殉教した聖人が見守る街クロアチア・ロヴィニ!旧市街に聳える聖エウフェミア教会!

Pocket

クロアチアのロヴィニ !旧市街に聳え立つ聖エウフェミア教会!


殉教した聖人が見守る街!クロアチア・ロヴィニ!旧市街に聳え立つ「聖エウフェミア教会」!

 

クロアチア・イストリア半島西側の小さな海辺の町、ロヴィニ。

旧市街の丘の上に堂々とそびえ立つ「聖エウフェミア教会」が、水鏡に映し出される。

街の至る所から見ることのできるこの教会は18世紀初頭に建てられた。

教会内には殉教した聖エウフェミアの石棺が納められており、

高さ60mの鐘楼の先端では聖エウフェミア像の風見鶏がロヴィニの街を見守っている。 

行き方ー成田空港ークロアチア・プーラ空港ウイーン、ザグレブ、ザダル経由で約16時間半ー車で約1時間。  

日経新聞 NATIONAL GEOGRAPHIC 記事より紹介しました。

殉教=じゅんきょう とは自らの信仰のために命を失ったとみなされる死のこと。

キリスト教の歴史でよく用いられる言葉であるが、キリスト教以外の宗教でも見られ、

宗教的迫害において命を奪われた場合や、棄教を強制され、

それに応じないで死を選ぶ場合など、様々な形の殉教がある。

ウィキペディア

そこでロヴィニと「聖エウフェミア教会」について詳しく調べました。 

ロヴィニ (クロアチア語:Rovinj、イタリア語:Rovigno)は、クロアチアの都市。

イストリア半島西岸に位置する観光地であり、漁港である。

イタリア人共同体があり、市内ではイタリア語がクロアチア語とともに公用語となっている。

さらに、かつて半島中で話されていたロマンス語系言語のイストリア語

(イストリオット語)が住民の一部によっていまだ話されている。

[地理] 

ロヴィニは、イストラ郡にある9つの町の1つである。

絵に描いたようなロヴィニ の街!

気候は地中海性気候で、1月の平均気温は4.8℃、7月の平均気温は22.3℃である。

年間平均気温は16℃である。海水温は6月半ばから9月半ばまで20℃以上になる。

年間平均海水温は16.6℃である。

5月半ばから9月まで、日照時間は一日10時間以上になる。年間平均降水量は、941mmである。

植生は亜熱帯となる。元々、市のある半島はかつて島で、本土から海峡で切り離されていた。

1763年、海峡は埋め立てられた。ロヴィニ沖にある小島群には22の小島がある。

[歴史] 

ロヴィニは、古代ローマが占領する前に既にイリュリア人の定住地があった。

ローマ人は町をアルピウヌム(Arupiunum)またはモンス・ルビネウス(Mons Rubineus)、

のちにルギニウム(Ruginium)、ルヴィニウム(Ruvinium)と呼んだ。

沿岸に近い島に町は建てられ、1763年に海峡を埋め立てて本土とつなげたのである。

ローマの衰退後、東ローマ帝国の一部となり、6世紀にはラヴェンナ総督府の一部となった。

788年にはフランク族に支配された。その後数世紀に渡り異なる封建領主の支配を受けた。

1209年以降、ロヴィニはアクイレイア大司教座に支配された。

1283年から1797年まで、ロヴィニはヴェネツィア共和国が支配するイストリアの重要都市の1つであった。

市は、3つの門のある2つの市壁の列で要塞化された。

今も残る市壁はこの時代からのものである。

埠頭に近い古い市壁の一部はバルビのアーチ(Balbi’s Arch)といい、1680年から建っている。

これがバルビのアーチです!

