欧州とアジア・大皿で出会う!ジョージア流・ワインで乾杯!テーブル一杯に料理を!

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これがジョージア流ワインで乾杯!


欧州とアジア・大皿で出会う!ジョージア流・ワインで乾杯!テーブル一杯に料理を!

 

ここ数年、旅行先として注目を集めているのがジョージアだ。

昨年は約770万人と人口を大幅に上回る旅行客が訪れた。

魅力の一つが独自の食文化だ。

黒海東岸に位置していることから、欧州とアジア両方の文化の影響が渾然となった様々な料理がある。

8000年前からのワイン産地としても有名。

テーブルいっぱいに料理を並べ、

家族と友人とが杯を重ねるのがジョージア流の楽しい宴会だ。

在日ジョージア大使館のティムラズ・レジャバ臨時代理大使31 を自宅に訪ねると、

レジャバ氏と妻のアナノ・シチナヴァさん29 、そして11ヶ月の長女のリカちゃんが迎えてくれた。

テーブルにはすでに料理がぎっしり並び、いい匂いが漂っている。

全て夫妻が準備したという。

氏は子供の頃から日本で暮らしており、滑らかな日本語で料理の解説をしてくれた。

牛と豚の挽肉にハーブやタマネギ、塩コショウを混ぜ、

小麦粉から作った皮で包んで茹でて作るのが「ヒンカリ」。

アジア風のこの料理はモンゴル族が伝えたと言われる。

「皮を包むときひだを多くするほど肉汁が多く回って美味しくなります」レジャバ氏。

ジョージア風にてっぺんをつまんで持ち上げ、かじってみた。

肉汁やハーブ、胡椒の風味が広がり、皮ももちもちとして食べ応えがある。

冬によく食べられるのが「シュクメリル」という鶏肉の煮込み料理だ。

これが「シュクメリル」という鶏肉の煮込み料理だ!

牛丼チェーンの松屋が昨年末からメニューに採用し、日本人の口にも会うと話題になった。

「とにかくニンニクを効かせせるのが大切なんです」アナの夫人といい、

この日もニンニクを2個半を細かく刻んで入れたという。

小麦の生地にチーズを練りこんで焼き上げたパン「ハチャプリ」はレジャバ氏の自信作だ。

小麦の生地にチーズを練りこんで焼き上げたパン「ハチャプリ」!

この他にも卵を落とすタイプなど地域別に様々なレシピがあるそうだ。

氏はツイッターなどのSNS交流サイト が得意で、

自らハチャプリの作り方の動画をユーチューブで公開している。

他にもパプリカとなすのくるみソース和えやコーンブレッド、爽やかな酸味のプラムソースや

イタリアのモッツアレラに似たチーズ、ジョンジョリと呼ばれる花のピクルスなどが所狭しと並ぶ。

バラエティ豊かなメニューのせいか、飽きもせずにたくさん食べられる。

ジョージアは北海道より一回り小さいくらいの国土の中に、山岳地帯や沿岸地域など様々な気候がある。

「そのため農作物も豊富で美味しのです」とレジャバ氏。

「農村では今でも農薬を使わず、新鮮な有機食材が手に入ります」夫人 というのも羨ましい。

もう一つジョージアの食文化を語る上で欠かせないのがワインだ。

同国は8000年前からワインが作られており、クヴェヴリと呼ばれる地中に埋めた壺に

ブドウを入れる伝統的な醸造法はユネスコの無形文化遺産にも登録されている。

クヴェヴリと呼ばれる地中に埋めた壺にブドウを入れる伝統的な醸造法はユネスコの無形文化遺産にも登録!

グラスではなく素焼きのカップに入れるのが伝統的な飲み方だ。

「ジョージアワインにはこのカップが合うんですよ」とレジャバ氏。

赤ワインを口に含むと確かにグラスで飲むより香りが広がり、口当たりも柔らかい。

ワイン自体もさらっとしたうまみがあり、食事によく会う。

ジョージアには「スプラ」と呼ばれる宴会文化がある。 

大皿でテーブルいっぱいに料理を並べ、

家族と友人でワインとともに楽しむ。

宴会では「タマダ」と呼ばれる仕切り役が乾杯を促す。

この日も「みなさんをこの小さな家庭に歓迎したいと思います」

とレジャバ氏がタマダ役を務めて音頭を取ってくれ、夫人や取材スタッフも一緒に乾杯した。

しばらくするとまた「コロナウイルスが流行っていますが、日頃の健康に感謝して乾杯」と氏。

どんどん杯が進む。

お酒が強い人ならジョージア流の宴会はたまらないだろう。

大皿でテーブルいっぱいに料理を並べ、家族と友人でワインとともに楽しむ!!

