日本の色を楽しむ!紅梅色=こうばいいろ!紅梅襲=かさね!春の象徴・桜色!

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これが日本の伝統色!!


日本の色を楽しむ!紅梅色=こうばいいろ!紅梅襲=かさね!春の象徴・桜色!!

 

色彩の繊細な違いを感じる日本人の感性が生んだ 数々の美しい色の名前 眼に映る色が日本文化の奥深さを語ってくれる。

紅梅色=寒さの中、百花に先がけて花を咲かせ、早春を告げる梅の花

花を愛でてる「花梅」と、実を楽しむ「実梅」がある。

濃淡様々の紅梅色が美しい。

頬をさす冷たい空気のなかにも、わずかな春の気配が感じられる2月。

梅の蕾は、薄い紅色の花を咲かせます。

梅が日本へやってきたのは奈良時代のころ。

まず白梅が伝わり、その後、平安時代に紅梅が輸入されました。

紅白合わせて 吉兆の象徴となり、特に紅梅の明るい紅色は

「紅梅色」と呼ばれ、着物の襲=かさね などに用いられるようになります。

これが「紅梅色」と呼ばれ、着物の襲=かさね などに用いられるようになります。

染める色の濃さによって、濃紅梅、中紅梅、薄紅梅などの呼び名があり、とくに、宮中いるような高貴な身分の女性たちに好まれました。

「源氏物語」において紅梅色の襲が登場するのは、貴公子・柏木が光源氏の若き正妻・女三宮を見始めるという場面。

柏木が蹴鞠に興じていると、猫が駆け出して御簾の端がめくれあがります。

御簾の奥に立っていた女三宮は、濃い色と薄い色を幾重にも重ねた紅梅襲の上に、桜色の細長を羽織っていました。

早秋の紅梅色と、春の象徴である桜色。

まるで季節が冬から春へ移ろうように、柏木は抗うこともできずに女三宮を愛してしまいます。

凛とした姿に、春の訪れを感じさせる梅の花。

くすんだ冬の景色の中で、パッと目を惹く色は、人々を冬の眠りから目覚めさせるのかもしれません。 日経新聞記事より。

 

 

日本の美!色のバリエーション!


濃紅梅・中紅梅・淡紅梅などのバリエーション!!!

 

紅梅色 Kobai-iro

[色の説明]  

紅梅色(こうばいいろ)とは、早春に咲く紅梅の花の色のようなやや紫みのある淡い紅色のことです。

色名の由来は文字通り紅梅の花の色から。

『紅梅色』はキク科ベニバナを用いた紅花染の一種で、その色の濃さにより

『濃紅梅こきこうばい』『中紅梅なかこうばい』『淡紅梅うすこうばい』などのバリエーションがあります。

ただ、文学においての『紅梅』といえば主に『中紅梅』を指しました。

また襲かさねの色目の名でもあり、「表・紅色、裏・蘇芳すおう」を配しかなり強い赤を表現しています。

また江戸時代後期の『貞丈雑記』には、紅梅色はかつて『桃色』に近い色であったが、

近年は黒っぽい『紫紅色』のこととなっていると記されており、

江戸期には濃い紫紅色を紅梅色と呼んでいたことが分かります。

[梅 (うめ)] 

梅はバラ科サクラ属の落葉高木。

中国が原産で奈良時代までは輸入されていましたが、

遣唐使によって白梅が伝わり、さらに平安時代に紅梅も伝わることで一般化しました。

清少納言も『枕草子』で「いとめでたきもの」として「木の花は、こきもうすきも紅梅」とあげています。

また、新元号の『令和』も、出典は『万葉集』の梅花の歌集であるように、梅は古くから親しまれてきました。

令和:『万葉集』巻五 梅花の歌三十二首并せて序より

「初春の令月にして、気淑く風和らぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫す」

-初春に春の訪れを告げるように花を咲かせる紅梅。

その花の色である『紅梅色』もまた淡い紅色が春をイメージし、今も昔も女性に人気の色名です。!!!

ほんのりとしたサクランボを彷彿とさせる桜桃色!!

