コーヒーがひらく社会の扉!1杯のコーヒーが40年の思い出をつくる!1杯でも一緒に飲んだ人との思い出や恩は忘れない意味だ!

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コーヒーがひらく社会の扉!1杯のコーヒーが40年の思い出をつくる!1杯でも一緒に飲んだ人との思い出や恩は忘れない意味だ!

コーヒーがひらく社会の扉!1杯のコーヒーが40年の思い出をつくる!1杯でも一緒に飲んだ人との思い出や恩は忘れない意味だ!

 

コヒーが持つ力にあらためて注目されている。

カフェ発祥のトルコには

「1杯のコーヒーが40年の思い出をつくる」という言葉がある。

「1杯のコーヒーが40年の思い出を作る」という言葉がある!

たった1杯でも一緒に飲んだ人と思い出や恩は長く忘れないという意味だ。

現在は気軽に楽しめる日常的な飲み物だが、

歴史的には人々が自由に話し、

見知らぬ情報に出会う場に、

欠かせない存在だった。

新型コロナウイルス渦が長引き、

コミュニケーションの機会が少なくなっている今、

コーヒーによって生まれる人のつながりや社会的広がりに目を向けてみよう。

 

 

スターバックス珈琲nonowa国立店のカウンターで耳の聞こえない佐藤さんは「T」を手で示し、トールサービスですねと確認する。


1杯から始まる心の交流!「恩送りカード」が貼ってある。1杯のコーヒーを客から客へ送るシステムだ。!

 