最近フリーランスで仕事をする人を中心にジョージアに移住する日本人が増えているという。

「日本なら一年はビザの申請なしで滞在できるし、

何と言っても食事が美味しいのがいいようです」レジャバ氏。

確かにしばらくジョージアで暮らせたら楽しそう。

そう思ってしまうくらい、この日の一家のもてなしは温かった。 

大使館の一皿! 日経新聞 北松円香 遠藤宏撮影。

 

 

甕造りのワインは、ジョージア人の「哲学」!


甕=かめ造 りのワインは、ジョージア人の「哲学」である!!!

 

[甕造りのワインは、ジョージア人の「哲学」である]     

甕造りのワインを復活させ、自分たちのアイデンティティを見直す。」

ジョージアワインのことが知りたくて、まずその前にジョージアという国のことを教えてもらうべく

首都大学東京(東京都立大学) 人文社会学部教授の前田弘毅先生を訪ねた。

同時進行で、私は、ジョージアワインと巡り合う機会をつくってくれた

東京・恵比寿の食材とワインの店「ノンナアンドシディ」でも、いろいろなことを教えてもらった。

ジョージアは、ワイン発祥の地で、8000年前から造られてきたこと。

クレオパトラが、ジョージアワインを飲んだといわれていること。

「クヴェヴリ」という甕による独自の醸造法でワインが造られていること。

クヴェヴリでのワイン造りが、2013年にユネスコの「無形文化遺産」に登録されたこと。

……以上の話から、私は、ジョージアでは約8000年前からクヴェヴリによる

ワイン造りが綿々と行われてきたものだと勝手に思いこんでいた。

ところが、24年にわたって幾度となく現地へ赴いてきた前田先生は、クヴェヴリの存在を「知らなかった」と告白する。

クヴェヴリワインを初めて飲んだのは、「10数年前」だと言うのだ。

「東ジョージアにあるカヘティ州の田舎へ行ったとき、

『その昔はクヴェヴリでワインを造っていた』という話を聞いたことがあります」

ソ連から独立する以前、ジョージアワインが日本に輸入されていた。

ロシア通の間でジョージアワインは有名だったと前田先生は証言する。

「初めてジョージアへ行く以前(1995年9月)、

浜松町の貿易センタービルにあったソ連物産館でジョージアワインを買ったことがあります」

ソ連時代、ジョージアのワイナリーは国営だった。

クヴェヴリはユネスコ無形文化遺産!

「自分で飲むワインは自分で造る民族なので、ソ連時代もクヴェヴリでワインを造っていた家があったと思います。

後年、小さな木樽でワインを造っていた家庭を見たことがあります。

でも、国営のワイナリーでは、クヴェヴリはほぼ廃れていたはずです」ある意味、日本も同じだ。

戦後、大半の酒蔵がホーロータンクで酒を醸し始めた。

近年、米づくりりから始める酒蔵があったり、木桶で酒を醸す酒蔵が増えてきた。

その目的は、他社との差別化だったり、伝統文化の復興だったり、様々な背景がある。

ソ連から独立した10数年後、ようやく混乱がおさまり、各家庭に電気が来るようになった。

そんな中、伝統を再生することに新しい道があると信じる人が出てきた。

[甕造りのワインだけでなく、衣装も復活させた。]  

ジョージア人が復興させた文化は、ワインだけではない。

その象徴として1冊の本を紹介させていただく。

ルアルサブ・トゴニゼさんが書いた、ジョージアの民族衣装本『ジョージア伝統衣装:18-20 世紀』である。

トゴニゼさんは前田先生の畏友(いゆう)で、民俗学者であり、名の知られたタマダ(宴会リーダー)でもある。

100年以上前に撮られた民族衣装を復元し、2017年にこの本を上梓した。

「ジョージアの首都トビリシにある美術館には、本物の民族衣装が展示されています。

トゴニゼさんは、それらを参考にし、民族衣装を復活させました」美しい刺繍が入った、きらびやかな民族衣装。

シルクを多用しているであろう、伝統的な民族衣装が、この国の民度の高さを象徴しているといっても過言ではない。

抑圧されていたソ連から開放され、自国の文化を再認識、復活させようという動きが、

ワインがふつふつと発酵するように、多方面からでてきた。

 

 

甕のワインはジョージアそのもの」である。


甕のワインはジョージアそのもの!クヴェヴリに興味がある人にワイン造りを教えてきた!!