また、後期ルネサンス様式の時計塔もある。

ロヴィニが市特権を授けられたのは1531年のことだった。

ヴェネツィアの没落と、ナポレオン戦争により、ロヴィニは第一次世界大戦までオーストリア帝国の一部となった。

1918年から1947年まではイタリア王国に支配されていた。

1947年以降ユーゴスラビアに併合された。この時代に、イタリア系住民の多くがイタリアへ逃れていった。

[人口]  

ロヴィニにはおよそ15,000人が暮らしている。

市民の多数派となっているのは、65.94%を占めるクロアチア人である。

また、およそ2,400人(11.44%)のイタリア人が暮らしている。

その他の少数民族は、2.37%のアルバニア人、1.81%のボスニア人、3.51%のセルビア人である。

[ナイトライフ] 

地元でナイトクラブや野外劇場など遊興施設が集中するのはモンヴィである。

近隣の町や都市から旅行でやってきた人々が、地元住民と一緒に楽しんでいる。

モンヴィでは定期的にコンサートが開かれ、クロアチア音楽会の大物や

国際的に名の通ったハウス/テクノ音楽のDJがやってくる。

モンヴィ郊外では、夜にコーヒー・バーや地元パブ、バーが賑わう。

夏期には、市は若者であふれかえるが、冬期は静かな町になる。

冬には多くのバーが早じまいし、週末にしか賑わわなくなる。

最も人通りが激しいのはロヴィニの中心部である。

主要バス・ステーションが旧市街に向かって伸びている。

大半のバーがここにあり、地元住民はここでたむろしている。

毎年8月、ロヴィニはグリシア(Grisia)という、人気のある野外芸術祭を開催し、

国内外の芸術家が作品をグリシアの石敷きの通りに展示する。

ロヴィニはイタリア人、ドイツ人、オーストリア人、オランダ人、イギリス人らに人気の観光地である。

近接する空港はトリエステとプーラにある。

最近イギリス発のトリエステ便、トレヴィーゾ便、ヴェネツィア便、

プーラ便が格安に紹介されて以降、イギリス人観光客の人数が劇的に増加した。

夏期には、ヴェネツィア=ロヴィニ間を高速の直行フェリーが運航する。

数多くのホテルが市内にあり、夏期には常に予約過多になってしまう。

その他の宿泊設備として、個人経営の貸し部屋やアパート、バンガロー、キャンプ場などがある。  

以上はウイキペディア。

 

 


「ロヴィニ」は街全体がまるでギャラリー!

「ロヴィニ」は街全体がまるでギャラリー!エウフェミアの教会塔からの眺めは全方位「美」!!!

 

秘密にしたい街!

クロアチアの小さな港町「ロヴィニ」は街全体がまるでギャラリー!

[ロマンティックなロヴィニ港をまずは目指すべし] 

たくさんの船が並ぶ港の風景が印象的なロヴィニ。

昼間の姿ももちろん美しいですが、灯りが一つ、また一つと点る夕暮れ時の風情はとてもロマンティックです♪

港沿いにはシーフードレストランも並んでいるので、ここでの夕食タイムは格別ですよ。

港のすぐ脇には旧市街への入り口「バルビ門」が待ち構えているので、街へ着いたらまずはこの港を目指すといいでしょう。

旧市街は石畳が続く小さな小道には色とりどりのかわいらしい建物が並び、思わずシャッターを切りたくなること間違いなし。

見晴らしのいい丘の上までは緩やかな階段や坂道が続き、周りにはかわいらしいお土産屋さんが並びます。

[路地とギャラリーをそぞろ歩きたい石畳の旧市街]  

雨が降ったら滑りそうなつるつるの白い石畳が特徴的な旧市街。

ロヴィニの旧市街地は全て石畳なんです!

ロヴィニの旧市街地は全て石畳なんです!

路地から路地へつながる細い道にも石畳が敷き詰められ、あちこちにお目見えするギャラリーがとても個性的です♪

美しいロヴィニの街がモデルの絵画はもちろん、流木にペイントしたオブジェを売っていたり、

天然石を使ったアクセサリーのお店だったり、とにかくそぞろ歩くのが楽しい旧市街です。

ギャラリーやアトリエが多い街はそれだけインスピレーションが湧く素敵な場所だということでしょうね。

[えっ?ブティックの入り口は海??] 

