パゴダの森・ミャンマー!カックー遺跡!仏塔2478基!12世紀バガン王朝時代!

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狭い場所にばゴタと呼ばれる仏塔2478基が立ち並び、圧巻の景色!!


パゴダの森・ミャンマー!仏教群「カックー遺跡」!仏塔2478基!12世紀バガン王朝時代!

 

ミャンマー北東部シャン州の州都タウンジーから南に約50km、少数民族。

パオ族が暮らす特別地区にある仏教群「カックー遺跡」。

狭い場所にばゴタと呼ばれる仏塔2478基が立ち並び、圧巻の景色が広がる。

その歴史は古く、12世紀バガン王朝時代の王がこの地に住む人々に対して「各家庭から1基ずつ仏塔を寄進するように」と命じたのが始まりとされる。

2000年には外国人旅行者に解放された。 

行き方ー成田空港ーミャンマー・ヘホ空港 シンガポール、ヤンゴン経由で約15時間半。ー車で約2時間半。      

日経新聞 NATIONAL GEOGRAPHIC 記事より紹介しました。

 

そこでカックー遺跡について詳しく調べました。

「カックー遺跡」があるのは、ミャンマーの人気観光地のひとつで、シャン州最大の見どころとなるインレー湖周辺のエリアです。

インレー湖から山を越えて約2時間のところにある幻の遺跡として注目されています。

 

 

まるで仏塔の森に迷い込んだよう!


まるで仏塔の森に迷い込んだよう!パオ族が管轄!ベルの音色を聞きながら異世界散歩!!

 

[まるで仏塔の森に迷い込んだよう!ミャンマー「カックー遺跡」] 

写真だけでも圧倒される仏塔の数!実際に訪れたらその光景に目を奪われること間違いありません。

その仏塔の数、なんと2478塔。静かに並ぶ仏塔の合間を歩いていると聞こえてくるのはベルの音色。

まるで別の世界に迷い込んだかのような感覚に陥ります。

ミャンマーにある多くの仏塔の中でも印象的なカックー遺跡、また仏塔?

と思って見逃したら後悔するかも?   

[パオ族が管轄するカックー遺跡] 

まずはカックーパゴダの様子を動画でご紹介します。

足を踏み入れると仏塔に囲まれ、鐘の音が鳴り響き、異世界に迷い込んだかのような気分になります。

“パオ族が管轄するカックー遺跡”カックー遺跡はインレー湖観光の際に多くの観光客が宿泊する

ニャウンシェ(Nyaungshwe)の街から70km程度南東に離れた場所にあります。

タクシーをチャーターして訪れるのが一般的。

インレー湖からの場合、所要時間は1時間半~2時間程度です。途中、

カックー遺跡やインレー湖が属するシャン州の最大の都市タウンジー(Taunggyi)を通り過ぎます。

ガイドが必要な場合はこのタウンジーの街から同行してもらうことが可能です。

タウンジーからカックー遺跡まではパオ族が暮らすいくつかの村を通り過ぎます。

パオ族の暮らしを垣間見ることができるので、移動中も退屈しません。

[カックー遺跡の歴史] 

