市松模様!伝統とモダンの共存!時代を経て色あせない魅力がそこにある!シンプルゆえに多様な表情があり、伝統とモダンが共存!

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市松模様!伝統とモダンの共存!時代を経て色あせない魅力がそこにある!

市松模様!伝統とモダンの共存!時代を経て色あせない魅力がそこにある!シンプルゆえに多様な表情があり、伝統とモダンが共存!

 

日本では「市松」と呼ばれる格子柄を、

人々は様々な思いで眺めてきた。

2色の四角形が規則正しく繰り返すだけなのに、

男女の恋心を読み込んだり、

抽象画のリズムを感じたりしたこともある。

行儀の良い直線を少し崩してやれば模様が突然動き出し、

新しい表現を刺激した。

シンプルゆえに多様な表情があり、

伝統とモダンが共存する。

時代を経て色あせない魅力がそこにある。

作庭家・重森三玲による東福寺の「市松の庭」。

80年を経ても、斬新な印象を与える=京都市東山区

 

 

「HARMONIZED TOWER」東京都・渋谷区!


破調のリズム!ICHIMATSU!つながりと永遠!色絵黒市松模様飾壺!モダニズム建築は装飾としての『紋様』を悪として遠ざけた!

 

金沢市の卯辰三中腹に工房を尋ねると、九谷焼作家の戸出雅彦さんが「色絵黒市松模様飾壺」の絵付けの最中だった。

重々しい名前の通り、全体に市松模様を施す大型の作品だ。 

まず縦と横の線を描き入れる。逆円錐形を支える台座から火焔のように突き出る上部まで、蛇行する線の交差が格子目をうむ。

上部のとんがりに近い部分は長くいびつな長方形、胴回りは丸みを帯びた正方形と同じ形は二つとない。

とびとびに黒を入れたマダラ模様と波打つ表面がずれながら重なり、見る側の視覚を揺さぶる。

それが、身をよじり動き出す躍動感につながる。

「器の表面が盛り上がったり、へたり込んだり、曲がったりするのを見ていると、

イメージが次第に膨らむそれに引きずられ自然に線が動き出す」という。

金沢市の高校大学で九谷焼の技法と意匠を学んだ。

自分だけのデザインを求め動物をモチーフにした作品などを手掛けてきたが、最近は市松が多い。

伝統の文様への回帰なのか。「いや、イメージの源泉はフンデルトヴァッサーです。

たまたま見た展覧会で衝撃を受け、ずっと温めてきました」と、意表を突かれた。

ウイーン出身のフンデルトヴァッサーは20世紀後半に建築や絵画で活躍した、ユダヤ系の前衛芸術家である。

「直線は人間を没落に導く」と定規で引いた真っ直ぐな線んをきらい、植物が繁殖し

渦巻くらせん曲線と色が絡む、サイケデリックなデザインを生み出した。

ドイツやオーストリアで活躍し日本国内では、煙突の先端に金色の球体が輝く奇怪な

廃棄物処理工場=大阪市此花区の大阪広域環境施設組合舞州工場 などに痕跡を残した。

本国で手がけたポスターや建築には揺れる線が交差する格子を原色で埋めたデザインがある。

この廃棄物処理工場の壁にも、日本の市松を思わせる白黒モザイクが不規則に描かれているのが見える。

例えばセロニアス・モンクのジャズピアノのように定型を外した破調のリズムが響き、戸出さんの作品に引き継がれ共鳴する。

「揺れ動く姿がイマジネーションを刺激する。模様の持つ不思議な力を感じます」と戸出さん。

5月には東京都内で開く個展で新作を展示する。

美術家の野老朝雄さんは四角形が途切れずどこまでも続く市松模様の姿に「つながりと永遠を見た」。

きっかけは2000年の米同時テロだった。

世界の断絶を目にし「言葉で通じ合う限界を痛感した。

ひと目で分かり、簡単に書ける文様には断絶を超える力がある」と没頭した。

三角定規に鉛筆を当てコンパスを回し、試行錯誤の末生まれたのが「組市松模様」。

東京2020オリンピック・パラリンピックの公式エンブレムに採用された。

東京2020オリンピック・パラリンピックの公式エンブレムですが、見れば見るほど良くできています!

