弁当新たなるよそおい!The wonderful word ob BENTO!

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弁当、新たなるよそおい!The wonderful word ob BENTO!

弁当、新たなるよそおい!The wonderful word ob BENTO!!

 

一つの箱に込められたバラエティ豊かな料理や彩り。

繊細な美意識が凝縮された小さな、

素晴らしき世界が新たな姿を見せ始めている。

どこか温もりを感じながらも、

日常に「ハレの日」の特別な雰囲気も醸し出している。

海外ではクールでヘルシーな

「BENTO」として存在感を高めている弁当の、

今と昔を見つめ直してみよう。

 

 

医療従事者向けの弁当は洋風にアレンジ!


「誰かのため」に想いを込め!BENTOに「『クール』『華やか』『ヘルシー』のイメージを持っている人が増えている!

 

新型コロナウイルスの感染が広がったことによる新たな日常が高級レストランのシェフらの間にも広がっている。

今までに例のない取り組みとして、感染症対策の最前線に立つ医療従事者を食の面で支えようと、腕を振るった弁当を無償で提供している。

3ヶ月間で2万1千食――-。

医療従事者へ送る先駆けとなった「Smile Food Project=スマイルフードプロジェクト」。

東京都内のシェフら10人がSNSでつながり、構想から始動までわずか1週間で、

シェフの思いに賛同するケータリング会社もこの動きに呼応して調理設備の提供・配送を担った。

4~7月に送り届けた医療機関は、東京医科歯科大学 東京・文京 や

聖路加国際病院 東京・中央 など38に達する。食材費は寄付などで賄った。

「食を通して幸せや笑顔を届けることが僕らの仕事。

大変な状況にある医療従事者の元気の源になればとの思いだった」。

プロジェクトの名付け親となった中心メンバーで、レストラン

「ザ・バーン」東京・港 エグゼクティブシェフの米澤文雄さんは振り返る。

始めはキッチンカーで出来立てを提供しようと考えていたが、医療従事者は多忙でいつ食べられるかわからないのが実態だ。

そこで浮かんだのが弁当での提供。

普段はコース料理が主体のメニューを提供しているシェフが、そのノウハウを惜しげもなく弁当に注ぎ込んだ。

イタリアンやフレンチで使われる得意の技法を取り入れた主菜や副菜を生み出していく。

米澤さんのある日のメニューはメインに「塩こうじのローストポーク」!

米澤さんのある日のメニューはメインに「塩こうじのローストポーク」、「副菜にカルダモンのスパイスの香りがはじけるニンジンのローストサラダ」。

目にも胃にも優しいものを取りそろえた。

「温かい気持ちにリラックスできました」「美味しさに思わず涙してしまいました。

これで明日からも頑張れる」。

家に帰れないだけでなく、食事を取ることさえままならなかった医師や看護師に安らぎや活力をもたらした。

「弁当――-。

厚生労働省の定義は「主食又は主食と副食を容器包装又は器具に詰め、そのままで摂食できるようにしたもの」。

つまり、おにぎりやサンドイッチも含め、主食を含めた料理を容器に詰め込んだもので、それだけでは味気ない。

その言葉が温もりを感じさせるのは、「誰かのために」という作り手の思いが込められていることが多いからだろう。

「コロナ渦でも誕生日や結婚記念日など特別な日は訪れる。どんな時でも家庭で料理を楽しんでもらいたい」。

ミシュランガイドで二つ星を獲得したレストラン「ナリサワ」東京・港 のオーナーシェフ、成澤由浩さん51 は言う。

ナリサワは今春、弁当スタイルのテークアウトや宅配を始めた。

ミシュランガイドで二つ星を獲得したレストラン「ナリサワ」東京・港 のオーナーシェフは右から二人目!

