フレンチ名店の豊かな「終活」!料理人として円熟期を迎えていた藤野賢治さん!!

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フレンチ名店の豊かな「終活」!料理人として円熟期を迎えていた藤野賢治さん!

フレンチ名店の豊かな「終活」!料理人として円熟期を迎えていた藤野賢治さん!!

 

1984年、30代で東京の代々木上原にフランス料理の小さな名店「カストール」を開業し、2005年50代で京橋に移転して規模を拡大。

多数のスタッフを抱え、料理人として円熟期を迎えていた藤野賢治さん 68 に転機をもたらしたのは東日本大震災だった。

「2ヶ月間は予約が全てキャンセル。その後も客足は戻らない。

体力があるうちに店をきれいに閉じて次の人生につなげようと考えました」。

人、物件、お金。店を閉めるのにすべきことは無数にある。

「開くときの5倍のエネルギーを使って」15年1月に閉点し、規模は縮小しながら豊かな仕事の形を模索。

3月、「カストール&ラボラトリー」を青山のマンションの一室で立ちあげる。

運営するのは藤野さんと妻で料理家の嘉子さん、次女でパティシエの貴子さんの3人各自が専門分野の教室を開く一方、「

味噌の会」や「手作りベーコンの会」といったイベントを全員で取り組む。

予約が入れば定員6人でレストラン営業もするといったユニークナ形態だ。

藤野さんの料理人への歩みは、徹底的な食べ歩きから始まる。

1970年代はじめ、福岡で法律家をめざしていた大学一年生のとき、九州で最高峰と言われたレストラン

「花の木」で食事をし、辻静雄の著作に出会ったことでフランス料理に熱中する。

遠征した東京で、のちに日本を大表するシェフとなる井上昇さんと運名的な出会いをした。

フランス修行から帰って間もない井上さんは、本で読みいつか食べたいと

夢見ていた料理を学割値段で出してくれ、その味と人物に感激した。

再び花の木に通っていたある日「料理が変わった」と思ったら、なんと井上さんがシェフに就任していた。

以来、漁業や港湾労働のアルバイトで稼いでは週に最低1回、とくにテーマを定めた料理は何十回と繰り返し食べ続けた。

卒業後に作る側になることを決意したとき、反対する父を説得し働き口を世話してくれたのも井上さんだった。

修行を始めた六本木「レジャンス」は、シェフから中堅まで全員がフランス人。

おかげで旧式の徒弟制は経験せず、合理的に全セクションの仕事を覚え、専任のパティシエの元で

菓子作りを見につけたことで、後年デザートの名手になり、テークアウト販売のケーキには熱心なファンがついた。

次に「ビストロ・ロテュース」では副シェフをつとめたが、過労で腎増を痛め退職した。

レストランでの重労働は難しく、80年から約3年、フリーランスのシェフとして「non・no=ノンノ」などの雑誌で活躍した。

朝食と昼食を兼ねた休日メニュー「サンデーブランチ」の提案も、藤野さんのアイデアだ。

 

 

このガトーショコラは、藤野さんがレストランのデザートとして考案したもの!


「雑誌の料理ページが一番創造的だった時代に関われたことは、この上もなく幸運」な体験となり、その頃考えたレシピは今も定番として残っている。

 

