ガラス瓶からのぞく世界!ああ、ガラス瓶!なんて不器用な容器か!それでも生き残っている君は一体!ふぞろいな抜け殻に味わい!

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ガラス瓶からのぞく世界!ああ、ガラス瓶!なんて不器用な容器か!それでも生き残っている君は一体!

ガラス瓶からのぞく世界!ああ、ガラス瓶!なんて不器用な容器か!それでも生き残っている君は一体!ふぞろいな抜け殻に味わい!

 

The World in Jar

大瓶ビール=366ml には中身と瓶の重さがほぼ同じ物がある。

ああ、ガラス瓶。

重くてしかも割れやすいとは、

なんて不器用な容器だろう。

でも待てよ。

それでも生き残っている君は一体―-。

 

 

チームワークによって、ガラスに命が吹き込まれてゆく!


ふぞろいな抜け殻に味わい!空き瓶への「抜け殻愛」はとめどがなく!!

 

浜辺の貝殻や空き瓶など、抜け殻的なものに引かれがちな自分を意識していた庄司太一さん72 は

留学先の米国の大学で、古いガラス瓶の収集家でもある先生に引き合わせる、といわれたとき、胸騒ぎがした。

のめり込んではいけない――-。

そんな決意は林立する年代物のボトルたちと出会った瞬間、砕け散った。

プシュッと吹き出した空き瓶への「抜け殻愛」はとめどがなく、気がつけば6万本ともいう瓶に囲まれて暮らしている。

骨董品で求められたものもあれば、不用品として捨てられていた中から発掘したものもある。収集しはじめてすぐ、謎にぶつかった。

「新薬」。

明治政府の肝煎りで広められた万能薬「新薬」の瓶!

各地で見つかり、相当普及したものに違いないが、いつ、誰が、何のために作ったのかもわからなかった。

大学の英語教師という本業の傍ら、薬品の化粧品メーカー、大学の資料室をかけずりまわり、

明治初期、薬品の分野でも欧化を急ぐ政府の肝煎で広められた万能薬とわかった。

調査を始めて数年経っていた。

「富山や奈良などの伝統的な置き薬に代わる新時代の薬の象徴として、まだ珍しかったガラス瓶はぴったりだったのだろう」。

新薬はどうやら痛み止めを主成分としていたらしい。

戊辰戦争や西南戦争での傷病=しょうびょう の記憶も生々しかったころ、薬にはまず痛みを和らげる効能が求められたようだ

空き瓶の中から外を覗くと、時代が見えてくる。

庄司コレクションに「 MOMOYA」がある。

空き瓶一本一本に、人の暮らしが刻まれている!

桃屋=東京・中央 1950年ごろの花らっきょうの壜=びん=同社長期による 

は今スーパーで普通に見かける115g入りのものの数倍の容量がありそう。

大小揃えた当時の商品の中でも、大家族にはこれくらいの大きさが好まれたのではないだろうか。

ラムネ瓶が語るのは日本の美意識だ。ガラスの球で炭酸水を封入する方式は英国の発明という。

だが本家では廃り、インドや日本に残るのみ。球をコロコロさせるのが煩わしいし、洗浄も面倒だ。

それが日本に残った下地には「ビードロをめでる江戸ドのガラス文化と、

風鈴の音に通じる球の音の爽やかさがある」と推理する。

今や「瓶博士」と呼ばれるようになり、東京の自宅に私設博物館

「ボトルシアター」2月は休館 を設ける庄司さんに、学術的依頼が舞い込むこともある。

「長崎・出島の商館跡から発掘された瓶はどこから来たものか」

「いつの洪水か、堆積土砂に埋れていたビンでわかるだろうか」

収集家はガラス瓶のどこに魅力を感じるのか。

The World in Jar!