新たなメニューを開発するために設けた「ラボ」を8月に訪れると、3人のシェフが桐箱などに、日替わりの8種類のおまかせ料理を丁寧に盛り付けていた。「

神戸牛のすき焼き」や「黒アワビの柔らか蒸し」などの料理に、キャビアやデザートを添えた最上級セットは3万5千円。

成澤さんがメニューを作成。食材はレストランと同じで、備長炭や薪で焼く、多彩な調理方法も魅力だ。

コロナ渦の「3密」回避で客足が遠のく状況に、国内では飲食店がテークアウトなどの形で弁当を提供する動きが加速している。

その数は東京都の助成金利用分だけで8月までに4千件以上。

こうした動きにナリサワなど高級店が参入している店が目新しく、今もその動きは拡大している。

高級焼肉店「肉匠堀越」東京・港 が始めた弁当「肉ばらちらし=黒タン入り」8千円 は、色鮮やかなビジュアルが見ものだが、こだわりは他にもある。

弁当として提供するために「冷めても美味しいように」と生み出した調理法だ。但馬太田牛は低温でじっくり火を通し後に200度超の高温で表面をカリッと焼き上げる。

カットした牛肉の鮮やかなピンク色と黄色のタクアン、緑色の芽ネギのコントラストがたまらない。この弁当を求めてリピーターがつき始めた。

皇居前に立つ高級ホテルのパレスホテル東京=東京・千代田 が始めたのはドライブスルーだ。

弁当を時間指定で予約し、事前に車にのナンバーを伝えれば、車が車寄せに近づくと、ホテルマンが気付いて渡す仕組み。

テークアウトの4人に一人が利用している。

夫婦で受け取りに訪れた東京都葛飾区の藤井充啓さん72、くに子さん70 夫婦は「こう言う形は密を避けられ、安心できます」。

祝事には家庭でホテルのレストランを訪れてきたが、今は92歳の母を気遣って半年間も外食を控えている。

そうした状況をみて、「娘が注文してくれた」のだという。受け取ったのは「日本料理和田倉」の「彩り6段重」税別1万2千円 など。

久しぶりとなる高級店の味を前に「わくわくしている」と笑顔を浮かべた。

主食と副菜など一般的な日本の弁当スタイルは今、海外でも「BENTO」として人気が高まる。

2010年頃からアニメやマンガの弁当を食べるシーンで注目され、「和食」の世界遺産登録が追い風となった。

米ニュヨークで弁当専門店3店を構える「BentOn=べんと・おん」は顧客の7割が外国人ビジネスマン。

BENTOに「『クール』『華やか』『ヘルシー』のイメージを持っている人が増えている」創業オーナーの古川徹さん。

 

 

歌川広重の弁当!


江戸に集う、娯楽の中心に!作る、送る、一緒に食べる!相手を思う気持ちが、幸せや笑顔を生み出す隠し味に!

 