代表がガトー・ショコラ・クラシック。

雑誌の仕事と並行し、午前中にデザートを作るだけの好条件で雇ってくれた井上さんの店「ドゥ・ロアンヌ」のために開発した。

ふあふあしたスポンジを生クリームで飾り立てたケーキが全盛時代に、生地自体が濃厚でシンプルな

見た目のチョコレートケーキは他になく、雑誌でもヒットした。

今ではほとんどの洋菓子店にあり、家庭でも作られるほど普及した。

料理人としては、流行に左右されず食べる人がほっとするような温かい味を心がけた藤野さんだが、パイオニアの役割も果たした

84年のカストール開業と同時に料理教室を開始。家庭的なフランス料理をシェフから直接教わる教室は、当時珍しかった。

他にもフランス料理として初めておせち料理を出すなど、当時行った新しい試みが現在にもつながっている。

特筆すべきは、スタッフを弟子ではなく共に学び合うパートナーと位置付けたことだ。

自分で考える力を重じて育て、社会保険も完備した。

弟子は師匠に絶対服従で、体罰も多く、早朝から深夜までの

長時間労働、無年金・無保険が当たり前だった中小のレストランの中にあって、画期的だった。

取材に伺った日は、味噌作り教室に使う大豆の大きな袋が床に置かれていた。

「本業で勝負しないと同業にはよく言われた」と照れるが、

「ちゃんと作って食べることを継承することは大事だ」と言う信念がある。

「今年は仕事は1日に1つだけと決めた。うまくダウンサイジングできたから、今後はフェードアウト道を

探らなきゃ」と笑う藤野さんだが、コロナ被害が長く続くだろう料理業界の役に立つと現在、新しい分野を猛勉強している。

苦しんでいる料理人を少しでも助けるのが次の目標だ。  

食文化研究科 畑中三応子 遠藤宏撮影 日経新聞。

 

では藤野賢治さんに関連する記事を掲載します。

 

場所は下北沢と東北沢の中間で、シックな店構え!


藤野賢治さんと料理研究家・藤野嘉子さんご夫婦は、仕事で疲れた日などに手軽に味わえる夕食として「お手軽居酒屋メニュー」や「駅弁」にすることもあるそう!!

 

[シェフと料理家夫婦が「忙しい日の夕食は駅弁」。旅&外食気分を手軽に味わう工夫とは]     

コロナ下で、旅行も外食もまだなんとなく不安、という人も多いのでは?

プロのフレンチシェフ・藤野賢治さんと料理研究家・藤野嘉子さんご夫婦は、仕事で疲れた日などに

手軽に味わえる夕食として「お手軽居酒屋メニュー」や「駅弁」にすることもあるそう。

藤野嘉子さんの新刊『60過ぎたらコンパクトに暮らす』では、著者が忙しい日に手軽に食べられる夕ご飯を紹介しています。

藤野さんに、今、自宅で外食気分、旅気分を楽しむコツを伺いました。

[軽めの夕食なら居酒屋メニューで]    