複雑に見えるデザインは、実は平面を幾何学的に分割するわかりやすい手法に基づいている。

へんの長さは等しいが角度が違う数種類の菱形で、隙間ができないよう平面を埋めていく。

そのひし形の中に正方形や長方形を描き色を塗れば、形の違う四角形が連なる「組市松紋」が完成する。

真っ直ぐな配列は崩れているが、共通のルールで結びつく全体には、伝統と違う新しい秩序がある。

整然とした破調である。

ひし形の角度を変えれば四角形の形が変わり、平面から曲面、立体へと広がる展開性も備える。

2020年初め、野老さんの監修でJR千駄ヶ谷駅前の東京体育館=東京・渋谷 に「HARMONIZED TOWER」が完成した。

高さ約7mの塔は「組市松紋」を円筒にした作品。

「様々な国や文化が集い一つにつながるように」との思いを、形の違う四角形が絡み合い空に伸びる姿に込めた。

漆芸家の土岐謙次さんとは、球体に応用した作品も作った。

建築デザインを学んだ野老さんには、「モダニズム建築は装飾としての『紋様』を悪として遠ざけた」との思いがある。

「でも、人は本能的に文様を求め、伝統として受け継いできた。時代を超える『強さ』がある」

神奈川県鎌倉市にある創作和菓子店「手毬」の御園井裕子さんも、市松の魅力を発見したひとりだ。

ホオズキよりひと回り大きい練り切りの和菓子にこの文様をあしらった。

ピンク、黄、緑、青を使って色を出し、白と格子で表面を包む。

具体的な手法は企業秘密だが、地球儀に地図を貼るように作り、北極にアクセントの金箔をのせる。

「季節を表現したり、和菓子を出すお茶会や祝いの場に合わせたり。

同じ市松でも色が違えば、雰囲気も変わります。そこが工夫のしどころです」。

作り始めてもう15年になる。

様々な思いを受け止めて変身し新たな顔を見せる柔軟さと奥深さが、今も作り手を刺激する。

 

 

重森三玲庭園美術館の襖絵!


変わらぬ格子!ICHIMATSU!何を感じ読むか!「市松」の呼び名が生まれ、定着したのは江戸時代の中期!!

 

さて、「市松」の由来である。

呼び名が生まれ、定着したのは江戸時代の中期。

その頃庶民がこの幾何学柄に、「死に至る若い男女のかなわぬ男女の恋」を思い重ねていたとは、今ではどれだけの人が想像できるだろう。

280年前、保元年=1741年 の江戸に、今のアイドルのような歌舞伎役者が颯爽と登場した。

佐野川市松という。当たり役は近松門左衛門「心中万年草」で演じた高野山の寺小屋、久米之介。

恋に落ちた娘お梅と手を取り山中さまよう死出の道行きで、市松が身に着けていたのが格子の柄だった。

夜明けが迫る。

女人堂にたどり着いた久米介は刃でお梅を「吽=うん」と刺し、自ら「喉にぐっと突き立て」た。

歌舞伎は江戸庶民最大の娯楽で、人気役者は自分のシンボルとなる役者柄を持つファッションリーダーだった。

「佐野川市松の人気で、それまで『石畳』だった格子柄の呼び名が次第に変わっていった」と、

江戸の服飾意匠に詳しい宮城学院女子大学=仙台市 の大久保尚子教授。

そのさまを「市松染とてはやらせたいしだたみ」=役者真壺飾 と、当時の役者評判記が書き残す。

そして名は体を、変える。

「軟弱な若い衆の姿や男女の恋と結びつき、柄は新たな魅力を獲得した」大久保教授。

微動だにしない「石」を情愛が塗り替えた。

「わが恋は市松染めのいろふかく、くどけどかたい石畳かな」全身市松で

心ここに在らずの女性の姿から当時の気分が伝わってくる。

単純明快なこの模様の歴史は古い。

洋の東西を問わず作例が残り、国内では古墳時代の埴輪の裾模様にも登場する。

途切れない繰り返しに、生命の永続性を見たともいわれる。

時代を経て重ねる思いは変わっても受け止める格子の枠は揺るがない。

そこに何を読み感じるかは、見る側に託される。

戦時色が強まる1939年=昭和14年、京都五山の古刹、東福寺にモダンな装いの市松の庭が姿を見せた。

東福寺に整然と並ぶ敷石は108、奥にゆくとぼかし絵のように消える!