なぜ、「弁当」というのか。

戦国時代の武将、織田信長が大勢の人に食事を配った際に、料理を簡単な器に盛った逸話を起源とする説が有名だ。

「弁」とはあらかじめ用意するという意味があり、合理的な信長が配膳の効率を高めるために用いた光景が頭に浮かぶ。

他にも中国語で便利という意味の「便当」、飯入れに使う曲げ物の木製容器「面桶=めんつう」が転じたという話もある。

言葉の由来はいまだに決着がついていない。

日本が1日3食になったのは江戸時代になってからのこと。

それまでは1日二食で、農作業や林業、漁業の力仕事の途中で食べる簡単な食べ物や旅のお供となる携行食が弁当の源流にあったとされる。

それでは初期の弁当はどのようなものだったのだろうか。

米や弁当の歴史を研究するPlenus米食文化研究所 東京・中央 の事務局長、八谷中大さん46 に聞くと

「持ち運びができて移動先で食べる弁当としては、保存性のある米を使った糒=ほしい がルーツになったと思われます」と説明してくれた。

糒とは米を蒸した後に乾燥させた保存食で、乾飯ともいう。移動先で湯や水に浸したり、そのまま口に入れてふやかしたりして食べられていた。

奈良時代、当時の税制「祖庸調=そようちょう」 の税を納めるために都へ行く農民が片道数十日の過酷な道のりに携行したのも軽くてかさばらないぬ糒だったという。

糒は奈良時代の日本書紀や平安時代の伊勢物語にも登場する日本古来の携行食だ。

”注記”租庸調は、日本、中国及び朝鮮の律令制下での租税制度である。 ウィキペディア

弁当は江戸時代に庶民に広がり、花見や観劇といった「ハレの日に」欠かせばいものとして花開く。

きっかけを作った一人が江戸幕府8代将軍の徳川吉宗だ。

質素倹約を押し進めた一方で、今の東京都北区にある飛鳥山などに桜を植えて庶民の花見を奨励し、仲間と集まって食べる華やかな花見弁当が登場した。

1日がかりの娯楽だった歌舞伎見物では幕間の楽しみとして、飯に卵焼きかまぼこ、煮物などが詰まった幕の内弁当も誕生した。

明治時代には駅弁が登場し、弁当は旅の喜びとしてリンクしていく。

食文化の研究家、権代美重子さん70 は「暮らしに余裕の出た江戸時代、弁当は仕事や旅の携行食から楽しむためのもにに変わっていった」と指摘する。

バラエティの豊かさや彩りへのこだわりが独特の文化を発展させた弁当について、

権代さんは「日本の食事の根底には美しく見せる意識があり、その原点は神饌=しんせん にあります」と教えてくれた。

神饌とは神に供えるごちそうのこと。

豊作豊漁を願ってその年の収穫物などを一つの器に一種ずつ盛り、食材の切り口まで美しく見せる意識が弁当につながっている。

ご飯を「よそう」という言葉も「装う」に由来するそうだ。

その美意識は江戸後期の料理本にも表れている。

1801年刊行の「料理早指南」は弁当の献立に加えて、スペースの限られた重箱などへの料理の詰め方が、挿絵付きで紹介されている。

「同じ色が集まらないように」「隣り合うもの同士の味付けがや形が同じにならないよう」になどと、

盛り付けのバランスや色の取り合わせついて細かくアドバイスも記されている。

江戸時代中期以降、料理の保存に適したしょうゆや味噌が流通したことも「弁当の歴史に重要な役割を果たした」権代さん。

それを証明するように新たに弁当作りに取り組んでいる西洋料理のシェフたちは

「冷めても美味しい煮付けやあえものを始め、日本料理のワザや調味料は弁当と相性がいい」という声が多く聞かれた。

弁当箱も料理を引き立てる重要な要素だ。

群馬県高崎市にある県の伝統工芸品「西上州竹皮編」の工房を訪ねると、竹皮の柔らかな手触りの弁当箱が棚にただずんでいた。

竹皮編はドイツの建築家ブルーノ・タウトが戦前の日本滞在中、竹皮で雪駄=せった を作る地元の職人技!

この竹皮編はドイツの建築家ブルーノ・タウトが戦前の日本滞在中、竹皮で雪駄=せった を作る地元の職人技と出会い、

竹皮を細かく裂いて、巻きながら針で縫い込む母国の籠網の技術で作り上げたもので、、今は前島美江さん65 が唯一の作り手だ。

「私は日本文化を愛す」。

桂離宮や伊勢神宮の魅力を内外に伝えたことで知られるタウトの言葉が、工房近くの達磨寺の石碑として残されている。

タウトは外国の模倣ではなく、日本の材料と技を生かしたものつくりを大切にした。

曲線からなる竹皮編みのデザインは「シンプルでありながら、ゆったり緩やかで柔らかく優しい」と前島さん。

竹皮編みのデザインは「シンプルでありながら、ゆったり緩やかで柔らかく優しい」と前島さん!