コーヒーが持つ力とはなんだろう。毎日のように飲む馴染み深い飲料の一つだ。

そのコーヒーを買いに行くだけで、自分の周りに広がる社会の多様性を知る出会いが生まれる。

そんな空間があると聞き、東京・千代田にあるカフェ「ソーシャルグッドロースターズ 千代田」を訪ねた。

店に入るとカラン、カランと微かな音が小気味良く響き、かぐわしい豊かな香りが漂っていた。

店では障害のあるスタッフが豆の選別から焙煎、抽出までを担う。

生豆には通常、カビや虫食い、歪な形のものが混ざっている。

店内に響く微かな音はその生豆を一つ一つ選別し、別の皿へと移す音だ。

この日、コーヒーを買いに訪れた林直樹さんは

「丁寧に選別されて、味はまろやかで澄み渡るよう。

いつもコーヒーを待つ間、豆の選別や抽出の所作に見入ってしまう」と話していた。

仕事場が近く、週1、2回来店する。

生豆を目視で選別する細やかで丁寧な作業があってこそ、

ムラの無い選別ができ、豆の風味が引き立つ。

林さんは「さまざまな人がいる社会について、想像力を働かせる時間になっている」という。

コーヒーが客同士を結ぶこともある。「白いシャツを着ている大学生へ。黒シャツの社会人より。

コロナ渦ではありますが、大学生活を楽しんでください」。

都内に2店舗を構える「こはぜ珈琲」は店の壁のボードに「恩送りカード」が貼ってある。

1杯のコーヒーを客から客へ送るシステムだ。

恩送りカードはコヒー1杯を頼むと1ポイント付与され、12ポイントで1杯が無料となる。

ユニークなのはその1杯を他の人に送るというルールだ。

送り手はどんな人に送るかをカードに書いて貼り、当てはまると思った来客客が使う。

メッセージを添えることもできる。

早稲田の近くに住む大学4年生の中山航輔さんは

恩送りカードを使い計6回、コーヒーを贈ったり受け取ったりした。

「押しつげがましくない温かさがあって気楽に参加できる」。

直近ではカードに「夏より冬が好きな人」と書いた。

たまたまそのとき読んでいた本の文章を引用したという。

来店時はまだ受け取った人はいなかったが、

「店に来るたびにいつか、誰かに使ってもらえるかというワクワク感がある。

SNS=交流サイト のつながりよりリアルな手応えがある」と話す。

店主の谷川隆次さんは米国の喫茶店で接した「サスペンデットコーヒー」を取り入れた。

本来は1杯のコーヒーを頼む際にもう1杯分を先払いするイタリア発祥の仕組みだ。

比較的学生ら若者が多い街に出店するのは意図がある。

「孤立しがちな地方出身の学生の居場所になれれば。

ゆるやかに人とつながり、自分も社会の一員だ、ここにいてもいいと感じてほしい」

見知らぬ人同士の交流を促すのはなぜか。

日本サステナブル珈琲協会=東京・目黒 の池本幸生理事に問うと

「コーヒーはもともと、その時代を支配する権力よりは、庶民や労働者が手軽に飲む飲み物だった」

とその役割を説明する。

17世紀の英国では市民社会の幕開けとともに「コーヒーハウス」が興隆した。

絶対王政を打ち破った1789年からのフランス革命では思想家や活動家がカフェに通ったという。

コーヒーを片手に情報収集に勤しみ、政治議論をしたのだろう。

コーヒーがあれば気楽に、さまざまな人が集まりやすい。

「ジャズ喫茶店や本屋と連携したカフェなど、コーヒーを通じた交流は異なる世界や分野を結びつける力がある」

と池本さんは分析する。

新たな気づきが得られる場所として、大手もカフェの持つ力を生かす。

スターバックスコーヒーnonnnowa国立店=東京都国立市 は、国内の同社の店で初めて

手話を共通言語に掲げ、2020年にオープンした。スタッフは聴覚障害者18人と健常者6人だ。

店内では手話のほか、筆談やジェスチャー、メニューの指差しと、

この店ならではのコミュニケーションが繰り広げられる。

例えば、会計時に電子マネーの「Suica=スイカ を使いたい」

と客が言っても耳の聞こえないスタッフには伝わらず、お互い身振り手振りで工夫を楽しむ。

「お客さんが後で気づいて『実際にスイカを見せればよかったですね』

などと言いに来てくれるのがうれしい」とストアマネジャーの高津萌子さんは語る。

ちなみに、スイカの手話は野菜のスイカを食べるような動きだと

伝えると必ずと言っていいほど驚くという。

2回目以降はその手話を使う人もいる。

なぜ、この取り組みをするのかをたずねた。

高津さんは「福祉施設ではなくコーヒーやドリンクを提供するカフェだからこそ、

スイカのようなちょっとした気づきが新鮮に思え、その気づきを共有しやすくなる。

そこにこの店の意義があると思う」と説明してくれた。

「耳の聞こえる人と、そうでない僕たちの見えている世界はほとんど同じだと思った」。

聴覚障害のある佐藤涼太郎さんはスターバックスで働き7年超。

「当時は健常者と住んでいる世界が違う、お互いに理解できないと思い込んでいた」という。

どういう時に筆談がいいか、ジェスチャーがいいかを試行錯誤しながら、

「実際にぶつかってみたら壁はなかったと気が付いた」。

そこにコーヒーがあれば、社会の扉は案外、簡単に開けることができる。

 

 

バリスタの井崎さんは「コーヒーを入れ始めてkら飲み終わるまでがコーヒーブレイクだと思う」!


フラットに語る場を演出!カフェ文化が欧州へ渡り、英国では清教徒革命期の1650年に初の「コーヒーハウス」ができる。コーヒーハウスはまたたくまに広がり、18世紀初頭のロンドン市内では3000軒になったという!

 

カフェが誕生したころ、人々はまだ珍しかったコーヒーを飲むために集まった。

そこは身分や階級、職種を超え、情報交換や社交の場となった。

世界初のカフェとされるのは、16世紀半ば、トルコのコンスタンチノーブル=現イスタンブール 

に誕生した「カフェカネース」だ。

商人や旅人、官僚、地方出身の若者などが出入りする情報交換の場となり「賢者の学校」とも言われた。

このカフェ文化が欧州へ渡り、英国では清教徒革命期の1650年に初の「コーヒーハウス」ができる。

コーヒーハウスはまたたくまに広がり、18世紀初頭のロンドン市内では3000軒になったという。

UCCコーヒーは博物館=神戸市 の学芸員、香月麻里さんは「飲酒を原則禁止とする

イスラム教徒たちが喫茶という文化を生み、欧州でさらに洗練された」と説明する。

当時のコーヒーハウスは男性限定だったが、進取の気質にとんだ

多種多様な人々が訪れた。

コーヒーを飲みながらたばこをふかし、熱く議論を交わした。

店内には新聞が取り揃えられ情報を得たいと思えば誰かが声を出して読んだ。

商談が始まり、自分の商品の宣伝をする人も。

英国の保険大手ロイズがコーヒーハウスに起源を持つことは知られている。

「人が集まると言えばパブや宿屋しかなかった時代、

コーヒーは酔わずに話せ、二日酔いに効果があるとという触れ込みもあった。

台頭する市民にとって社交やビジネスに勤しむ貴重な場となった」香月さん

日本初の本格的な喫茶店「可否茶館」が東京・上野に開業したのは1888年のことだ。

日本最初の喫茶店「可否茶館」!