手掛けたのは、のちに力強い石組みの枯山水庭園を各地に残した作庭家、重森美玲である。

本坊着た庭には一辺40cmほどの敷石が規則正しく並び、間を杉苔の緑が埋める。

進むと石は次第にまばらに、ぼかし絵のように消えてゆく。

まだ40代だった気鋭が、初めて日本庭園に取り入れた、意欲作である。

寺の廃材を再利用した敷石を、煩悩の数といわれる108並べた。

東福寺の明石碧州主事は「神羅万象に分別をつけない、自由で奥深い世界がある」と禅の精神を読みとる。

一方、三玲と親交のあった芸術家のイサム・ノグチらは直線と平面の「コンポジション」で

知られる画家モンドリアンを思わせる抽象表現を見出したが、さて。

元は画家を志し抽象的な日本画を描いた三玲は、「パウル・クレーのように、遊び心のある芸術家が好きだった」

と孫で、重森三玲庭園美術館館長の重森三明さんが話す。

作庭家の戯れか、それとも、禅寺に埋め込んだ四角い公案か。

「大いに新しい感覚でやって見た」と、本人は自信満々に書き残すだけだ。

進取の感性は、京都市の吉田山の麓で暮らした三玲の旧居を公開する庭園美術館でも見られる。

茶室にある大胆な市松柄の襖絵は、左側でプラチナ箔と紺の波が首をもたげ、3秒後に崩れた姿を右の銀箔と水色が表す。

曲線で区切った意匠が光の変化まで抽象化し、どこか軽やかな波濤を響かせる。

京都で市松と言えば、桂離宮・松琴亭にあるフスマの紺と白のコントラストが知られる。

ドイツの建築家、ブルーノ・タウトが目を見張った江戸の美意識に、「三玲もヒントを得たようだ」三明さん。

「和モダン」の庭の襖に、いく筋もの市松の系譜が交差する。

見るだけが模様ではない。

狂言師の茂山逸平さんは自他共に認める市松好き。

狂言師の茂山逸平さんの市松グッズ!

「和洋、性別に関係なくマッチする気やすさがあります」と魅力を語る。

話を聞いた日も、靴下とジャケットはさりげなく市松。マスクに名刺とスマートホンと、次々出てきた。

愛用する頑丈な帆布のバックは京都老舗の染物店との特注品で、表に黒とグレーの正方形のポケットが交互に並ぶ。

15年ほど前から使い始め、4代目になる。「とにかく、飽きないんですよ」

黒と緑の新色を得て、市松はまた盛り上がりをみせる。

時代にもまれ愛されゆるぎなき定形が、不滅の魅力を下支えする。     

田辺省二 鈴木健撮影 日経新聞。

 

では次にこれに関連する研究をします。

 

 

これがシルバーにブラックとゴールドのラインがデザインされたモダンな市松模様のお重箱「4寸三段重」です!


市松模様の工芸品! 「日本の伝統 柄」 !市松模様の和風アイテムをピックアップ!

 

[市松模様の工芸品]  

「日本の伝統 柄」   

2020年の東京オリンピック・パラリンピックの新しいエンブレムが市松模様に決まりました。

日本の伝統色である藍色で、粋な日本らしさを描いた、すっきりとしたデザインですね。

江戸中期、歌舞伎役者佐野川市松が、色の違う二色の正方形または長方形を、互い違いに並べた

模様の袴(はかま)を舞台で愛用し、これが庶民にも大流行したのが市松模様の始まりと言われています。

しかし、江戸時代以前でも石畳模様と呼ばれていて、家紋のデザインに使われたり、古くは

古墳時代から使われていた記録もあるそうで、この模様と日本人との歴史はとても古いのだそうです。

日本以外でも世界中で使われているこの模様。英語ではチェッカーと呼ばれ、カーレースのゴールで振られるチェッカーフラグは誰でも一度は見たことがあるはずです。

そんな、歴史があり、今もなお日本人に愛され続けている市松模様の和風アイテムをピックアップしてみました。

 

これが「市松小皿」!