ロヴィニの旧市街を歩いていると、細い路地の向こうに見え隠れするアドリア海のブルーが何とも印象的です!

そんなとある一筋の道、海の手前には可愛らしいテーブルと素敵な洋服が並べられています。

パッと見たらブティックとは思えない空間ですが、ここのデザイナー兼オーナーの女性は、

海辺の椅子に座っておしゃべりをしていると、インスピレーションが沸くのよと自慢げに言います。

ここがどんなに素敵な場所なのか…この目で確かめてみたくなりませんか?

[斬新なシチュエーションの岩場Barはオシャレ度マックス]  

海の中から光が??

道路を歩いていてもかなり目立つ海面。

一体何だろう?

と不思議に思い階段を下りていくと、岩場という地形を利用したBar「Valentino」があります。

岩場に無造作に置かれたクッション、ここで夜風に吹かれながらグラスを傾けるなんて旅先ならではのリラックスタイム♪

もちろん店内にテーブル席もあり、またリゾート地らしい真っ白なパラソルのテラス席もありと、

お好きな空間をチョイスして思いきり海辺の夜を満喫しましょう~。

アルコールがダメと言う方にはちゃんとノンアルコールドリンクもありますのでご安心を。

[エウフェミアの教会塔からの眺めは全方位「美」]  

街の一番高い場所に、エウフェミアという3世紀に殉教した15歳の少女が祀られている教会があります。

迫害を受け拷問され、闘技場でライオンにかみ殺されたエウフェミア。

コンスタンチノープルにあったエウフェミアの棺がロヴィニに移される時に船が座礁してしまい、

幼い少年と2頭の子牛が海から棺を引き上げたという伝説が伝わっていて、

教会内部にはその様子が描かれた絵が2枚、棺の側で彼女をそっと見守っています。

そんなエウフェミアに手を合わせたら、ちょっと頼りない木の階段を上がって展望台へ行ってみましょう。

待っているのは果てしなく続く魅惑の世界!!

蒼い海が光を宿した時、この街の魅力がマックスになることを見渡すことが出来ますよ。

ロヴィニの街はこうしてエウフェミアに見守られているのです。

[ミニクルーズもお薦め]  

はためく洗濯物さえ絵になってしまうようなロヴィニの街。

徒歩で十分にその魅力を堪能出来ますが、

せっかくなら海からもロヴィニの美しさを味わいに、是非ミニクルーズに出かけてみて下さい。

港に行くとところどころにクルーズの案内が出ています。

クルーズは約1,2時間、スタッフは英語・ドイツ語・イタリア語が堪能です!!

日本語ガイドは残念ながら今のところはないようですが、美しい風景に言葉は不要かもしれませんね。     

LINE トラベルjp 記事より紹介しました。

 

 

キュービービーチ・見晴らしの良いビーチ!

 クロアチアは、ヨーロッパでも特に治安の良い国!キュービービーチ・見晴らしの良いビーチ!!

 

[【クロアチア】ロヴィニのおすすめ観光スポット:アドリア海沿岸の街を堪能しよう]

ロヴィニは、クロアチア北部のイストリア半島西岸に位置する港町で、首都ザグレフより車で約3時間かかります。

ロヴィニの旧市街はすべて石畳で、迷路のように入り組んだ路地裏には、

中世の面影が感じられる建物が立ち並びんでいるだけでなく、

目の前には青い海のアドリア海が広がっているなど、どこを撮っても絵になるフォトジェニックな街です。

[クロアチアでの移動手段は何があるの?] 