 

[「甕のワインはジョージアそのもの」である。]  

そして2010年。「クヴェヴリ・ワイン協会」が設立された。

その翌年には、首都・トビリシ市内にナチュラルワインバー「ヴィノ・アンダーグランド」がオープン。

この店では、クヴェヴリを愛用するワイナリーのワインをほぼすべて飲むことができる。

「ヴィノ・アンダーグランド」を拠点に、クヴェヴリに興味がある人にワイン造りを教えてきた。

結果、クヴェヴリを使う造り手が少しずつ増えてきた。

「クヴェヴリには、彼らの哲学と使命感が垣間見えます。

ほぼ廃れていたクヴェヴリを自国の象徴として復興させることが、

ジョージアの復活になると考えたのだと思います」

クヴェヴリによる古典的なワイン造りを再興した人の大半が大学卒業者で、学者だったり、芸術家などの知識人だ。

これまで土を耕したことがない人が、ワイン造りを始めた。

「ある種の絶望の中から、苦しみの中から、クヴェヴリワインを造る人が徐々に増えてきました。

そこがまた面白い」2019年現在、クヴェヴリワインは全体の約1割にも満たない。

9割以上がステンレスタンクを用いた大工場で造られている。「ワインはジョージアそのものだ」と前田先生は力説する。

山があり、緑があり、沢ごとに水の味が違う。ワインは、そうしたジョージアの恵まれた自然の賜物であり、恵みであり、ワインで人がつながっていく。

実は、ワインはジョージア人が信じる宗教とも密接な関係がある。ジョージアがキリスト教に改宗したのは4世紀。

聖人ニノが、ジョージア人をキリスト教に導いた。

伝導の際、聖人ニノは聖母マリアから授かったとされるブドウの樹でつくった十字架をジョージアへ持ちこんだといわれている。

「水平の部分がへの字に垂れ下がったブドウ十字が、『グルジア正教会』のシンボル。

ワインはキリストの聖なる血ですが、ジョージア人にとってブドウのツルも神聖な存在です。

約8000年前に始まった、クヴェヴリによるワイン造りは、ジョージア人のアイデンティティ。

つまり、ジョージア人にとってワインは飲み物を超えた、ある種の力でもあります。

ジョージアという国の力だと思います」最後に、前田先生に1番好きなワイナリーを訊ねた。「

好きなぶどう品種はヒフビィ。

とくに『DOREMI (ドレミ)』という銘柄のヒフビィが好みですが、

好きなワイナリーはソリコが造る『OUR WINE(アワワイン)』ですね。味わいが別境地です。

ソリコのムツバネとルカツィテリが大好きです」ソリコ・ツァイシュヴィリさんは、

クヴェヴリワイン再興の祖といわれている人物。

クヴェヴリ・ワイン協会を起こしたのも彼だ。思えば、私が初体験したジョージアワインも、ソリコの白ワインだった。

ジョージア流の乾杯の流儀を、Mr.ジョージアが教えてくれた。

ジョージアでは3人で乾杯することもあるそうだ。

これがクレオパトラの涙です!

杯を持った腕を組み、「ガウマルジョス (乾杯)」と言いながら、杯をげよう。

「現地ではガウマルジョス(乾杯)とガマルジョバ(こんちには)だけ憶えておけば、

なんとかなります(笑)」と前田先生は笑って言う。

ああ、ますますジョージアへ行きたくなった。

次回は、前田先生も大好きな「ソリコ」のワインを扱うインポーターであり、

食材とワインショップを兼ねる「ノンナアンドシディ」に話を訊こう。

前田 弘毅(まえだ・ひろたけ)  dancyu 記事より紹介しました。

註記:クヴェヴリとは何?英語から翻訳-Kvevriは、伝統的なグルジアのワインの発酵、貯蔵、熟成に使用される大きな土器です。

ハンドルのない大きな卵形のアンフォラに似ており、地下に埋められているか、大きなワインセラーの床に置かれています。

Kvevrisのサイズはさまざまです。

容量は20リットルから10,000前後です。

800が一般的です。

ウィキペディア(英語)

 

 

原点こそ新しい。ジョージアのクヴェヴリとワイン。


ジョージアのクヴェヴリとワイン!ジョージアワインの伝統を知らしめた人!!