明治まで立山うゆ味の汁物だ。

「焼き付けは山に入る人が携えた行動食のようです。

どれも江戸時代からの、伝統料理で、立山の参詣客も食べたでしょう。

今年の灌頂会は出したいと思っています」。

 

 

日本の色・襲の美!!


襲の色目では、表が紅梅色・裏が蘇芳色!濃い紫紅色を紅梅色と呼んだ!!

 

紅梅色(こうばいいろ)は、日本の伝統色の一つ。紅梅の花のような色合いで、紫色がかったピンク。

[概要]

平安時代の貴族に非常に好まれ、染め色、織り色、襲の色目にそれぞれ「紅梅」と呼ばれる色がある。

染め色では、薄く藍染めした布の上から紅色を重ね染めしたものを、織り色では経糸を紫で

、緯糸を紅色で織り上げたもので、綾織りにすると紫紅色の地に紅色の模様が浮くようになっている。

襲の色目では、表が紅梅色・裏が蘇芳色の、晩冬から春先の着物とされ旧暦の2月頃には時期外れとなっていたらしい。

この紅梅襲は、『源氏物語』「梅枝」の段に、源氏から朝顔の姫君への返礼の品として登場している。

『枕草子』二十二段には「すさまじきもの」(興ざめなもの)として「三四月の紅梅の衣」が挙げられているが、それだけ多くの人が好んで着たものと思われる。

寛永20年の御触れでは、「庄屋、惣百姓共衣類、紫・紅梅染致間敷候」と禁制の品に指定されている。

江戸時代後期の『貞丈雑記』には、かつての紅梅色は、桃色に近い色であったが、

近年は黒っぽい紫紅色のこととなっているとあり、江戸期以降は濃い紫紅色を紅梅色と呼んでいたことが分かる。  以上はウイキペディア。

 

 

これが紅梅色!


バラの花の淡紅色!単に「紅梅」は中紅梅を指す!  名梅鼠の[梅]は、梅屋渋の染に見る!

 

[日本の伝統色にいきづく梅]  

日本には、固有の伝統的な色の名前が、数多くある。

どの色も、名前をきくだけで、不思議とイメージが浮かんでくる。

それらの名前には、その色をあらわすために、身近にある「草木」「染料」「生物」などの名が使われた。

美しさの微妙な違いを、的確にとらえ楽しむ、日本人の繊細な感覚を、それらの名前から知ることができる。

昔から人々に愛されてきた「梅」も、さまざまな伝統色の名前に使われている。

英名Rose Pink(ローズピンク)バラの花の淡紅色。 

色味紅梅の花色に似て、かすかに紫味を含む淡い紅色。

名紅梅の花の色をあらわした名前。

染料淡い藍の下染めに、紅花を上掛けした。

平安時代「濃紅梅」は「今様色(いまよういろ)」と呼ばれた。

「今様」とは「今、流行り」と言う意味で、当時の流行色のひとつだったようだ。

「いまやう色とは紅梅のこきを云なり。

たとへばこき紅にもあらず、 又こうはいにもあらぬはしたの色にて、

此頃いできたる色なれば、いまやう色とはいへり。

略ゆるし色とおなじきなり」

花鳥余情・四(1472) 文献に、単に「紅梅」とある場合は、中紅梅を指す。

色は上の色票のとおり。

これは、紅梅の花の色にあたる。

薄紅梅(花色が薄い紅梅)の花の色。

これは薄紅の色です!

「みやにはじめてまゐりたるころ、さし出でさせ給へる御手のはつかに見ゆるが、

いみじうにほいたるうすこうばいなるは、かぎりなくめでたしと」

枕草子一八四(10世紀後) 江戸時代、

高価な染物であった「紅梅」と「紫」など、贅沢(ぜいたく)で派手な装いを禁じられていた庶民は、

さまざまな逃げ道を考え、あの手この手でお洒落を楽しんだ。

安い偽物によるイミテーションで代用紅花 → 茜草を用いた代用紅紫根 → 蘇芳(すおう)を用いた似紫(にせむらさき) 

※中には、本染の紅梅や紫をニセモノと称して公然と着ている者もいたらしい。

衣服の表は質素を装い、裏地に派手な色や柄の物を着る

英名Rose Dust(ローズダスト)ほこりっぽい薄バラ色。   

色味赤みがかったうすい鼠色。  名梅鼠の[梅]は、梅屋渋の染に見るような赤みの形容語。

染料梅屋渋(梅木の煎汁に榛皮の煎汁を加えたもの)に、

灰汁・明礬・石灰・鉄漿を用いれば、微妙な赤みの鼠を得ることができる。

 

 

栗梅の名は栗色の梅染が略された!