クロアチア国内では、飛行機・鉄道・長距離バスなどの交通手段があります。

飛行機はザグレブ空港を中心に、ドゥブロヴニクやスプリトなどの観光都市へ運航しています。

鉄道は国鉄であるクロアチア鉄道が運営していて、クロアチア全土に線路が敷かれています。

ただし、スプリトから南のアドリア海沿岸には線路が敷かれていないので、

ザグレブからドゥブロヴ二クまで鉄道で直接アクセスすることはできません。

その点長距離バスはアクセスに便利で、鉄道の通っていない都市にも連絡しています。

また、ザグレブ市内にはトラムや市内バスが運行しています。

[クロアチアの治安事情は?気を付けたいルールなど]  

クロアチアは、ヨーロッパでも特に治安の良い国として知られています。

首都ザグレブは人口80万人ほどの都市で、

ユーゴスラヴィア時代の建物と新しい高層ビルがうまく調和した美しい都市として観光客から人気を集めています。

しかし、クロアチアでもスリなどの犯罪は多発していて、観光客にも被害が及んでいます。

スリは、ザグレブのトラム車内でその多くが行われています。

その他、ホテル内での置き引きやぼったくりタクシーなどの被害も多く発生しています。

それらの被害に遭う前に、それぞれ充分に対策をしておく必要があります。

[クロアチアでチップはいる?物価事情など]  

クロアチアでは、一般に周囲の国と比べて物価は高めに設定されています。

クロアチアでは、商品を購入すると基本的に25%の付加価値税が付いています。

ホテルはノーマルなビジネスホテルだと1泊5000円ほどですが、高級なリゾートホテルの場合だと1泊50000円以上かかります。

アドリア海の魚介類などが楽しめる料理は1600円ほどのものがメインです。

ザグレブのトラムは1回130円で利用することができます。

なお、クロアチアでは必ずチップを払う必要はありませんが、サービスが良かった場合には支払うことが常識になっています。

[ロヴィニでおすすめの観光スポットを紹介!]  

■ロビニの旧市街

ロビニの旧市街は、クロアチアのイストリア半島西岸にあり、プーラ空港から車で36分の場所にあります。

ザグレブからなら車で3時間ほどかかります。

この旧市街地の道はすべてが石畳で造られており、7つの門があります。

旧市街地の道はすべてが石畳で造られている!

アドリア海とカラフルな色の家が立ち並んでいる街並みは、どこから写真を撮っても絵になりますよ。

フォトジェニックな街を歩いているとカフェ、レストラン、雑貨などを取り扱う店があり、お土産探しをするにはピッタリです。

旧市街のシンボルにもなっている聖ユーフェミア教会も旧市街に来たら是非行ってみてください。 

■聖エウフェミヤ聖堂  

聖エウフェミヤ聖堂は、ロヴィ二の旧市街の一番高い場所に位置しており、この町のシンボル的な存在です。

ザグレブからロヴィ二までは、バスや車を使って3時間程で行くことができます。

バロック式の教会であり、中にはディオクレティアヌス帝の時代に迫害された聖エウフェミヤの絵が飾られています。

また教会の隣にある鐘楼の一番上にも聖エウフェミヤの銅像が立っています。

教会からは、旧市街と海を眺めることが出来、絶景の撮影ポイントです。

旧市街は石畳でできており、この教会へ行くまでの道中は坂道を登っていくので、

歩きやすい靴を履いておくことをおすすめします。

■ロヴィニ マーケット  

ロヴィニ マーケットは、港町に有る広場で開催されている市場!