レストランをやっていた夫は、昼も夜も店で食べていました。

休日は、研究の意味もあって外に食べに行くことが多く、夫が私の手料理を食べるようになったのは、わりと最近のことです。

最初は緊張しました。どういう料理が好きなのかもよくわからなくて、何を作ればいいのかと戸惑ったのです。

勘違いもありました。レストランでは仕事がハードな分、賄いも肉料理などカロリーが高めの

料理が多かったので、餃子も、さっぱりした水餃子より油を使う焼き餃子が好きだと思っていたのです。

ところが、レストランの賄いでは匂いの強いものは作らないから、焼き餃子はあまり

食べなかったらしく、水餃子のほうが好きだと最近、知りました。

「早く言ってくれればよかったのに」と笑ったのですが、今もまだ、夫の好みを完全には

把握し切れていなくて、「それは食べたくない」ときっぱり言われることもあります。

体調にもよりますし、好みは人それぞれですから、長く一緒に暮らした夫婦でも合わせるのは難しい。

食べる量は以前より少し減っています。

1日3食をきちんと食べるというよりは1日2.5食くらい。

2食はきちんと食べて、1食はおかずだけ、を半分くらいでちょうどよくなりました。

昼にしっかり食べたから、夜は軽めでいいというとき、夫がよろこぶのが「居酒屋メニュー」です。

用意するのは、酒のつまみのような小さくて簡単に出せるメニュー。

夫はお酒をまったく飲まないのですが、いろいろと食べられるのがいいみたいです。

私が疲れているときでも楽に作ることができます。

調理時間が少ないもの、ほとんどないもの、たとえば、板わさや、夫が好きな缶詰のさんまの蒲焼、

にらたま、きゅうりの甘酢漬けなどを小さな器に盛り付けてテーブルに並べます。夏はところてんもいいですね。

板わさに使うわさびは、安いときに1本買って冷凍しておくと、取り出してそのまま下ろせますから便利です。

すべて買ってきたものではなく、1、2品だけサッと作れるものも並べると栄養のバランスもよく、味の偏りも防げます。

にらたまは、栄養のバランスがよく、手軽なのでわが家ではよく登場します。

「にらたまの作り方」

1 にら1把を4㎝ 長さに切り、卵2個は溶きほぐす。

2 フライパンにサラダ油大さじ1を入れて、にらをサッと炒める。軽く塩・こしょうをする。

3 しんなりしてきたら、卵を回しかけフライパンをゆすり半熟にする。皿に盛り、好みで中濃ソースをかける。

無理のない範囲で作ることができる、わが家の満足ごはんです。    mi-mollet より。

 

 

フレンチの大御所が絶賛する赤身牛ステーキ!

フレンチの大御所が絶賛する赤身牛ステーキ!自分の店で働く若者たちをパートナーと位置づけ!!

 

[フレンチの大御所が絶賛する赤身牛ステーキ]    

卓越した技術・味覚・知識を持つ料理界のトップランナーが、行きつけの飲食店を明かす当連載。

今回は青山のフレンチレストラン「CASTOR & LABORATORY」の

オーナーシェフ藤野賢治さんが通うフレンチビストロ「ディアログ」を紹介します。

「今回の大御所シェフ」    藤野賢治さん

1952年福岡市生まれ。

10代で読んだ辻静雄の著作でフランス料理の魅力に目覚め、大学時代は漁師や建設現場などのバイトでお金をためては徹底的に食べ歩いた。

卒業後、日本を代表する名店だった六本木「レジャンス」で修業をスタート。

フリーランスのシェフとして女性雑誌の料理ページで活躍後、84年オーナーシェフとして代々木上原に「カストール」を開店。

2005年に京橋、15年には南青山に移転し、妻の料理研究家・藤野嘉子さん、次女でパティシエの貴子さんと共同で、

完全予約制のレストラン&料理教室「CASTOR & LABORATORY」を運営している。

[【大御所シェフが通う店】ディアログ(下北沢)]    

ひと昔前の料理界は、完全な徒弟制だった。

弟子は師匠に絶対服従、早朝から深夜までの長時間労働が常態で、どなったり、手を出したりするのも当たり前だった。

フレンチも例外ではなく、鍋やフライパンが飛んでくることで有名なレストランがあったほどだ。

一人前の職人になるためには理不尽が容認され、ときには美化されもした。

そんな時代、藤野さんは自分の店で働く若者たちを「理想を共有してともに学んでいくパートナー」と位置づけ、

封建的なやり方を廃した合理的なシステムで育て、福利厚生を充実させた先駆的なシェフだった。

いまカストール出身者は各地で活躍している。「ディアログ」のオーナーシェフ、好井祐輔さんもそのひとりだ。

下北沢駅から徒歩7分、静かな住宅街に建つ隠れ家的なフレンチビストロである。

パリでビストロのシンボルとして愛される編み込み椅子が目印

カジュアルだがセンスの光るインテリア

カジュアルだがセンスの光るインテリア!