ぬくもりを感じさせる弁当箱は今、引き合いが増えているという。

日本の自然に根づいた竹皮は抗菌作用があり、汁気も吸うため古くから弁当に使われた素材でもある。

「おにぎりが美味しくなりますよ」という前島さんの言葉に魅力を感じた。

「BENTO]という言葉は1600年代始め、イエズス会の宣教師が日本語をポルトガル語に訳した「日葡辞書」にも登場する。

解説には食物を入れて携行する箱という意味に加え、「充足、豊富」と記されていた。

「弁当箱を開くときのわくわくする気持ち、食べ終わった後の充足感は今も変わりません」と権代さんは話す。

コロナ渦で外出が制限されたことで、食の場面の重要性を再認識した人が多かったはず。

弁当はそんな心の隙間を埋めるはずの大事な存在になってきている。作る、送る、一緒に食べる。

それぞれの相手を思う気持ちが、幸せや笑顔を生み出す隠し味にある。

日経新聞  小沢一郎  鈴木健 撮影。

 

では弁当にまつわる記事を取り上げてみます。

 

 

誰かを想って作った料理は、きっと自身の成長の糧になる!


誰かを想って作った料理は、きっと自身の成長の糧になる!!!

 

[誰かを想って作った料理は、きっと自身の成長の糧になる]

「亡くなった母の手料理を渇望する娘のため…父、奮闘!」

精一杯がんばっているつもりでも、結果が付いてこないなんてことは往々にしてあるもの。

しかも、それで大事な人を我慢させていると知ったら…。

『甘々と稲妻』の主人公である犬塚公平は娘のつむぎと二人暮らし。

高校の数学教師を務めながらも、家事をこなす毎日でした。

妻を病気で亡くすまで公平は料理などほとんど作ったことがなく、つむぎの幼稚園でのお弁当は冷凍食品が中心で夕飯はお弁当が基本。

そんなある日、公平が家に帰ってくると、テレビの通販番組にかぶりつきで見ているつむぎの姿が…。

通販番組では調理器具の紹介がされていて、その商品を使った調理シーンにつむぎは釘付け。

そして公平に向かってこんなことを言い出しました。

「ママにこれつくってっておてがみして」

公平はその瞬間、つむぎが暖かい手作りの食事に飢えていたということに気がつきます。

つむぎが暖かい手作りの食事に飢えていたということに気がつきます!