最初にカックー遺跡がつくられたのはなんと紀元前3世紀のこと。

インドによってつくられました。

そのため、インドのレリーフも目にすることができます。

2つの大きな仏塔のうち1つは12世紀に建てられました。その他の小さな仏塔は主に16~18世紀に建てられ、徐々に数が増えていきました。

仏塔の数は2478個あります。

これ以上増やすことも減らすこともしないとされているため、

現在では寄付をしてもカックー遺跡内に新しく遺跡を立てることはできません。

“カックー遺跡の歴史” 1975年の地震によりミャンマーの各地では大きな被害が出ました。

カックー遺跡も例外ではなく、ほとんどの仏塔が壊れてしまいます。

それもそのはずでもともとの仏塔はレンガでつくられており、容易に崩れてしまうものでした。

崩壊を免れた仏塔もいくつかあり、最初に建てられた仏塔の入り口近くで目にすることが出来ます。

現在見ることのできる仏塔は修復されたもので、もともとのレンガ作りではなく、周りが固められ丈夫に作られています。

さらに2016年4月の台風でも大きな被害が出てしまいます。

仏塔の上の金の飾りがなくなっていたり、曲がってしまったりしているものが台風の被害によるものです。

徐々に修復が進められていますが、全ての修復が完了するには時間がかかるようです。

そのように自然災害に遭い、何度も修復が施されているため、当時のままを見ることができない点は少し残念ではあります。

しかし、圧倒的な数の仏塔が並ぶその姿は一見の価値があります。

圧倒的な数の仏塔が並ぶその姿は一見の価値があります。

[カックーはもともとワックーだった] 

カックーというのは境を意味します。

カックー遺跡の近くを流れている川がシャン族とパオ族の州境であったことからこの名が付けられました。

“カックーはもともとワックーだった”カックーという名前が付けられる前まで、

この地域はもともとワックーという名前でした。

「豚(イノシシ)に助けられた」という意味で、

シャン族の農民が探し求めていた仏像を豚が見つけたという言い伝えに基づいています。

カックー遺跡の中には金色の豚が祀られており、豚は神聖なものとされています。

[ベルの音色を聞きながら異世界散歩] 

風が吹くと仏塔の上部の金の飾りのベルがシャラシャラとキレイな音色を奏でます。

その音色を聞きながら仏塔と仏塔の間を歩いているとまるで別世界に迷い込んだような感覚に陥ります。

“ベルの音色を聞きながら異世界散歩” ただし、日差しが強い日には日傘をさす、

水分を十分にとるなどして熱中症に気を付けてください。

入口を入って右側にある写真スポットでの撮影もお忘れなく。

水面に反射する仏塔もまたとてもキレイ!

あなたの旅行でのベストショットが撮れちゃうかも?

[ミャンマー観光では欠かせない仏塔] 

ヤンゴンにある最も重要なシュエダゴンパゴダをはじめとして、ミャンマーには数多くの仏塔(パゴダ)があります。

観光地として有名なバガンには3000を超える仏塔があり、地図に示されていないものも存在するほどです。

“ミャンマー観光では欠かせない仏塔”仏教の国であるミャンマーの人々にとって仏塔は信仰の場ですので、敬意を払って観光しましょう。

服装も短いスカートやズボン、キャミソールは禁止されています。

“ミャンマー観光では欠かせない仏塔”また、仏塔に入る際には靴と靴下を脱がなければなりません。

例外はなく、必ず裸足で入る必要があります。ウェットティッシュなど足を拭くことができるものを持参するか、

そのままの足で履いても問題のない汚れてもいいようなサンダルで訪れると良いでしょう。

ミャンマー観光ではたくさんの仏塔(パゴダ)を目にすることになると思いますが、

その中でもカックー遺跡はインパクトがありおすすめです。

また仏塔かと思わず、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

[カックー遺跡(Kakku Pagodas)の基本情報] 

アクセス:ニャウンシェからタクシーで1時間半~2時間。タウンジーからタクシーで1時間程度

営業時間:特に決まっていませんので、早朝や夜に訪問予定の場合は事前にご確認ください。

料金:エリア入場料としてUSD 3。ガイドを付ける場合はUSD 5。

2018年9月現在の情報です。

最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

LINE トラベルjp 記事より紹介しました。

 

 

シャン州最大の見どころとなるインレー湖周辺のエリア!

秘境の地 カックー遺跡!シャン州最大の見どころとなるインレー湖周辺のエリア!!