「昔の手作りの瓶は気泡が入っていたり、ガラスの厚みが違っていたり、味わいがある」

と話すのは東京・神田で瓶を扱って105年になる問屋「名取容器」の名取基陽社長だ。

集めているのはインク瓶。今わずかの不具合も許されず、問屋としては神経がすり減る。

瓶の個性が認められた頃が、なおさら懐かしい。

瓶メーカーの団体、日本ガラス瓶協会東京・新宿 によると、ガラス瓶の旗色は良くない。

1990年には242万トンを超えた生産量が、2019年には100万トン割れし、減少に歯止めがかからない。

かつてはガラス瓶自体、プレミア感を漂わせる存在だった。

明治の頃ちゃんと立つビール瓶を作れるようになるだけでも大変だったという。

飲料などのポスターに誇らしげに描きこまれた瓶は豊かさの象徴でもあった。

それもいまは昔だが、これでなくちゃ、という岩盤支持層があるのがガラス器の強みだ。

桃屋は大正期の創業依頼、ガラス壜と共に歩んできた。

軽い容器に、との取引先の声もないではないが「良品質主義」の同社として

「密閉性が高く、おいしさが長持する」営業企画室 といった長所は何者にも代えがたい。

古来、人類が親しんできた素材でありながら、

ガラスという物体にはえたいの知れない部分があることをご存知だろうか。

「ガラスの物性 個体液体の中間 東大など解析」20年12月25日付け、日本経済新聞朝刊。

東京大学の水野英如助教らの国際研究チームのシミレーションで、瓶や窓に姿を変えながらも、ガラスの内部では分子が絶えず移動していることがわかった。

さらに意外なことに、急冷するとなぜガラスとして固まるかの根本について「なお未解明な点がある」水野助教授 という。

瓶の形が変わるほどの動きではないが、固まってなお、赤く溶けていったときの情熱を秘めたガラス。

どこへでも流れて行けた液体としての自由をいまは捨て、他の液体の引き立て役に回っている――。

こうした不思議さが知らず知らずのうちに庄司さんらを引き寄せている、と考えられなくもない。

抜け殻であるガラス瓶に、庄司さんは人生のはかなさを重ね合わせる。

「人間はいずれも空っぽになり、透明なものになっていく」

確かに水を入れた革袋が人間と思えば、ガラス瓶はさほど遠い存在ではないだろう。

 

 

ガラスの「タネ」から1個分の素材をハサミで切り取る!


技の連なりが生む重み!一丁前になり”免許皆伝”となるまでに10年以上はかかる!

 