 

[原点こそ新しい。ジョージアのクヴェヴリとワイン。]

ジョージアには、こんな建国神話があるそうだ。

ある時、神は、国分けのために世界の民を招集した。

ジョージアの民は、神に会えるのが嬉しくて盛大な宴会を催したばかりに謁見に遅れた。

神は、最初怒ったが、ジョージアの民の信仰心を理解し、

小さいけれど自分のためにとっておいた、お気に入りの土地を与えた。

それが今のジョージアだと。ユーラシア大陸の東西の結び目にあって、カスピ海と黒海の間、壮大なコーカサス山脈が北の寒気を遮る。

ワイン最古の醸造方式とされる「クヴェヴリ製法」が今も息づく国として注目されるジョージアを訪ねた。

[ジョージアワインの伝統を知らしめた人]  

ジョージアに発つ1カ月ほど前、ある訃報が届いた。

ジョージアの伝統的ワイン製法を守りかつ進化させるため、

西側諸国とワイン造りの情報交流を行ってきた「アワ・ワイン」のソリコ・ツァイシュヴィリが病で亡くなったという。

その知らせに、「アワ・ワイン」のエチケットを思い浮かべた。

数人でテーブルのワインを囲み微笑んでいる素描の様な特長ある絵の中に、ソリコの顔もあった。

「アワ・ワイン」のエチケットには、ソリコと一緒にワインを造る仲間たちの名前と顔が描かれている。

真ん中にワインと日本酒の平盃のような酒器。

ジョージアワインの伝統製法は、農から始まる。

畑では農薬や化学合成肥料は極力使わず、健全な土壌でブドウを栽培する。

畑の中で多様な生物が息づく環境を大切にする。

人力でブドウを潰し、土に埋めた粘土製の甕「クヴェヴリ」の中でワインを発酵・熟成させる。

グルジアワイン陶器入り3本セット!

醸造においても人為的な介入を極力控え、ブドウが野生酵母で自ら発酵する力とその速度に任せる。

これは、2010年に設立された「クヴェヴリ・ワイン協会」

の発起人の一人であったソリコが起案したマニフェストに語られるクヴェヴリ製法のあるべき姿だ。

1991年、ジョージアがソビエト連邦から独立した頃、同国向けの輸出を中心にしていた国営工場は、

伝統とかけ離れた大量生産の質の低いワインが中心だった。

独立後は西側の大手資本が参入し、ヨーロッパ製法と言われる木樽やステンレスタンクを使用したワイン造りが推進された。

全体的な品質は上がったが、それらはグローバルで均質化したワインでもあった。

文芸雑誌の編集者からワイン醸造家へ転身、そして哲学者としての顔も持ち合わせていたソリコは、

2001年頃から友人とワインを造り始めた。

生活に根付いたワイン文化が失われることに危機感を持った彼らのワインは、

2010年「アワ・ワイン」の名でリリースされる。

ソリコらが立ち上げた「クヴェヴリ・ワイン協会」は、

ジョージア国内で伝統製法を重んじる生産者の結束を強めた。

と同時に、ヨーロッパで一つの潮流となりつつあったナチュラルワインの生産者たちとの交流を活発にした。

ジョージアの古式ワイン醸造法は、他国のナチュラルワインの生産者たちにワイン造りを原点から見直すきっかけを与えたのだ。

在りし日のソリコ・ツァイシュヴィリ。ジョージア国内だけでなく海外のナチュラルワイン業界でも彼を尊敬する人は多い。

「クヴェヴリを使ったワイン造りの伝統には、クリエイティヴな力がこもっていて、

それは現代のブドウ栽培とワイン醸造が、いま直面している危機を乗り越える力を与えてくれるはずだ」

これも、マニフェストでソリコが伝えた言葉だ。

2013年、クヴェヴリ製法のワインが世界無形遺産に登録されると、

ジョージアワインへの世界の注目度は格段に上がった。

その陰に、ジョージアの伝統製法を海外に価値あるものとして伝えてきたソリコの密かな貢献があると思う。

今回ジョージアで、彼の死を悼む人々の姿に、もう会うことの叶わない彼の存在を感じずにはいられなかった。

訪問したいくつかのワイナリーでは、ソリコの「アワ・ワイン」で献杯した。ワイナリー「アルタヌリ・グィーノ」にて。

[「ゼロ・コンプロマイズ」というイベント] 