 

[秘境の地 カックー遺跡]  

インレー湖東側の山を越えた山中に、パオ族の人々が生活をしている農村があります。

秘境の地と呼ばれるこの場所にあるのが、カックー遺跡です。カックー遺跡は、

2,000年に外国人旅行者に開放され、インレー湖から日帰りで訪れることが出来るようになりました。

ニャウンシュエからカックーの管理事務所があるタウンジー町まで車で約1時間、

ここで地元パオ族のガイドが同行する事が必須となっております。

そして、タウンジーからカックーまで、さらにクネクネとした道を進むこと約1時間半。

片道約2時間半~3時間の道のりです。途中には、にんにく畑が広がっており、農作業の風景を目にする事もできます。

道路は舗装されているところばかりでは無く、赤土が舞っていたり、バスなどが通れない狭い道もあります。           

約3時間かけてついに到着!

ひとつひとつは決して大きくは無いものの、50メートル×100メートルの敷地に

約2400基もの仏塔が立ち並ぶ様は、とても素晴らしい光景です。

実は2016年4月の台風により、このカックーのいくつかの仏塔が、崩れたり、

傘の部分が折れたりなどの被害に合いました。

補修途中のものや、崩れてそのままになったもの、菩提樹までもが倒れていたりなど、痛々しさを感じました。

インドの王様が建立しはじめたのが起源とされていて、その後バガン王朝時代の王様が地域の住人に対して、

各家庭から1基ずつ仏塔を寄進するように命じて、このような姿になったそうです。

それぞれの仏塔の形や大きさ、彫刻などが異なっているのですが、それは寄進した方々の地位や財力によるものという事でした。

音楽を奏でている人々、動物たちなどユニークな彫刻が多かったです。

動物たちなどユニークな彫刻が多かったです。

そして傘とよばれる仏塔のてっぺんからは、日本でいう風鈴のような心地よい鈴の音色が聞こえてきます。

この音色を聞きながら遺跡を見ていると、とても神秘的な空間にいるような気分です。

ぜひ、インレー湖観光に来られた際は、カックーまで足を延ばしてみて下さい。   

JTB 記事より紹介しました。

[ミャンマー幻の遺跡カックー遺跡]  

カックー遺跡は、ミャンマーの少数民族“パオ族”が暮らす特別地区にある遺跡です。

たくさんの“パゴダ”と呼ばれる仏塔が林立する、その独特の景色と荘厳な雰囲気が魅力の場所です。

[カックー遺跡とは?] 

「カックー遺跡」があるのは、ミャンマーの人気観光地のひとつで、シャン州最大の見どころとなるインレー湖周辺のエリアです。

インレー湖から山を越えて約2時間のところにある幻の遺跡として注目されています。

[たくさんの仏塔が建ち並んでいるのはなぜ?] 

カックー遺跡はたくさんの仏塔が建ち並んでいる景色が見られますが、その歴史は12世紀にさかのぼります。

当時の王がこの地に住む人々に対して「各家庭につきひとつずつ仏塔を寄付するように」と指示したのが始まりです。

800年にわたり増築され、その数なんと2,400基以上にもなります。

寄付した人の地位や財力、部族の違いにより、いろんな形や大きさの仏塔が建てられていますよ。

[カックー遺跡への行き方は?] 

カックー遺跡を訪問するには、パオ族のガイドの同行が必須です。

シャン州の州都にあたるタウンジーの管理事務所で入域料とガイド料を支払います。

公共交通機関はないので、タウンジーからタクシーをチャーターして向かってくださいね。    

トリドリ 記事より。

 

 


仏塔は一つとして同じものはありません!

ビルマ型・少数民族型!仏塔は一つとして同じものはありません!!

