

 

このように燃やすとすぐに燃え尽きてしまう!!


焚火には炊き方にコツが!組み上げるようにするのではなく!木を横に並べるようにすることです!!

 

今日のまとめ。 

人類は人バランスよく付き合うことで文化や文明の歩みを進めてきた。

現代はいささか火を遠ざけすぎているのではないか。

新型コロナウイルス渦の今、火祭りに清めと癒しを求め、火の力を源に新たな世界を構想しようとする人々がいる。

災いの時代の浄火を見つめてみた。 

祈りを込めた火祭り・春告げる!

鬼を追い払う火祭りで知られる!

だだおしは、新春を迎える前に心身を清らかにする修二会という法要の締めくくり儀式! 

全身を刺激・創造力の熱源に!

人から味覚や臭覚を奪い、五感を狂わせるコロナ渦は人間の創造性にとっても脅威になる! 

焚き火がこれほど魅力的な理由「囲む火」から「向き合う火」への変化! 

「囲む火」から「向き合う火」になったのかもしれません!

焚き火のゆらめきが持つ魅力に人は魅せられる!

集落を浄め、五穀豊穣を祈る火祭りと道祖神祭り!

巨大な松明が圧巻の「奈良沢大天狗」火の粉を浴びて五穀豊穣を願う!

私は焚火がこよなく好きで、焚火に赤ワインで世がふけてゆくのを楽しみにしています!

焚火には炊き方にコツがあります、焚火をするには組み上げるようにするのではなく、木を横に並べるようにすることです!

こうすることによって、すぐに燃え尽きないでいつまでも長持ちさせる燃やし方し方で、

私はこの焚火を焚火の名人から教えを受けてからは、この方法が一番優れた焚火の方法だと実践し続けています!!

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私はかなり高齢な建築家です。出身は伊豆の湯ヶ島で多くの自然に触れて育ちました。少年時代の思い出も記事になっています。趣味が多くカテゴリーは多義に渡ります。今は鮎の友釣りにハマっています。自然が好きで自然の中に居るのが、見るのが好きです。ですので樹木は特に好きで、樹木の話が多く出てきます。 電子書籍作りも勉強して、何とか発売できるまでになりました。残り少ない人生をどう生きるかが、大事です。