ロヴィニ マーケットは、アドリア海に面したイストラ半島のロヴィニという港町に有る広場で開催されている市場です。

ロヴィニのバスターミナルから徒歩6分の場所にあります。

周辺には、徒歩5分の場所に聖エウフェミヤ聖堂もあるので、併せて行くのがおすすめです。

この青空市場では、食品をはじめ衣類や日用品などを購入することが出来ます。

マーケットから旧市街地の方を見ると、町のシンボルでもある聖エウフェミヤ聖堂の鐘楼が見えます。

カラフルな外壁とオレンジ色の建物が作り出す街並みは、きっとフォトジェニックな写真が撮影できます。

■キュービービーチ     

キュービービーチは、クロアチアのロビニにある見晴らしの良いビーチです。

キュービービーチは砂浜ではなく、岩石のビーチなのでビーチシューズを持参すると良いでしょう。

水は綺麗なので多くの小魚を見つけることができます。

キュービービーチ周囲には、多くの松の木があるため、

ゆっくりと海を眺めるのも良いですし、天気の良い日には泳ぐこともできます。

周囲には、レストランやバーなどの施設が整っています。

また有料でトイレやシャワーを使用することができます。週末には、多くの地元の人々も訪れる人気エリアです。

■ブリエニ国立公園    

ブリエニ国立公園は、クロアチアのプーラから行くことのできる島にある国立公園です。

船を利用し約15分で到着することができます。

プーラからのツアーガイドもあるため、説明を聞きながら観光したい人におすすめです。

島内には、動物園や美術館などがあり子供から大人まで楽しめるアクティビティーがたくさんあります。

島内は、スクーターや自転車、ミニ観光列車、ゴルフカーで回ることができます。

海でゆっくりと過ごすのも良いですし、ツアーに予約して回ってみるのも良いでしょう。

半日や一日で十分満喫することができるため、気軽に行くことができます。

[まとめ]  

クロアチアに関する情報について、少しまとめてみました。

アドリア海沿岸の美しい風景と中世の建物が上手に調和しているクロアチアは、観光が国の主財源です。

クロアチアを観光して、地中海の穏やかな雰囲気とカトリック教会などに代表される中世の文化遺産を是非一度満喫してみてください。    

Travel Book 記事より。

 

 

聖女エウフェミア!


エウフェミアは鋭いナイフと共に車輪に縛り付けられた!天使が現れ傷を癒した!!

 

エウフェミア(ギリシア語: Ευφημία)は伝統的なすべてのキリスト教教会の聖人。

聖女エウペミアとも。

正教会では聖大致命女エウフィミヤと表記される。記念日は9月16日(ユリウス暦を使用する教会では9月24日に相当)である。

殉教者(致命者)として知られ、303年に殉教(致命)したとされる。

エウフェミアはアレースへ供物を捧げることを拒否したために捕らえられ、いくつもの拷問の後、カルケドンの闘技場で熊に受けた傷により殉教した。

エウフェミアが埋葬された場所は後に巡礼地となった。

エウフェミアの姿はライオンと共に、車輪や十字架を持つ姿などで描かれる。

[聖人伝]   聖エウフェミアの殉教    

聖エウフェミア, (アンドレア・マンテーニャ, テンペラ画, 1454年)

エウフェミアはカルケドンで、元老院議員であったフィロフロノスとその妻であるテオドージアの間に生まれたとされる。

伝承によると、カルケドンの知事であったプリスコスは市民全員に非キリスト教の祭りに参加しアレースに供物を捧げるよう命令を出した。

エウフェミアは知事の命令を無視し、隠れてキリスト教の神に祈りを捧げているところを、49人のキリスト教徒と共に発見されて捕まった。

彼らは19日間に渡り拷問されたが、誰も信仰を捨てなかった。

プリスコスは彼らの中で一番若かったエウフェミアを仲間から引き離し、拷問により信仰を放棄させようとした。

エウフェミアは鋭いナイフと共に車輪に縛り付けられたが、彼女が主に祈ると車輪は止まり、天使が現れ傷を癒した。

火の中に放り込まれても、ナイフでいっぱいの穴の上を歩いても彼女に傷はつかなかった。

エウフェミアは猛獣により殺される刑を宣告され、彼女を殺すための猛獣が待つ闘技場へ入れられた。

これが聖エウフェミア!

処刑の前にエウフェミアは自らの苦難と殉教を神に祈った。

ライオンは彼女を殺すことはなく、ただ彼女の傷を舐めるだけであった。

最後に野生の熊から足に小さな傷を与えられ、彼女は死んだとされている。

4世紀末にカルケドンのエウフェミアの墓の上にバシリカが建設された。451年のカルケドン公会議はこの聖堂で開催された。

[カルケドン公会議でおきた奇跡]  