 

[カックー]  

カックーはミャンマー中部シャン州にある仏教遺跡です。

2457もの仏塔が建ち並ぶ景観は壮観というしかありません。

カックーはインレー湖の東に山を一つ挟んだ場所にあり、インレー湖と合わせて訪れる人が多いのではないかと思います。

私たちのツアーではヘーホー空港から、まず、シャン州の州都タウンヂーを目指しました。

カックー遺跡を観光するには少数民族パオ族の英語ガイドの同行が必要で、

ガイドさんとタウンヂーで合流しなくてはならないからです。

少数民族の地位向上の意味もあるのでしょう。

ヘーホー空港からタウンヂーを経て遺跡まで3時間弱でした。

パオ族の女性の頭飾りは龍を表わしています。

パオ族は自分たちを龍の子孫だとしていて、それを忘れないようにスカーフを龍の形に巻くのだそうです。

スカーフの巻き方を実演してくれましたが普通のスカーフを器用に畳んだりして巻いていくことで、

複雑でボリュームのある形に仕上がります。

女性の黒い服も民族衣装。

巻きスカートの下にはズボンも穿いています。

それにしても、かわいい。現地ガイドさんによるとビルマ族に比べ、少数民族は色が白い人が多いのだそうです。

そういえばガイドさん、ミャンマーの日焼け止めタナカを付けてるんですが、色が白くて目立ちません。

正面奥に白い仏塔が小さく写っているのが分かるでしょうか。ミャンマーの人たちは、

この奥の白い仏塔を修復されているものの元々はアショカ王が建てた仏塔だと信じています。

カックー遺跡は、そのアショカ王の仏塔の周囲に12世紀の王が、

この地に住むパオ族とシャン族に命じて、家ごとに仏塔を1基寄進するように命じたのが始まり。

シャン州には少数民族が多く住んでいるのですが、

この地はパオ族とシャン族の境界だったとも言われています。

入口で靴と靴下を脱いで裸足になり参道を進むと、仏塔が整然と並んでいるのが分かります。

遺跡に入ったところで、ガイドさんからカックー遺跡の仏塔の説明がありました。

カックー遺跡の仏塔には3種類あります。

まず、多くが細長い釣鐘状の仏塔ですが、これにも2種類あって、仏塔頭頂部の飾りが、

釣鐘状に丸くなっているものと、細くなっているものがあります。

飾りが丸く釣鐘状なのがビルマ人が寄進したもので、細くなっているのが少数民族が寄進したもの。

また、数は少ないですが、左の写真の手前のもののように祠型のものもあります。

ビルマ型と少数民族型!

ビルマ型   

少数民族型

大きく分けると3種類といっても、仏塔は一つとして同じものはありません。

それぞれの家で、財力に応じ、信仰心を示したのでしょう。

それにしても、本当にアショカ王の建てた仏塔があったのでしょうか。

アショカ王の領土ってミャンマーにまで及んでいたのかなあ。

日本語ガイドさんに聞いても要領を得ず、アショカ王の仏塔と言いながら

ミャンマーに仏教が広まったのは11世紀、バガン朝の初代アノーヤター王以降と強調したりもするのです。

う~ん。でも、インドとミャンマーの距離を考えたら、11世紀まで全く仏教が伝わらなかったはずはありません。

アノーヤター王が破った南部のモン族は既に上座部仏教を信仰していたわけですし、

仏教が紀元前5世紀ころに始まってから、様々な形でミャンマーに伝わっていたのは間違いないはずです。

実際、日本語ガイドさんも、2世紀ころの仏像がミャンマーで発見されていると言っていました。

そもそも、ブッダガヤで悟りを開いたばかりのお釈迦様に供物を捧げ、

世界で最初の帰依者となったのはミャンマーの商人の兄弟でした。

この時、お釈迦様が兄弟に与えた髪の毛と爪が後々まで伝わり、

ミャンマーの幾つかの仏塔に収められているとミャンマーでは信じられています。

そういった伝承を全て荒唐無稽とするのも、間違っているような気がします。

帰国後調べたら、アショカ王の最大領土は東はバングラデシュまでで、ミャンマーに支配は及んでいませんでした。

でも、アショカ王は仏教を布教するため、近隣の国々に使節を送っているのが分かりました。

スリランカへの布教は有名ですが、どうやら、ミャンマーにも使節が行っているようです。

そうだとすればアショカ王の時代の古い仏塔があってとしても、おかしな話ではないですよね。

アショカ王が建てたものではないにしても、アショカ王と何らかの関係がある仏塔が、ここにあったのかも・・・・。

アショカ王の仏塔の周囲はぐるりと回廊が囲んでいて、仏塔のそばに何体かの仏像が置かれています。

その仏像の一つを向いて立っているのが、写真の馬。

説明はありませんでしたが、お釈迦様の王子時代の愛馬カンタカでしょうか。

 