しゃれた店構えからして、値段もそれなりと思いきや、前菜は1000円以下が多く、

鴨とフォアグラのパイ包み焼き」という豪華なメインディッシュが、なんと2200円で食べられる。

材料と手間のかかる料理をこの値段で出すには、よほどの工夫と腕が必要だ。

黒板メニューを眺めているだけで、店の実力が伝わってくる。

好井さんがカストールで働いていたのは、技術力、気力ともに、藤野さんが

料理人として脂がのった時期を謳歌(おうか)していた40代から50代の頃だった。

藤野さんは、好井さんの料理を食べると、その当時の自分の「におい」を感じて、古巣へ戻ったように、心からほっとするのだそうだ。

[大御所・藤野シェフが毎回食べる絶品ステーキ]    

いまの藤野さんにとって、月に一度はディアログに行き、ゆっくり食事するのが、元気のみなもと。

必ずといってよいほど食べるのが、「牛赤身サガリ肉のステーキフリット」だ。

2200円と3200円の2種類あるお昼のコースで、客の半数が注文する人気メニューでもある。

一品料理として頼む場合は、250グラムが1900円、500グラムが3500円。立ち食いステーキなみのお値段だ。

ステーキに香り高いディジョンマスタードをたっぷり塗って食べるのがフランス式

「US産の赤身牛は肉のうまさでは世界一」と藤野さん

サガリ肉というのは、横隔膜の下側の三角形の厚い部分。焼き肉ではハラミに分類され、フランス名は「バベット」だ。

250グラムのステーキを2000円で提供することを目標値に設定した好井さんが、その価格帯でベストの品質として選んだUS赤身牛を使う。

あまり知られていない事実だが、フライドポテトを添えた牛肉のステーキ「ステーキフリット」は、フランス人の国民食である。

なかでも、バベットのステーキフリットは、ビストロに欠かすことのできない大定番だ。

藤野さんは、いつもフライドポテトは大盛り。

好井さんはジャガイモの品質にもこだわって、フランス産を使っている。味の濃さと後味の長さが、ぜんぜん違うそうだ。

マスタードを塗って、ひとくち食べた藤野さんは、ひとこと「おいしい!」。

いつでもハッピーな表情が、ますます幸せそうになった。

「和牛のハラミは、脂がしつこい。これは赤身だからかみしめるごとに深い味がじわじわとにじみ出てくる。

さっぱりしているからたくさん食べられて、庶民的な値段もうれしいよね」

しかも、3段階の火入れで肉のうまみを引き出しているから、ただ焼くアメリカ式ステーキとはひと味違うおいしさだ。

[圧倒的な支持を得るブルーチーズの一品]    

前菜のなかでも、オープン当初から客の圧倒的な支持を得て、メニューから

絶対にはずせないというのが「ブルーチーズのブランマンジェと帆立のサラダ」。

これが「ブルーチーズのブランマンジェと帆立のサラダ」!

牛乳プリン風のデザート菓子、ブランマンジェをアレンジしたもので、

空気の含有量が多く、舌にのせると軽くほどける食感が心地よい。

ブルーチーズ(ゴルゴンゾーラを使用)の風味もしっかり残る。

「冷たいブランマンジェと、熱々で香ばしい帆立を合わせたところといい、蜂蜜と黒こしょうと

クルミをアクセントに使ったところといい、実にバランスがとれたひと皿」と、藤野さんも絶賛だ。

たしかに、ブルーチーズというひとくせある材料を使っていながら、だれもが食べやすい普遍的な味わいがある。

初回に訪れたときは、前菜はこれで、メインはステーキフリットが、間違いなしの組み合わせだ。

[目からうろこの「オニオングラタンスープ」]  

 

 

 

 


これが玉ねぎの美味しさを凝縮した「オニオングラタンスープ」!

「これだけちゃんと作っている店は、めったにない」と、藤野さんが太鼓判を押すのが、「オニオングラタンスープ」。

 