コンスタンティノープルのシナクサリオン(Synaxarion)によると次のように伝えられている。

451年にカルケドン公会議が開催された際、単性論派と正教会派が議論したが決定的な合意には至らなかった。

単性論派と正教会派がそれぞれの信仰告白を書いた巻物を、棺の中に眠る聖エウフェミアの胸の上に置いて蓋を閉めた。

3日後に再び蓋を開けたところ、正教会派の巻物が右手にあり、単性論派の巻物は足元にあった。

[聖遺物] 

棺に納められた聖エウフェミアの聖遺物(クロアチア、ロヴィニ)   

ロシアで作られた聖骨箱(聖ゲオルギオス大聖堂 (コンスタンディヌーポリ))   

ディオクレティアヌスによるキリスト教徒への迫害が終わると、

エウフェミアの聖遺物は黄金の棺に納められ、エウフェミアを讃える為に建設された教会に置かれた。

数世紀に渡り多くの巡礼者がこの教会を訪れた。 617年にはホスロー1世によりペルシア帝国がカルケドンを征服していた。

その為、620年頃にコンスタンティノープルの新しい教会に聖遺物が移された。

聖像(イコン)崇敬派への迫害の中で、エウフェミアの聖骨箱は海に投げ込まれたと伝えられたが、

正教会派で船の持ち主であった二人の兄弟によって回収され、地元の司教によって隠された。

後にレムノス島に運ばれ、796年にはコンスタンティノープルに戻された。

現在のところ、聖エウフェミアの主な聖遺物はイスタンブールにある聖ゲオルギオス大聖堂に存在する。

また、聖エウフェミアの棺があるとされるロヴィニの聖エウフェミア教会に掲げられている刻板には次のように記されている。 

以上はウイキペディア。

 

 

聖エウフェミア像は風向きで向きが変わる-風見鶏!


聖エウフェミア像の風見鶏がロヴィニの街を見守っている!俯瞰図はまるでドゥブロブニク!!

 

以下は今日のまとめです。

クロアチアの「ロヴィニ」を見てきましたが、私かつて訪れたクロアチアの「ドゥブロブニク」そのものでした!

クロアチアの特徴ですか?まず俯瞰図がそっくりで、次に狭い路地がそっくり!

これがロヴィニ の俯瞰図!

びっくりするくらい似ています!!

ロヴィニは北のはずれでドゥブロブニクは南のはずれの違いがあります!

私が訪れた時のドゥブロブニクはまだユーゴスラビアの時代でした!

これが私の大好きなドゥブロブニクです!

ロヴィニにも一度行ってみたいです!!

クロアチア・イストリア半島西側の小さな海辺の町、ロヴィニ。

旧市街の丘の上に堂々とそびえ立つ「聖エウフェミア教会」が、水鏡に映し出される。街の至る所から見ることのできるこの教会は18世紀初頭に建てられた。

教会内には殉教した聖エウフェミアの石棺が納められており、高さ60mの鐘楼の先端では聖エウフェミア像の風見鶏がロヴィニの街を見守っている。 

ロヴィニはイストリア半島西岸に位置する観光地であり、漁港である。

ロヴィニ」は街全体がまるでギャラリー!

エウフェミアの教会塔からの眺めは全方位「美」!

海の中から光が??

道路を歩いていてもかなり目立つ海面。

一体何だろう?と不思議に思い階段を下りていくと、岩場という地形を利用したBar「Valentino」があります。 

クロアチアは、ヨーロッパでも特に治安の良い国として知られています。

聖エウフェミヤ聖堂は、ロヴィ二の旧市街の一番高い場所に位置しており、この町のシンボル的な存在です。

Pocket

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

ABOUTこの記事をかいた人

私はかなり高齢な建築家です。出身は伊豆の湯ヶ島で多くの自然に触れて育ちました。少年時代の思い出も記事になっています。趣味が多くカテゴリーは多義に渡ります。今は鮎の友釣りにハマっています。自然が好きで自然の中に居るのが、見るのが好きです。ですので樹木は特に好きで、樹木の話が多く出てきます。 電子書籍作りも勉強して、何とか発売できるまでになりました。残り少ない人生をどう生きるかが、大事です。