洋風の建物で、ビリヤードやトランプ、囲碁、将棋など娯楽設備、更衣室、シャワー室が設置されていた。

創設者の鄭永慶=ていえいけい は通訳者の家計に生まれ、米国渡航を経てカフェ文化を輸入した。

珈琲代が高く店は数年で閉店したものの、誰でも出入りできる議論が交わせる場を目指したという。

時は流れ、今、安価で手近なチェーン店や長時間くつろぎ、リラックスして過ごせる店などカフェは多様化した。

しかし、最近は以前よりコロナ渦で立ち寄る機会も減った。

全日本コーヒー協会=東京・中央 の調査では、2020年の国内の一人の

1週間当たり平均飲料杯数は「家庭」が7.55杯とコロナ渦になる2年前より1杯以上増えた。

豆やコーヒーの入れ方、焙煎のしかたにこだわる米国発の

「サードウエーブコーヒー」が広がり、自宅で好みのコーヒーを楽しめるようになったこともある。

「コーヒーを片手に雑談を」と呼びかけ、20年4月、

「ブリューホーム」と銘打ったオンラインイベントを始めたのは井崎英典さんだ。

世界中のバリスタが腕を競う14年のワールド・バリスタ・チャンピオンシップでアジア人初めて優勝した。

「コロナで身動きが取れなくなったからこそ、ネット上で行きつけのカフェに通うように気軽に来てもらいたかった」。

午後1時半から30分間、自分の身の回りのことや仕事のことなど、誰でも発言できる場として

スタートしたところ、多い時は1500人以上が参加した=現在は不定期開催。

「今、パナマさんのゲイシャ豆を入れています」

「今日はペットボトルだけどおいしいんです」。

参加者は各自用意したコーヒーを説明する。

井崎さんが「最近僕はデカフェが多いかな。

アイスの後味のキレがいいのと、エスプレッソにも挑戦している」と紹介すると

「エスプレッソ向きのグラインダー=豆挽き 

でいいのがあれば教えてください」と話が広がる。

ビジネスの話や地方在住の主婦からは育児や介護の話も飛び交う。

井崎さんは「コーヒーを楽しむ時間は飲んでいる時だけじゃなく、

入れ始めた段階から飲み終わるまで」と語る。

場所、選ぶ豆、入れ方はそれぞれ異なるとしても、自分でコーヒーを

入れながらその香りや音を楽しみ、心を落ち着け、一度自分と向き合う。

その後、画面越しに参加者と繋がると他者への眼差しも変わる。

「そんなプロセスの価値がコーヒーにはあると思う」と井崎さんはいう。

6月、クリエイティブディレクターの辻愛沙子さんが立ち上げたのは

クリエイティブディレクターの辻愛沙子さんが立ち上げたのは「ソーシャルコーヒーハウス」だ!

「ソーシャルコーヒーハウス」だ。

ジェンダー、

環境、

政治、

経済などについてオンラインで語り合う「大人の遊び場」をうたう。

会員向けに月2回ほどトークイベントを開き、

「映画からみたジェンダーや多様性の問題」、

「助産師が考える性教育の現状」などを考える。

会員同士がSNSでさらに議論を深める。

あえて数百年前に誕生したコーヒーハウスの名を冠したのには訳がある。

立場や肩書に関係なく、コーヒーを持ち寄り、フラットに語り合う場を目指したからだ。

辻さんは「個々の人生の課題が積み重なって社会問題になる。

LBGTQ=性的少数者 やジェンダーギャップといったテーマも自分のこととして捉え、

社会を見つめる視点を広げることに豊かな大人の喜びがある」という。

コロナ渦では飲食店での酒の提供が制限されたこともあり、コーヒーの出番も増えている。

自己、他者、社会のつながりに想いをはせれば、1杯のコーヒーはより深く味わえるだろう。   

安芸悟  

竹邨章撮影。 

日経新聞。

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ABOUTこの記事をかいた人

私はかなり高齢な建築家です。出身は伊豆の湯ヶ島で多くの自然に触れて育ちました。少年時代の思い出も記事になっています。趣味が多くカテゴリーは多義に渡ります。今は鮎の友釣りにハマっています。自然が好きで自然の中に居るのが、見るのが好きです。ですので樹木は特に好きで、樹木の話が多く出てきます。 電子書籍作りも勉強して、何とか発売できるまでになりました。残り少ない人生をどう生きるかが、大事です。