好きな街・馬車道!佇まいに惹かれる何かがある!名前か・宵に訪れる賑わいか!

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これは馬車道のシンボル!日本写真の開祖・下岡蓮杖の碑!


好きな街・馬車道!佇まいに惹かれる何かがある!名前か・宵に訪れる賑わいか!

 

今日は宵に訪れた時、ふと懐かしさというか賑わいというか心に響く街に、惹かれる自分がいてその街が好きだと思った。そんな街を紹介してみたくなりました。

先日建築士の講習会が横浜の日本大通りであり、その帰りに旧来の友人と訪れたのが馬車道のお店でした。

その時改めて街の喧騒というか佇まいに、私の街の好きな姿を見た思いがして、この街が好きだと思ったのでした。

馬車道はまず名前の響きが何とも言えない良さが伝わってくるのが「馬車道」だ!

馬車道とは古さの中に何かを連想させる「何か」—–訴える響があるからだろう!

先日の紹介で、友人と入ったのは「木曽路・馬車道店」そこで、シャブシャブの鍋料理にチリの赤ワインで乾杯した記憶が蘇る。

この界隈を散策してみて「馬車道の佇まいの良さ」に改めて惹かれたのです。

馬車道の佇まいには、人を惹きつける何かが潜んでいる——それが馬車道。

その何かとはなんだろーか?

それは「馬車道の界隈の良さや佇まいのもつ魅力」ではないでしょうか!

そこで「馬車道」を調べてみると—–。

馬車道は、神奈川県横浜市中区にある地域名および道路名である。

レトロな魅力が凝縮された馬車道!!

横浜における馬車道の名称は、地元市民に定着した伝統的な通称としての地域名称であり、商店街の名称であるが、行政上の正式な町名ではない。

そのため、インターネット地図では、横浜高速鉄道みなとみらい線の馬車道駅周辺のみが表示される場合がある。 ウィキペディア

関内は横浜のビジネスの中心であると共にグルメなスポットもたくさん。

横浜の老舗から最新のお店まで和洋中多彩なお店が楽しめるエリアです。

横浜の老舗から最新のお店まで和洋中多彩なお店が楽しめるエリアです。

特に、馬車道周辺にはお店が多くあり、海外からの観光客にも人気のストリートです。

さぁて、今宵はどうするか?

寒い季節の良いところは、飲みたい気分になるタイミングとほとんど変わらない頃に陽が陰ってくるということ。

無論、他にも色々と良いところあるだろうが、飲むことに対する罪悪感を軽減させるためか、飲兵衛は何かと飲むことに理由を付けたくなる。

よし!今宵も一人で繰り出すか…

そんなやり取りがココロの中で繰り広げられ、気が付くと関内の入口と呼ぶたこ焼き屋の交差点に近づいていた。

関内大通りと常盤町通りが交差する場所。

それぞれの車道の信号とは別に、関内大通りを渡る歩行者信号と常盤町通りを渡るソレが一斉に青になる。

関内駅に向かい伊勢崎辺りで飲むのも良いが、今宵は馬車道側に渡り関内の内側から攻めていく。

馬車道の由来—–

当時の人々はその光景に驚き、「異人馬車」という呼び方をしてその姿を珍しがったと言う。

そして、馬車が通る道という事で、その通りを、文字通り「馬車道」と呼ぶようになったのである。

これが馬車道の名前の由来である。道路脇には、当時の交通手段であった馬や牛のための給水場として、牛馬飲水槽が設けられていた。

ここで馬や牛は水を飲み、休憩を取った訳である。

現在の馬車道は、ガス灯型の街路灯や昔風の電話ボックス・ベンチ、またレンガ敷きの歩道等、レトロな雰囲気を持ち、横浜の名物通りの1つとなっている。

 

 

ガス灯が造る馬車道のレトロな魅力!!


名前の良さでは・馬車道!名前が語る街の佇まい!レトロな雰囲気の魅力!!

 

現在の馬車道は、レトロな雰囲気に包まれて魅力を発散している、それが馬車道!名前が語る町の佇まい「馬車道」—–名前は真の姿を語るのです。

馬車道は流行の最先端

関門内では馬車道を経て、本町通り、弁天通りなどの海岸線に沿った短冊 状の街区が徐々に整備されていきました。

本町を中心として北仲通、南仲 通には会社や銀行が集中していましたが、

もう1本となりの弁天通りには 陶器、漆器などの日本製品を外国人向けに売る店が多く、洋服やワイシャ ツなどの舶来高級品を売る店も多く並びました。

当時の横浜は東京よりも 流行を先取りしていて東京からはお金を持った人達が買物 に来るので、うなぎや肉料理など高価な料理屋も繁盛していたそうです。

このようなファッションが似合う街!!これは馬車道まつりに繰り出した二人!