「栗梅」の名は「栗色の梅染」が略された! 色味梅屋渋は浅く染めた赤味の淡茶色!!

 

幕府による奢侈(しゃし)禁止令により、派手な衣服が制限されていた江戸時代

。庶民たちは、厳しく制約された暮らしの中で、自分の個性を精一杯表現しようとした。

鼠色(ねずみいろ)や茶色に、微妙な色調の変化をつけ、奥ゆかしい色合いを楽しむのが、

当時の庶民たちにとって「粋(いき)」とされた。

こうして梅鼠など「四十八茶百鼠」といわれる多くの渋味の色が、江戸時代を彩った。 

※「四十八茶百鼠」・・・ 茶色には48種類、鼠色には100種もの色があるという意味。

「梅鼠」は、明治初期の『福印 福田与兵衛染見本帳』を初め、当時の見本帳によく見られる。

明治30年頃には、再び鼠色が流行した。

英名Dark Cardinal(ダークカーディナル)暗い茜色。

色味栗色がかった濃い赤茶色。

名「栗梅」の名は「栗色の梅染」が略されたもの。

これが栗梅です!

染料『紺屋茶染口傳書』(寛文6・1666)では豆汁と梅皮を用いる。

『染物早指南』(嘉永6・1853)では蘇芳・濃い茶・からし水を用いる。

『毛吹草(けぶきぐさ)』(寛永15・1638)に「色こきは栗梅ぞめの紅葉哉」と記されていることから、

江戸前期から行われていたことがわかる。

『色道大鏡』(延宝7・1679)に、廓(くるわ)の遊客の小紋や羽織の色に良いと記されている。

『反古染』には、元文(江戸中期1736~41)の頃、小袖の色に、

明和(江戸中期1765~72)の頃、麻裃(あさかみしも)の色に、流行したと記される。

明治30年(1897)にも流行した。

英名Peach Buff(ピーチバフ)赤みの淡い黄革色。 

色味梅屋渋(うめやしぶ・梅木の煎汁に榛皮の煎汁を加えたもの)で浅く染めた赤味の淡茶色。

梅の樹の皮を煎じて使うのだが、染めあがった色はどちらかというと黄色。

※「梅屋渋」は江戸時代の家庭茶染の主要な染料。名花の色を例えたものではなく、実際に梅を使って染めた色。

「梅染」が、初めて文献に登場するのは『蜷川親元日記』(寛正6・1465)。室町時代から行われていたことがわかる。

染法は『秘事記』(宝永2・1705)に以下の記載がある。「梅染の法。

梅の木をこまかに打わりて、水にせんず。布一端には、水三升程入、二升二合程にせんじ、

早稲藁を黒焼にして、右の煎じ汁を三四返そそぎ、其灰汁にて三返染る。

もし渋染にせば、 右の灰汁にて数へんそめて色よき時、其上を薄渋にて二三返そむればはげず」

梅染の色は、用いられる灰汁・明礬・石灰・鉄漿(かね)の配合や分量次第で、様々な茶色が得られる。

 

 

これが梅染色重ね!!


「山城梅染」「加賀黒梅染」と呼ばれた!「赤梅染」。さらに「黒梅染」と呼んでいた!

 

江戸時代中頃『貞丈雜記(ていじょうざっき)』(伊勢貞丈著・有職故実研究家)には、

「梅染赤梅黒梅三品あり。梅やしぶにてざっと染たるは梅染色。

少数を染たるは赤梅也。

度々染て黒みあるは黒梅也」とある。

この梅染は、製産地名をつけて「山城梅染」「加賀黒梅染」と呼ばれた。

加賀には古くから梅染があり、今から約500年ほど前に行われていた。

梅の皮や渋を使い、布地を染めると黄色がかった赤色になり、これを「梅染」。

その後回数を重ねて染めていくと赤くなり、これを「赤梅染」。

さらに何度も繰り返すと黒色に染まり、これを「黒梅染」と呼んでいた。

英名Amaranth Purple(アマランスパープル)紫葉ゲイトウの色。 

色味やや鈍い調子の赤紫。にぶい赤紫。大人っぽいピンク。

「紅梅色(こうばいいろ)」を赤紫よりにした感じ。

これは深紅です!