「市松小皿」   

(シェア ウィズ クリハラ ハルミ)  価格:各540円(税込) サイズ:径(約)12cm 市松模様をほどこした花形の小皿。

和にも洋にも使える便利な一枚。取り皿としてはやや小ぶりのサイズですが、使いやすいデザインです。ゆとりの空間 日比谷店。

「4寸三段重 S-LINE」  価格:5,000円(税抜) シルバーにブラックとゴールドのラインがデザインされたモダンな市松模様のお重箱。

これが「4寸三段重 S-LINE」!

洋風の料理を詰めても映えそうなすっきりとした印象です。 黒江屋。

「市松白檀 季節重」  価格:38,000円(税抜)  サイズ:230mm×115mm×178mm   

品質:木製・漆塗  お正月に限らず、おもてなしの席などにも重宝なお重箱。

伝統的な漆塗りの季節重とモダンなデザインの三段重それぞれの用途に合わせて使い分けるといいですね。

黒江屋。

「綿絽 市松」   価格:37,000円(税抜)   

(反物価格) 天保13年(1842年)の創業以来、多くの着物ファンを魅了し続けている竺仙の上質で着心地が良い綿絽の浴衣です。

白と紺の市松模様が見た目にもさわやかで涼しげです。 

株式会社 竺仙。

「手拭 市松」   価格:1,512円(税込) 市松柄の手拭は手元を少しだけ濃い気に見せるアイテム。

これが「手拭 市松」!

男性にも女性にも、気軽にお使いいただけそう。

ちょっとしたプレゼントにもいいですね。 

株式会社 竺仙。

「市松 大皿」   対角35×32cm・高さ:3.5cm   価格:16,200円(税込)   

独特の渋さを持つ緑の織部釉とやや赤みがかった白の志野釉で塗り分けた、職人の手仕事を感じさせる器です。  

たち吉。    

上品倶楽部 より。

 

 

市松模様に感じる「和」とは?


  日本の伝統文様として挙げられる、市松文様!「市松文様」の誕生!市松文様に込められた「縁起」!

 

[日本の伝統文様として挙げられる、市松文様。]  

オリンピックのロゴにも使用され、「和の文様」として用いられていますが、正方形を格子状に

並べられたシンプルな柄ゆえに、西洋でも同じ柄を「チェック柄」と呼び、同じく親しまれています。

西洋化の進んだ今では、日本では「チェック柄」、「市松柄」のどちらにも同じ位の親しみがあります。

同じ柄なのに、なぜ私たちは市松文様に日本らしさを感じるのでしょうか?

市松文様には、シンプルな中にも数々の縁起が込められています。身近な柄である市松文様を、起源からさかのぼって紹介します!

[「市松文様」の誕生]    

古墳時代の埴輪の服にもあしらわれ、古典より用いられてきた柄ではありますが、正方形を

格子状に並べた柄を「市松文様」と呼ぶようになったのは意外にも比較的最近の話です。

1741年、江戸時代に人気を博していた歌舞伎役者の「佐野市松」という人物が、

トレードマークとしてこの文様をあしらった袴を身につけていた事が名前の由来になります。

これより前の時代では、「市松文様」ではなく「石畳」や「霰(あられ)」と呼ばれ、親しまれてきていました。

日本の中でもこの柄に数多くの呼び名がつけられているのは、シンプルな柄なだけに、様々なものに見立てる事ができることからなのかもしれません。

[市松文様に込められた「縁起」]   

御節のように、日本の伝統的なものには必ず「意味」が込められています。

特選平織浴衣ー赤市松にに花々!