ジョージアの新酒祭りは、クヴェヴリの甕開きが行われる5月に開催される。

秋に収穫したブドウは、甕の中で約半年間発酵する。

白ワインも赤ワイン同様、ブドウの果皮と果汁を接触(スキンコンタクト)させるのが、

ジョージアのワイン生産の7割 を担う東部、カヘティ地方の伝統だ。クヴェヴリで発酵を終えたワインは、

熟成段階に入る前に甕開きを行う。

 

 

クヴェヴリはまだまだ未知な開拓の途上にある!


クヴェヴリはまだまだ未知な開拓の途上!ゼロ・コンプロマイズ・未来のプラットフォーム!!

 

5月11日に行われたワイン祭り「ゼロ・コンプロマイズ」は、今年、3回目を迎えた。

クヴェヴリ伝統製法の小規模生産者が集うイベントと聞いていたが、出展者はジョージア国内の生産者だけではなく、

フランス、イタリア、スペインなどのナチュラルワインの生産者を含む70社だった。

ジョージアを契機に再発見されたクヴェヴリ製法は、他国のワイン生産者たちが自国のワイン醸造の歴史を再評価する流れに繋がった。

スペインではティハナ、イタリアではアンフォラという土製の甕仕込みにトライする生産者が増えている。

また、自国に甕仕込みワインの文化のない国々でも、ジョージアからクヴェヴリを輸入し、

甕発酵によって、ワインの新たな可能性を引き出そうとする人々がいる。

日本もまた然りだ。彼らにとって、また飲み手にとっても、甕仕込みは古くて新しい。

果汁だけでない果房の全体、そして背景にある土壌を映し出す、

最も純粋な容器として、クヴェヴリはまだまだ未知な開拓の途上にある。

日本でジョージアのクヴェヴリ製法のワインを初めて飲んだ時、

馬小屋のような臭気と、その奥に秘められたブドウのパワーを感じた。

おいしいとは言えないのに不思議に心惹かれ、

整った優等生的ワインでは気づかなかった隠し立てのないブドウの姿を知ったというのだろうか。

以降、魅力的な芳香性の、生き生きとした素晴らしいクヴェヴリのワインにも出会い、謎と興味は深まった。

今回の「ゼロ・コンプロマイズ」は、クヴェヴリ製法の現在地を知る機会となった。

[クヴェヴリの行方] 

クヴェヴリが土に埋められているマラニという貯蔵庫の風景は、シュールな感じもあるし、

幻のワインは「クレオパトラの涙」!

黒酢や焼酎の壺造りを知っている日本人には、親近感ある風景でもある。

その規模や様相は様々だ。

マラニを新設したワイナリーでは、気温がより安定する地下にマラニを造り、

地表も土が剥き出しにならないような配慮がなされていた。

クヴェヴリの開口部は、通常、可食できる専用の粘着材を塗り、ガラスの蓋で密閉される。

蓋の中央部の小さな穴だけを必要に応じて開閉して試飲できる構造だ。

クヴェヴリの環境をより衛生的、健全に保つ改善が、近年進んでいる。

ワインを造る原風景を感じたのは、家庭的規模のマラニでだ。

大抵は、祖父の時代からの畑やクヴェヴリを引き継ぎ、小さなマラニに数カ所、クヴェヴリが埋まる。

生産本数は年間で1,000本、2,000本。こうした人々は本業を別に持ち、販売は第一義ではない。

ハンドメイド・ワインは、自分や家族、知人たちとの食卓や宴の場に欠かせない存在だ。

ジョージアでは、商標登録してラベルを貼らなければ、自家醸造のワインを知人レベルに販売もできる。

こうしたワインの中から、ユニークで付加価値の高いものが、

海外のインポーターに見出されて海を渡る場合もある。

販売目的でなく造ったものだからこそ持ちうる価値、

家庭料理のような優しさと個性あるワインは、ジョージアの宝だ。

ワインの自家醸造文化こそ、ワインの歴史8000年の力を感じさせるリアルだ。

ジョージアは、4世紀にはキリスト教が国教となるが、常に他民族の侵攻や支配に苦しめられてきた。

イスラム圏の大国や現在のロシアの支配を受けながら、

信仰のおそらく一部として、ワイン醸造は粛々と家庭で守られてきた。

ワインと食卓、そして歌は密接に結びつき、ジョージア人の誇りを支えてきたのだろう。

セラミックボトルのワイン!飲んだみたいです!