名梅紫の[梅]は、紅梅の赤紫味の形容語。

染料淡い藍の下染に、紅を重ねるのではないかと推測される。

「梅紫」の染色記事は、江戸時代の染色書には見当たらない。

このため、比較的新しい染色名であろうと思われる。梅紫」は、

明治時代に入ってから、流行した時期があったようだ。

英名Silver Sage(シルバーセージ)銀色調のサルビヤの葉色。 

色味グレーがかった渋めの黄緑色。名称上では茶の類となっているが、色相は萌黄系統。

梅の花の色とは印象が違う色。

名安永・天明(1772~89)の頃活躍した歌舞伎の大立者、

初代尾上梅幸が好んだ、緑がかった茶色を「梅幸茶」と呼ぶ。

京都に生まれた尾上梅幸(おのえばいこう)は、はじめ女形として舞台に立ったが、

後に江戸に下り、立役(たちやく)に転じた。

その後、絶大な成功をおさめ、座頭まで異例の出世をした。

彼の人気は、美貌よりも達者な芸にあった。

華やかさの中にも渋みを含む「梅幸茶」からも、彼の芸風がうかがえる。

当時は「浅葱色」の流行全盛だったが、

これに対して「萌黄色」を打出したのは、世間への宣伝効果を考えてのことと思われる。

梅幸茶」は、天保の頃まで歌舞伎通の間で流行したが、

「路考茶」のように大流行とはならなかったようだ。

これが路考茶を使った入れ物!

人気歌舞伎役者の「役者色」は、江戸時代・中~後期の流行色のひとつだ。

当時、江戸では歌舞伎役者の絵が売られ、客たちは競って買い求めた。

絵に描かれた舞台衣装の色や模様は、女性たちに真似られ流行した。

特に、その美貌で人気を集めた歌舞伎女形、瀬川路考の「路考茶(ろこうちゃ)」は大流行し、

これが大流行した路考茶

なんとその後、70年間も流行し続けた。

璃寛茶(りかんちゃ)、芝翫茶(しかんちゃ)、梅幸茶(ばいこうちゃ)なども役者色。

当時の世相を反映してか「茶系」が多い。 以上は なんでも梅学より。

今日は日本の色を楽しむ!から紅梅色について多方面の文献から紹介しました。

紅梅襲は着物の襲=かさね などに用いられるようになります。

染める色の濃さによって、濃紅梅、中紅梅、薄紅梅などの呼び名があります。

その色の濃さにより『濃紅梅こきこうばい』『中紅梅なかこうばい』『淡紅梅うすこうばい』

などのバリエーションがあります。

文学においての『紅梅』といえば主に『中紅梅』を指しました。

襲の色目では、表が紅梅色・裏が蘇芳色の、晩冬から春先の着物とされた。バラの花の淡紅色。 

色味紅梅の花色に似て、かすかに紫味を含む淡い紅色で、名紅梅の花の色をあらわした名前だそうです。 

色味梅屋渋=うめやしぶ・梅木の煎汁に榛皮の煎汁を加えたもので浅く染めた赤味の淡茶色。

梅やしぶにてざっと染たるは梅染色は、産地名をつけて「山城梅染」「加賀黒梅染」と呼ばれた。

緑がかった茶色を「梅幸茶」と呼ぶ。

今日はこのように多くの色合いの呼び名があって、古き良き時代をしのばせてくれています。

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私はかなり高齢な建築家です。出身は伊豆の湯ヶ島で多くの自然に触れて育ちました。少年時代の思い出も記事になっています。趣味が多くカテゴリーは多義に渡ります。今は鮎の友釣りにハマっています。自然が好きで自然の中に居るのが、見るのが好きです。ですので樹木は特に好きで、樹木の話が多く出てきます。 電子書籍作りも勉強して、何とか発売できるまでになりました。残り少ない人生をどう生きるかが、大事です。