もちろん、伝統文様もその例に洩れず、市松文様をあしらった柄には特別な「縁起」が込められています。

市松文様は上下左右にどこまでも途切れることなく繋がっていく柄であることから、 子孫繁栄や事業拡大など縁起の良い文様として扱われているのです。

先に述べたように、2020年の東京オリンピックのエンブレムにも市松紋様が使用されており、 市松紋様の縁起に関わる「意味」が込められています。

エンブレムは、同じ形の四角形が組み合わさる通常の市松紋様と異なり、 三種類の四角形で構成されています。

これにより、「多くの文化や国が関わり広がっていく事による多様性」を表現しているのです。

「チェック柄」も「市松柄」も、見た目は同じでも込められている意味に違いがあります。

そんなところに「和」や「洋」を無意識に感じ取っているのではないでしょうか。

[まとめ]    

いかがだったでしょうか? 

シンプルな中にも長く親しまれてきた伝統柄として継承してきた市松文様。 

古典柄からモダン柄までよく馴染み、男女共に似合います!

親子で仲良く、友達と一緒に、カップル同士で、などなどペアコーデにもいかがでしょうか? 

最後に市松文様をあしらった浴衣をご紹介致しますので、ぜひ見てみてください!    

The Ichi より。

 

 

伝統とモダンが融合した、アートのような二世帯住宅!

伝統とモダンが融合した、アートのような二世帯住宅!自然と共存するライフスタイル!!

 

[伝統とモダンが融合した、アートのような二世帯住宅 「Binh Thanh House」]    

ベトナムのホーチミン市は、ベトナム社会主義共和国最大の経済都市だ。

ここは熱帯気候で、平均気温が28℃とまさに常夏。

1年は雨季と乾季の2つの季節に分かれている。

そんなホーチミン市の中心にあるビン・タン地区に建てられた二世帯住宅「Binh Thanh House」をご紹介したい。

60代のカップルと、その息子夫婦と孫が一人という家族構成のオーナー一家。

彼らが新しい住居の建築依頼をしたのが、ベトナム人と日本人の設計チームだった。

設計チームは、ホーチミンを拠点にベトナム各地の建築を手掛ける

大手建築事務所「Vo Trong Nghia(ボー・トロン・ニア)建築事務所」、そして同様にホーチミンを

拠点に活躍する、日本人建築家の西澤俊理氏と佐貫大輔が率いる「建築事務所Sanuki + Nishizawa」だ。

ビン・タン地区は、騒々しい埃が舞う通り沿いにある、典型的な都市部の開発地区だ。同時に川や緑豊かなサイゴン動物園も近くにある。

このように相反する環境を背景に建築家たちが考えたのが、二つの異なるライフスタイルをうまく

融合させ、新しいスタイルの家を建てるという二世帯住宅にピッタリのテーマだった。

自然光や自然換気に代表するベトナムの伝統的な「自然と共存するライフスタイル」、そして自動で

室温調整するエアコンなどの機械設備を備えた「モダンなライフスタイル」それらを両立させようと設計チームは動き出した。   

できあがった家は、3階建てのそれぞれの階を少しずつずらして建てることで、上手に自然光が入るように工夫されている。

天からそそぐ自然光を生かし、小さな庭を各階に作った。

 

 

省スペースながらスタイリッシュな螺旋階段を採用した。

1階の駐車場の前のポーチから、3階の一家の共有部分であるリビングをつなぐために、省スペースながらスタイリッシュな螺旋階段を採用した。

 

それ以外に1階から6階までをつなぐ階段とエレベーターが内部に設置されている。

2階は老夫妻の居住スペースで、ここに寝室、キッチン、バスルームがある。

4階は日本でいうところの仏壇部屋、寝室、そしてジムがある。

6階は若夫婦一家の居住スペースで、ここには夫妻の寝室、子供部屋、そしてバスルームがある。

6階部分のベランダ部分の天井は市松模様にくり抜かれたコンクリートが採用されており、ベランダにその影が投影されて、とても美しい。

これらの偶数階はプライベートスペースのため窓ガラスで覆われ、空調があり、近代的で快適な空間となっている。

これらの偶数階は、セキュリティーやプライバシー面から、通り沿いの壁面にはベトナムでは非常に

人気の高い幅60cmx高さ40cmのプレキャストコンクリートで造られたパターンブロックが採用されている。

大小に穴が開いたパターンブロックからは外の風が室内に心地よく通り、換気を促しながらも、強い光や雨などを防いでいる。

大小に穴が開いたパターンブロックからは外の風が室内に心地よく通り、換気を促しながらも、強い光や雨などを防いでいる!