それも、もう食べることができない母親の手料理に。

もちろん、公平も忙しい生活の中でつむぎのためにがんばっていました。

平日は早起きしてつむぎのお弁当を作り、幼稚園の送迎、休みの日には溜まっていた洗濯や掃除をして、つむぎと散歩に。

並大抵の父親ができることではありません。

つむぎのことを想っているからこそできることです。

しかし、それでもつむぎは母親の手料理に飢えている。

もう絶対に作れない、作ることができないものを…。

途方に暮れた公平がとった手段、それは飲食店「ごはんやさん 恵」の娘であり自身の高校の生徒でもある

飯田小鳥に電話し、必死に「娘においしいものを食べさせてやりたいんです」と頼み込むこと。

それから、公平と小鳥は一緒に料理をするようになります。

もちろん飯田小鳥が小鳥の母親と同じ味の料理を作れるわけではありませんが、その娘のためを想った公平の行動は、いい方向に転がっていくのです。

料理初心者で味付けが特に下手な公平と、とある事情で包丁が持てないけれど料理研究家でもある母の味付けを覚えている小鳥はいいコンビに。

もちろん、つむぎも一緒にお手伝いしながら…。

公平は自分にはできないこと、娘であるつむぎにしてあげたいこと、そして自分にも何とかできることの

狭間で必死に考えた結果、娘への想いを形にして表現できる方法を温かな手作り料理の中に見つけたのです。

「雨降って地固まる」ならぬ「ピーマン食べて絆深まる」

料理は人が食べるもの。

料理には作った人から食べる人への想いが込められており、ある種のコミュニケーションツールと言っても過言ではないものです。

公平がつむぎのために料理を作り、それを親子で一緒に笑顔で食べる。

それだけのはずなのに、そこには思い出も愛も一緒に生まれています。

夕飯をお弁当で済ませていたときとは比べものにならないほど、娘のことが見れるようになった公平はあるとき、

野菜が多く手に入ったため、野菜も食べさせたほうがいいとの考えからつむぎが苦手なピーマンを使ってピーマンの肉詰めを作ってしまいます。

公平は自分で料理を作るようになって、心のどこかで自分がおいしいと思ったものをつむぎにも食べさせてあげたいと思っていたのです。

もちろん、それが不正解なわけではないのですが…結果は大失敗。

ピーマンを一口食べて、つむぎは泣き出してしまいました。

そのことを小鳥に相談したところ、「おいしく作って食べてもらいましょう」と言われます。

「今食べられなくても食卓に出さないんじゃなくてお父さんがこれを好きなんだーって食べてた方がつむぎちゃんも興味わくかもしれませんよ」と。

そこで、公平と小鳥はつむぎのためにグラタンを作ることに。

たくさんの野菜の中にピーマンも入れて、ベシャメルソースと一緒に焼き上げるグラタンならつむぎもきっと食べられるのではないかと考えたのです。

結果、つむぎはピーマンを少しだけ食べられるようになりました。

これも公平の父としての愛が、グラタンに、そしてピーマンにもたっぷりと注がれているからこそ、つむぎが食べられるようになったに違いありません。

“料理は愛情”なんて言葉は聞き飽きたかもしれませんが、聞き飽きるほど言われているということは、これもまたひとつの真理。

料理に愛情を込めようとするから、丁寧に、そして思いやりを持って、料理を作ろうとしますもんね。

ちょっと疲れていそうだから疲労回復系のメニューにしようとか、暑い中動き回っていたみたいだから

ちょっとしょっぱめの味付けをしようとか、料理を作りながら食べる人を思いやることはいくらでもできるはずなのです。

それでは、料理以外では?

仕事にしても家事にしても誰かを想って行えば、きっとその誰かは気がつくはずです。

そして、その仕事も家事も一段、グレードアップしているはずです。

けれども、料理を作り始める前の公平のようにがむしゃらにがんばっていても、

そのベクトルが間違いであるならば、結果はなかなか付いてきません。

娘の顔をちゃんと見ながら料理を作り、一緒に食べるようになった公平のように

“丁寧に、誰かを想って”、何事も行うことが、もしかしたら成長への近道なのかもしれませんね。

ヒトサラ 記事より。

 

 

これが「お弁当甲子園」での優秀賞です!


「お弁当甲子園」で優秀賞!一人暮らしをする祖母のために作った「親子代々うめ弁当」!!

 

日大藤沢高2年若林花音さん

「お弁当甲子園」で優秀賞

祖母から母へ伝わる味

お弁当を手に笑顔の若林さん

高校生が誰かのために作ったお弁当とその思いを表現する「第8回お弁当甲子園」で、

日本大学藤沢高校2年の若林花音(かのん)さん(16)が優秀賞を受賞した。

日本大学藤沢高校2年の若林花音(かのん)さん(16)が優秀賞を受賞した!