 

アショカ王の仏塔・真っ白な美しい仏塔!

黄金に塗られた仏塔!アショカ王の仏塔・真っ白な美しい仏塔!

 

足のあたりは柱状になっていて、ちょっと稚拙な感じもしますが、反面、なんとも可愛い馬です。

ガイドさんによると、この馬の尻尾を3回なでると恋がかなうんですって。

それにしても、本当にアショカ王の建てた仏塔があったのでしょうか。

アショカ王の領土ってミャンマーにまで及んでいたのかなあ。

日本語ガイドさんに聞いても要領を得ず、アショカ王の仏塔と言いながらミャンマーに仏教が広まったのは

11世紀、バガン朝の初代アノーヤター王以降と強調したりもするのです。

う~ん。

でも、インドとミャンマーの距離を考えたら、11世紀まで全く仏教が伝わらなかったはずはありません。

アノーヤター王が破った南部のモン族は既に上座部仏教を信仰していたわけですし、

仏教が紀元前5世紀ころに始まってから、様々な形でミャンマーに伝わっていたのは間違いないはずです。

実際、日本語ガイドさんも、2世紀ころの仏像がミャンマーで発見されていると言っていました。

そもそも、ブッダガヤで悟りを開いたばかりのお釈迦様に供物を捧げ、

世界で最初の帰依者となったのはミャンマーの商人の兄弟でした。

この時、お釈迦様が兄弟に与えた髪の毛と爪が後々まで伝わり、

ミャンマーの幾つかの仏塔に収められているとミャンマーでは信じられています。

そういった伝承を全て荒唐無稽とするのも、間違っているような気がします。

帰国後調べたら、アショカ王の最大領土は東はバングラデシュまでで、

ミャンマーに支配は及んでいませんでした。

でも、アショカ王は仏教を布教するため、近隣の国々に使節を送っているのが分かりました。

スリランカへの布教は有名ですが、どうやら、ミャンマーにも使節が行っているようです。

そうだとすればアショカ王の時代の古い仏塔があってとしても、おかしな話ではないですよね。

アショカ王が建てたものではないにしても、アショカ王と何らかの関係がある仏塔が、ここにあったのかも・・・・。 

アショカ王の仏塔の周囲はぐるりと回廊が囲んでいて、仏塔のそばに何体かの仏像が置かれています。

その仏像の一つを向いて立っているのが、写真の馬。説明はありませんでしたが、

お釈迦様の王子時代の愛馬カンタカでしょうか。

足のあたりは柱状になっていて、ちょっと稚拙な感じもしますが、反面、なんとも可愛い馬です。

ガイドさんによると、この馬の尻尾を3回なでると恋がかなうんですって。

黄金に塗られた仏塔の中にはパオ族の伝説を彫ったものもありました。

黄金に塗られた仏塔の中にはパオ族の伝説を彫ったものもありました。

右の写真が、それ。ガイドさんが話してくれたパオ族の伝説。

昔、龍女が人間の女に化け、錬金術師の男と結婚します。

右の写真、右側の頭に龍の首を載せているのが龍女。

左側が錬金術師の男です。

しかし、ある日、男は妻が龍であることを知ってしまい、恐ろしさの余り逃げ出してしまいます。

妻は夫の帰りを待ち続けますが、夫が帰ってくることはありませんでした。

落胆した妻は2つの卵を産み、龍の世界に帰っていきます。

龍が生んだ卵はお坊さんによって守られ、やがて男の子と女の子が生まれます。

それが、パオ族の祖先というわけです。

龍の子孫であることを忘れないように、スカーフを頭に巻くのも、

民族衣装が黒いのも、右の写真の龍女を模しているものなんですね。 