現在の馬車道は道路の名前でもあり、また商店街の名称でもあるのです。

馬車道には、横浜の【日本初】がたくさん!

明治初年には横浜から東京行きの日本初の乗合馬車がこのあ たりから出ていたようです。

2頭立て6人乗りで東京まで約 4時間ほどかかりました。

乗合馬車は2頭立て6人乗りで東京まで約 4時間ほどかかりました。

 

開港場に直結していた馬車道は外国文化と接する玄関口で、横浜には「日 本初」といわれるものが数多くあります。

アイスクリーム

町田房蔵が、馬車道の氷水屋で「アイスクリン」と いう名前で販売したのが日本初とされています。

当 時はとても高価で日本の人々には手が出なかったよ うですが・・・。

日本アイスクリーム協会が毎年5 月9日を「アイスクリームの日」として、馬車道商 店街が街を訪れた人達に馬車道あいすを配っていま す。

近代街路樹

1867年(慶応3年)に馬車道の各商店が、通りに 沿って柳や松を植えたことが近代街路樹の先駆けとさ れているようです。

横浜市制90周年並びに開港12 0周年記念にあわせて中区尾上町5丁目に「近代街路 樹発祥の地」の碑が建てられました。

ガス灯

明治3年に高島嘉右衛門が中区花咲町にガス会社を設立。

明 治5年に神奈川県庁付近と大江橋から、馬車道、本町通りま でのおよそ600メートルの街路に、ガス街灯十数基を点灯 しました。

これを記念して1986年(昭和61年)9月に 馬車道商店街協同組合が中区住吉町に「日本で最初のガス灯 の碑」を建てました。

 

 

馬車道のロゴ、デザインが素晴らしい!


歴史が語る馬車道?5月9日がアイスクリームの日?!600mのガス灯!日本初のガス灯の碑!

 

日本の写真の草分け的な存在と言えば、坂本龍馬などの写真を撮ったことで有名な長崎の上野彦馬が真っ先に思い浮かびますが、

関東にも下田出身の下岡蓮杖という写真家がいました。

横浜にはあちこちに発祥の地の類の記念碑があちこちにあります。これもその一つ。

写真好きの私ですが下岡蓮杖の名前は聞いたことがありましたが、馬車道のこの地との関連は碑の説明書きを読んではじめて知りました。

横浜関内の馬車道沿い、神奈川県立歴史博物館のそばにあります。

なんとも不思議な形をしたオブジェで、なんだろうと思って近づいたところこちらの史跡でした。

こちらのオブジェの形はテントのような形のてっぺんにカメラが乗っています。

最初はカメラ・オブスクラかな?とも思いましたが、それともちょっと違うような。

幕末の1862年にこの地に下岡蓮杖が日本初の写真館を立てたのが、日本の写真館の始まりだそうです。

思っていたよりも写真館が開かれたのが昔で驚きました。

話がだいぶそれましたが、元に戻して馬車道を検索してみましょう。

馬車道といえば「ガス灯」で日本初のガス灯の碑が建てられています。

馬車道といえば「ガス灯」で日本初のガス灯の碑が建てられた!

これが今のノスタルジックな馬車道につながっているのではないでしょうか!

馬車道にガス灯なくてなならない光景ですが、歴史がそれを作ったのでした!

ガス灯と同時に馬車道に街路樹が重要で「近代街路 樹発祥の地」の碑が建てられ先駆けとなっています。

明治の初めには日本初の乗合馬車が行き交い、2頭立て6人乗りで東京まで約 4時間ほどかかりました。

これでしょう決定的な馬車道に繋がっている歴史発見がこの乗合馬車!

馬車道のキーワードはガス灯、近代街路、乗合馬車。

馬車道を作り上げていたのはこれらがあったからこそ「馬車道」になったのです!

これらを考えてみてますます馬車道が好きになりました!

また訪れてみます!!

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ABOUTこの記事をかいた人

私はかなり高齢な建築家です。出身は伊豆の湯ヶ島で多くの自然に触れて育ちました。少年時代の思い出も記事になっています。趣味が多くカテゴリーは多義に渡ります。今は鮎の友釣りにハマっています。自然が好きで自然の中に居るのが、見るのが好きです。ですので樹木は特に好きで、樹木の話が多く出てきます。 電子書籍作りも勉強して、何とか発売できるまでになりました。残り少ない人生をどう生きるかが、大事です。