春が来たらメニューから消える季節限定料理だ。

缶詰やインスタント食品でも人気のスープだから、味はわかっていると

思われるかもしれないが、目からうろこがポトリと落ちるだろう。

玉ねぎの甘みとコクが全然違うのである。

このスープ作りの秘訣(ひけつ)は、ひとえに玉ねぎの薄切りを焦がさずに、

濃いあめ色になるまで徹底的に炒めることにある。

好井さんは、最低でも2時間、ときには1日かけて、ていねいにゆっくりと、

最後はみそ玉のような状態になるまで炒め、自家製の鶏ブイヨンで伸ばす。

最後にバゲットと、グリュイエールチーズをのせ、オーブンで焼き上げて完成。

舌が焼けるような熱々をフーフーいいながら食べると、身も心も満たされる。

ボリュームがあるから、冷たい前菜1品と、オニオングラタンスープで済ますのも粋な食べ方だ。

[極上のシンプル クレームブリュレ&ガトー・ショコラ]

    スプーンを入れるとパリとわれる、クレームブリュレ!

その場合でも、絶対にはずせないのがデザートだ。

実は藤野さんは焼き菓子作りも大の得意で、以前のカストールにはテイクアウトコーナーがあったほど。

その技は好井さんに受け継がれ、素朴だが、本当においしいデザートが用意されている。

「ピスタチオのクレームブリュレ」はその典型で、見た目は素っ気ないほどシンプル。

しかし2種類のピスタチオペーストを混合して、まろやかなナッツの味わいと、

すっと鼻に抜ける香気を、卵と生クリームたっぷりの生地に溶け込ませている。

濃厚だが、すっきり。これも、めったにないクレームブリュレだ。

「ガトー・ショコラ」があるときは、ぜひお試しを。

いまではコンビニアイテムにもなっているが、80年代初頭にレシピを開発して

世に広めた藤野さん直伝の、元祖ガトー・ショコラの味が体験できる。

「ディアログ」とは、対話という意味。おいしい料理が楽しい対話を呼び、

誰かと誰かがもっと親しくなれるような店を目指して、名づけられた。

「トレンドを追いかける移り気なフーディーズではなく、

地元の人に求められる店でありたいと思っています」

好井さんの地に足がついた考え方の根っこには、

「半径500メートルのお客さまを大事にする」という、藤野さんの教えがある。

こんな店が近所にある人は、幸せだ。

[店舗情報]    

ディアログ       

東京都世田谷区北沢3-23-21-1F      

小田急線・京王井の頭線「下北沢」駅より徒歩7分、

小田急線「東北沢」駅より徒歩5分、京王井の頭線「池ノ上」駅より徒歩9分

03-6804-8820     朝日新聞  DIGITAL より。

 

 

ステーキに香り高いディジョンマスタードたっぷり塗って食べるのがフランス式!


定番料理の「鰯のソテー プロバンス風」と「オニオングラタンスープ」!!

 

今日のまとめ。

今日はフレンチの名店の豊かな「終活」を記述してきました。

厳しい修行を乗り越えてお店を持った藤野賢治さんの名店には多くの客が集まっていいます。

それは美味しい料理が食べられるからです!お店は「カストール&ラボラトリー」です! 

一番人気の料理は洋菓子店にある「ガトー・ショコラ・クラシック」これは藤野さんが

1981年にレストランのデザートとして考案したのが始まりだそうです!

藤野さんは、妻で料理研究家の嘉子さんと、次女でパテシエの貴子さんとキッチンでは普段は各々が自分の仕事としています。

今もレストラン営業時に客からのリクエストが多い定番料理の「鰯のソテー プロバンス風」と「オニオングラタンスープ」だそうです!

一度食べにゆきたいものです!

今は、コロナ被害が続く中、料理業界の役に立とうと現在、新しい分野をもう勉強中だそうです!

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ABOUTこの記事をかいた人

私はかなり高齢な建築家です。出身は伊豆の湯ヶ島で多くの自然に触れて育ちました。少年時代の思い出も記事になっています。趣味が多くカテゴリーは多義に渡ります。今は鮎の友釣りにハマっています。自然が好きで自然の中に居るのが、見るのが好きです。ですので樹木は特に好きで、樹木の話が多く出てきます。 電子書籍作りも勉強して、何とか発売できるまでになりました。残り少ない人生をどう生きるかが、大事です。