次はカックーで2番目に高い仏塔を目指します。

その途中にも、様々な美しい仏塔が・・・。カックーで2番目に大きな仏塔に着きました。

この仏塔もアショカ王の仏塔と言われるもの同様に、真っ白な美しい仏塔です。

最初の方でも述べましたが、カックー遺跡は、元々12世紀の王が近隣の住民に対し、

修復したアショカ王の仏塔の周囲に仏塔を寄進するようにと命じたのが始まりです。

その時、王が建てた仏塔が、この仏塔。2番目の大きさと言うのは、アショカ王に敬意を払ったんでしょうね。

王の名前はアウランスィードゥー。

バガン王朝4代目の王です。

この王はバガンで最も高いタビィニュ寺院を建てた王でもあります。

しかし、いくら王が命じたと言っても、嫌々建てた仏塔なら、こんなにそれぞれ意趣を尽くした仏塔になるとは思えません。

カックー遺跡の仏塔は、ミャンマーの人々の仏教に対する篤い思いを示すもののような気がします。  

カックー 記事より。

 

 

アショカ王の仏塔で真っ白に塗られた仏塔は美しい!

それにして物凄い数=2400 の仏塔!アショカ王の仏塔で真っ白に塗られた仏塔は美しい!!

 

以下は今日のまとめです。

まるで仏塔の森に迷い込んだよう!

ミャンマー「カックー遺跡」! 

風が吹くと仏塔の上部の金の飾りのベルがシャラシャラとキレイな音色を奏でます。

“カックーはもともとワックーだった!

ベルの音色を聞きながら異世界散歩!

秘境の地 カックー遺跡! 

インレー湖東側の山を越えた山中に、パオ族の人々が生活をしている農村があります。

秘境の地と呼ばれるこの場所にあるのが、カックー遺跡です。ミャンマー幻の遺跡カックー遺跡]! 

カックー遺跡は、ミャンマーの少数民族“パオ族”が暮らす特別地区にある遺跡です。

たくさんの“パゴダ”と呼ばれる仏塔が林立する、その独特の景色と荘厳な雰囲気が魅力の場所です。

カックー遺跡はたくさんの仏塔が建ち並んでいる景色が見られますが、その歴史は12世紀にさかのぼります。

当時の王がこの地に住む人々に対して「各家庭につきひとつずつ仏塔を寄付するように」と指示したのが始まりです。

800年にわたり増築され、その数なんと2,400基以上にもなります。

寄付した人の地位や財力、部族の違いにより、いろんな形や大きさの仏塔が建てられていますよ。

ビルマ型・少数民族型と大きく分けると3種類といっても、仏塔は一つとして同じものはありません。

黄金に塗られた仏塔の中にはパオ族の伝説を彫ったものもありました。

アショカ王の仏塔と言われるもの同様に、真っ白な美しい仏塔です。

それにして物凄い数=2400 の仏塔で、まるで仏塔の森に迷い込んだようとはこのことです!

アショカ王の仏塔で真っ白に塗られた仏塔は美しく、

私としては黄金に塗られた仏塔より良かったと思っています!

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ABOUTこの記事をかいた人

私はかなり高齢な建築家です。出身は伊豆の湯ヶ島で多くの自然に触れて育ちました。少年時代の思い出も記事になっています。趣味が多くカテゴリーは多義に渡ります。今は鮎の友釣りにハマっています。自然が好きで自然の中に居るのが、見るのが好きです。ですので樹木は特に好きで、樹木の話が多く出てきます。 電子書籍作りも勉強して、何とか発売できるまでになりました。残り少ない人生をどう生きるかが、大事です。