クヴェヴリ製法のワインは、対外的にジョージアを象徴する枕詞になりつつありが、

実際のところ、クヴェヴリの伝統製法は、国内生産量の1割に過ぎない。

国が力を入れるワインの産業化と大量生産に向かない伝統的なクヴェヴリ製法は、二律背反に見える。

しかし今後、クヴェヴリが生き残る道は、伝統の象徴としてだけではなく、

新しい技術と組み合わせてクヴェヴリの利点を生かすやり方、

ヨーロッパ方式と言われる樽やタンク醸造との折衷の中にも見出されていきそうだ。

そして「ゼロ・コンプロマイズ」は、クヴェヴリが様々な知恵で磨かれる、未来のプラットフォームとなるのではないか。

国を超えたネットワークが、ある国の文化を守る。

そんな文化継承の先進例となるかもしれない。

The Cuisine press 記事より紹介しました。

 

 

これがテーブルいっぱいに料理を並べ、家族と友人とが杯を重ねるのがジョージア流の楽しい宴会!


ここ数年、旅行先として注目を集めているのがジョージアだ! 魅力の一つが独自の食文化!!

 

今日のまとめ!

ここ数年、旅行先として注目を集めているのがジョージアだ。

魅力の一つが独自の食文化だ。黒海東岸に位置していることから、

欧州とアジア両方の文化の影響が渾然となった様々な料理がある。

8000年前からのワイン産地としても有名。

テーブルいっぱいに料理を並べ、家族と友人とが杯を重ねるのがジョージア流の楽しい宴会だ。

牛と豚の挽肉にハーブやタマネギ、塩コショウを混ぜ、小麦粉から作った皮で包んで茹でて作るのが「ヒンカリ」。

冬によく食べられるのが「シュクメリル」という鶏肉の煮込み料理だ。

「シュクメリル」という鶏肉の煮込み料理!

ジョージアには「スプラ」と呼ばれる宴会文化がある。

大皿でテーブルいっぱいに料理を並べ、家族と友人でワインとともに楽しむ。

宴会では「タマダ」と呼ばれる仕切り役が乾杯を促す。

甕造りのワインは、ジョージア人の「哲学」である。

甕造りのワインを復活させ、自分たちのアイデンティティを見直す。

クレオパトラが、ジョージアワインを飲んだといわれていること。

クヴェヴリ」という甕による独自の醸造法でワインが造られていること。

[甕造りのワインだけでなく、衣装も復活させた。

100年以上前に撮られた民族衣装を復元し、2017年にこの本を上梓した。

原点こそ新しい。

ジョージアのクヴェヴリとワイン。

クヴェヴリはまだまだ未知な開拓の途上にある。

ハンドメイド・ワインは、自分や家族、知人たちとの食卓や宴の場に欠かせない存在だ。

販売目的でなく造ったものだからこそ持ちうる価値、

家庭料理のような優しさと個性あるワインは、ジョージアの宝だ。

私はワインが好きでグルジア=ジョージア ワインは友人が現地から持ち帰り友人同士で乾杯したことを思い出しました。

今日の投稿は2015年11月21日にYahoo!ブログで投稿した「グルジアのワイン!」を、

全く新しい記事に編集し直して2018年11月8日に投稿しました。

2018-11-8に「グルジアのワイン!

8000年の歴史・世界最古!

クレオパトラの涙!」

で投稿していますので興味のある人は見てください。

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ABOUTこの記事をかいた人

私はかなり高齢な建築家です。出身は伊豆の湯ヶ島で多くの自然に触れて育ちました。少年時代の思い出も記事になっています。趣味が多くカテゴリーは多義に渡ります。今は鮎の友釣りにハマっています。自然が好きで自然の中に居るのが、見るのが好きです。ですので樹木は特に好きで、樹木の話が多く出てきます。 電子書籍作りも勉強して、何とか発売できるまでになりました。残り少ない人生をどう生きるかが、大事です。