作品は近所で一人暮らしをする祖母のために作った「親子代々うめ弁当」。祖母から母へ受け継がれた梅干しを生かした着想が、審査委員から好評を得た。

お弁当甲子園は鎌倉女子大学と高校生新聞の主催。

「私から〇〇へ、○○弁当」というお題のもと、お弁当の献立や写真と共に300字以内のメッセージをつづって応募する。

7月から9月にかけて募集され、全国から207校5278作品の応募があった。

書類審査などを経て10月20日、同大大船キャンパスで表彰式があり、最優秀賞、優秀賞など18人、6校が表彰された。

審査委員は同大の吉田啓子教授をはじめ、特別審査委員はNHK『サラメシ』で「お弁当ハンター」として取材する写真家の阿部了さんと妻でライターの直美さんが務めた。

若林さんは家庭部で部員34人をまとめる部長。部活動で昨年も応募し、父のため栄養にこだわった夏バテ防止の弁当を出品したが受賞に至らず。

今年は「おばあんちゃんのために」と思いを込めて祖母から伝わる梅干しを軸にした献立を考案し、優秀賞を手にした。

受賞を知った若林さんは、母と祖母に報告。「『すごいね、よかったね』と祖母に言ってもらえた」と笑顔を見せた。

梅に合う「和」テーマ

献立の要となったのは、母が祖母から習って毎年仕込んでいる「真っ赤でしょっぱい梅干し」。

梅酢と一緒に炊いたご飯は梅の風味をまとい、ほんのりピンク色に仕上がっている。

おかずも梅に合う「和」をテーマに、いわしを叩いてごぼうや人参と合わせて薄く焼いたつみれ、

柚子胡椒を混ぜたマヨネーズで焼いた鶏のささみなど、少食になりつつある祖母が食べやすいメニューを心掛けた。

お菓子作りは好きだが「料理はもっと作れるようになりたい」と若林さん。

将来は、料理のように「自分も楽しく相手にも喜んでもらえる仕事がしたい」と話した。

タウンニュース記事より。

 

 

一つの箱に込められたバラエティ豊かな、弁当!

一つの箱に込められたバラエティ豊かな、弁当!又、明日から頑張れるが大事!!

 

今日のまとめ。

一つの箱に込められたバラエティ豊かな料理や彩り。

繊細な美意識が行食された小さな、素晴らしき世界が新たな姿を見せ始めている。

どこか温もりを感じながらも、日常に「ハレの日」の特別な雰囲気も醸し出している。

海外ではクールでヘルシーな「BENTO」として存在感を高めている弁当の、今と昔を見つめ直してみよう。

「誰かのために」思いを込めて!

「温かい気持ちにリラックスできました」「美味しさに思わず涙してしまいました。

これで明日からも頑張れる」。

家に帰れないだけでなく、食事を取ることさえままならなかった医師や看護師に安らぎや活力をもたらした。

BENTOに「『クール』『華やか』『ヘルシー』のイメージを持っている人が増えている」。

弁当は江戸時代に庶民に広がり、花見や観劇といった「ハレの日に」欠かせばいものとして花開く。

日本が1日3食になったのは江戸時代になってからのこと。

それまでは1日二食で、農作業や林業、漁業の力仕事の途中で食べる簡単な食べ物や旅のお供となる携行食が弁当の源流にあったとされる。

弁当は江戸時代に庶民に広がり、花見や観劇といった「ハレの日に」欠かせばいものとして花開く。

バラエティの豊かさや彩りへのこだわりが独特の文化を発展させた弁当について、

権代さんは「日本の食事の根底には美しく見せる意識があり、その原点は神饌=しんせん にあります」と教えてくれた。

神饌とは神に供えるごちそうのこと。

豊作豊漁を願ってその年の収穫物などを一つの器に一種ずつ盛り、食材の切り口まで美しく見せる意識が弁当につながっている。

ご飯を「よそう」という言葉も「装う」に由来するそうだ。弁当はそんな心の隙間を埋めるはずの大事な存在になってきている。

作る、送る、一緒に食べる。それぞれの相手を思う気持ちが、幸せや笑顔を生み出す隠し味にある。

今日は一つの箱に込められたバラエティ豊かな、弁当について記述してきました。

その美味しさに思わず涙してまた明日からも頑張れるをいただきました。

弁当にはこのように大きな力が潜んでいて、大事なことです!

又、明日から頑張れるが大事!

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私はかなり高齢な建築家です。出身は伊豆の湯ヶ島で多くの自然に触れて育ちました。少年時代の思い出も記事になっています。趣味が多くカテゴリーは多義に渡ります。今は鮎の友釣りにハマっています。自然が好きで自然の中に居るのが、見るのが好きです。ですので樹木は特に好きで、樹木の話が多く出てきます。 電子書籍作りも勉強して、何とか発売できるまでになりました。残り少ない人生をどう生きるかが、大事です。