反対に、従来の太陽光や自然の風や緑や水などのを楽しめるのは、2家族の

共有部分である3階のリビングと5階のキッチンダイニングエリアだ。

これらの奇数階は、室内から遮るものがなく、外部を眺められる開放的なオープンスペースになる。

大きなスライド窓を開けることで、外気が部屋全体に行き渡り、心地よさそうに風にそよぐ庭の緑を眺めながら一家団欒ができる。

各階の天井には印象の異なる曲線のデザインが施されたので、それぞれの階に個性が生まれ、独特な雰囲気が生まれた。

ホーチミン市の一般的な家屋から比べると非常にモダンなデザインだが、使用されたすべての

建築学的アイデアはベトナムの伝統に裏打ちされたライフスタイルや知恵を駆使したものだ。

この家によってベトナムの伝統と最新のテクノロジーがお互いを打ち消すことなく、共存の可能性が広がったのではないだろうか。  

2016.01.19 石井敦子世界の小さな住まい方   

石井敦子    

世界の小さな住まい方ライター担当。1970年東京生まれ、鎌倉育ち。

幼少から未知の世界を求めて三輪車で近所を徘徊。米国への留学をきっかけに徘徊の規模が世界へと広がる。

好奇心旺盛で、異文化への興味は特に強い。

お呼びがかかれば、インドの結婚式にも馳せ参じるフットワークの軽さと、虫以外はなんでも食べる食欲がウリ。

異国の住民目線の生活を好むため、旅の手段も現地人の家に転がり込む居候型。

世界中で家族を増やす計画を実行中。

鎌倉在住。

好きな言葉「Nothing is useless(人生に無駄な経験なし)」

YADOKARI より。

 

 

これは和菓子『手毬』です!最早これはアートです!


私もこの市松模様は好きだし、建築デザインでもよく使ってきました!市松模様はアートでもあり伝統でもあります!

 

今日のまとめ。

日本では「市松」と呼ばれる格子柄を、人々は様々な思いで眺めてきた。

2色の四角形が規則正しく繰り返すだけなのに、男女の恋心を読み込んだり、抽象画のリズムを感じたりしたこともある。

行儀の良い直線を少し崩してやれば模様が突然動き出し、新しい表現を刺激した。

シンプルゆえに多様な表情があり、伝統とモダンが共存する。時代を経て色あせない魅力がそこにある。

市松模様の工芸品! 

「日本の伝統 柄」 !

市松模様の和風アイテムをピックアップ!  

日本の伝統文様として挙げられる、市松文様!

「市松文様」の誕生!市松文様に込められた「縁起」! 

伝統とモダンが融合した、アートのような二世帯住宅!

自然と共存するライフスタイル!

今日は市松紋様について研究してきましたが、この柄は日本の伝統美であり、シンプルゆえに多様な表情があり、伝統とモダンが共存する!

私もこの市松模様は好きだし、建築デザインでもよく使ってきました!

市松模様はアートでもあり伝統でもあります!

それに惹かれるのは、自然な形ではないでしょうか!

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私はかなり高齢な建築家です。出身は伊豆の湯ヶ島で多くの自然に触れて育ちました。少年時代の思い出も記事になっています。趣味が多くカテゴリーは多義に渡ります。今は鮎の友釣りにハマっています。自然が好きで自然の中に居るのが、見るのが好きです。ですので樹木は特に好きで、樹木の話が多く出てきます。 電子書籍作りも勉強して、何とか発売できるまでになりました。残り少ない人生をどう生きるかが、大事です。