東京の下町、江東区に銭湯をしのぐ煙突をそびえさせている「小川硝子製作所」。

足を踏み入れると、そこは熱に支配された別世界だだった。

「巻きや」がるつぼの中でマグマのように溶けたガラスに棒を差し入れ、くるくると「タネ」を回し取る。

「切りや」が棒の先から垂れかかるところを切り取って型に入れ、空気を送り込む。

「底」と「口」を備え、円筒状の原型を整えられたタネは鋳造の型に再度入り、

最終的な形、デザインを施されて出てくる。この工程を行うのが「出しや」。

さっきまでるつぼの中で1300度で真っ赤に煮えたぎっていたことを

忘れたかのように、ガラスはみるみる硬度を増し、透き通っていく。

割れるという性質が現れ始め、慎重に型から取り出さないと口のあたりが破損しかねない。

時間との勝負だ。

取り出した瓶は「運び」のお兄さんによって、冷却用のコンベアーにすえられ、1時間10分ほどをかけて熱を取る。

巻から運びまで4人でワンチーム。誰が欠けても作業はできない。

巧妙なパス回しを見るような連携作業自体、ガラス細工の繊細さを帯びている。

工場長の小川恭平さん28 は「注文の1万本なら1万本を達成したとき、やったな、と思う」と話す。

ゴールの喜びは仕事の厳しさの裏返しでもある。

窯の口にちょっと近寄っただけで、顔が焼けそうだ。冬はまだいい。

夏はしんどい。

塩や梅干を用意し、給水タイムを設けているが「休憩前の5分は作業効率が落ちがち」と小川さん。

ラクビーやサッカーの「ラスト5分」のキツさがあるのだろう。

職人が昇る階段は、瓶のタネがたどる工程とは逆向きだ。

運び→出しや→切りや→巻きや。

巻きやとして一丁前になり”免許皆伝”となるまでに10年以上はかかる。

「覚えれば面白いが、覚えるまでが大変」と、この道50年の杉原正道さん78 は話す。

ガラスを手なずけられるようになるまでに、何本の瓶と向き合ったことか。

同じようにタネを巻いたつもりでも、微妙な温度変化などで、分量が違ってくる。

例えば重さ70gと指定された瓶の誤差が許されるのはプラスマイナス3g。

手のひらに載せるならともかく、棒の先の感触を頼りに、グラム単位の違いを感知するのだ。

化粧や香水用の瓶には凝った瓶が多い。

中身の容量の単位も細かく、瓶のガラスの厚みも関係してくる。

こうして人の感覚のみで作られた瓶が、化粧品などの工場の何の問題もなく通る。

もちろん、そうでなくては困るのだが、発注者も精度にびっくり、ということがしばしばあるらしい。

あまたあった瓶の町工場の、需要減、後継者不足で閉鎖した。

工場の3代目になる小川さんはこの技術を守るのが使命だと思っている。

2ヶ月間に1度は交換する溶融用のるつぼを作る業者、瓶の形を作る鋳物職人。

多くの技が連なり、一本の瓶ができる。

その輪のどこかが切れたら、もう元に戻らない。

こうした瓶作りの現場を知ると、ガラス瓶も、退屈で、ありふれた日常の容器ではなくなってくる。

ラグジュアリーホテル「アンダース東京」東京・港 の田中麓人。

ペストリーシェフは「清潔感、清涼感に加え、中身が見える」というガラス瓶の基本性能を存分に活かしている。

背高の器がカラフルな多層なデザインを可能にし、スイーツ華やかさに瓶の立ち姿が映える。

包むものと包まれるものの幸せな関係が、ここでは成り立っている。

明治創業の大手メーカー、日本精工硝子=大阪市北区 はオリジナルの瓶を作り用途を提案、顧客を開拓している。

ハート型の瓶の「キュートグラス」というオリジナル化粧品などのショップ兼ギャラリー=大阪市中央区 も設けた。

消費者に直接訴える初の試みに、同社の小西時郎社長は「100%リサイクルできて、デザインも自由。

ガラスビンに目を向けて欲しい」との思いを込める。

名取さんが集めているインク瓶!

追随を許さない透明感を誇る製品は「世界でダントツ」という日本の製瓶技術の結晶だ。

ガラス瓶の未来は暗くない。

欧州13か国の25~65歳の男女1万人余りを対象とした19年実施の調査では、半数以上が3年前の調査より

「ガラス瓶製品の購入が増えた」と回答。

9割が友人や家族に勧める「最高の包装材料」としてガラス器を挙げた。

地域単位でのリサイクルが可能なことなど、環境問題への意識の高まりが背景にある。

ガラス器の品物が人から人へと贈られたとき、その手に残る確かな感触は、大切な日の思い出となるだろう。

今、その重みに向き合うときかもしれない。 

篠山正幸 山口朋秀撮影 日経新聞。

 

では次にガラス瓶に、まつわる記事を参照します!

 

 

奥深きガラスびんの世界とは?

奥深きガラスびんの世界とは?!ガラスは“超天然”のエコ素材!?!

 

[ガラスびん製造の大手・東洋ガラス 訪問インタビュー! 営業戦略担当が語る、奥深きガラスびんの世界とは?]    

酒米、酵母、精米歩合。日本酒度、生産地、杜氏。そして銘柄名にラベル。

日本酒を印象づける要素は実にさまざまです。

そんな中で、黒子として日本酒の提供には欠かせないモノがあります。そう・・・酒びんです。

普段何気なく使っている酒びんですが、これまであまりスポットが当たってこなかったのも事実。

ということで、業界第2位の大手ガラスびんメーカー・東洋ガラス株式会社の

営業本部の方に「ガラスびん・酒びん」についてのお話を伺ってきました!

[大阪・淀川からはじまる東洋ガラスの歴史]    

まずは、東洋ガラス株式会社について簡単にご紹介します。

創業は明治21年。大阪の淀川に「島田硝子製造所」として、ガラス食器を作りはじめました。

昭和28年に総合容器メーカーである東洋製罐グループの一員となり、

昭和32年に新東洋硝子株式会社を設立(昭和42年に東洋ガラス株式会社に社名変更)。

現在では従業員数894名、年間売上高312億円(いずれも平成27年3月実績)を誇る、業界第2位の大企業へと成長しています。

 

 

ガラスは“超天然”のエコ素材!

[ガラスは“超天然”のエコ素材!?]    

 

「ところで、ガラスびんって何でできているか知っていますか?」 

冒頭からいたずらっぽい目で投げかけてきた大越さん。 

えーと、ガラスはガラス・・・じゃないんでしょうか?

「そうですね、ガラスびんはガラスでできている、それも正解です。

ガラスは何度も使いまわせるエコ素材ですからね。

ですがその元になっているのは…実は“大地”なんですよ!」

ふむふむ・・・大地!? いったいどういうこと? 

「新しく製造されるガラスびんの7割以上が、同じガラスびんを砕いて作ったカレットです。

ですが、主原料は”硅砂(けいしゃ)”という天然の砂なんですよ!

硅砂に多く含まれる二酸化ケイ素が高温で溶け、結晶せずに冷え固まることでガラスができます。

二酸化ケイ素は地球上の岩石の構成分中約60%を占めている物質。

ちょっと難しくなってしまいましたが、要は“地球そのもの”からできる素材がガラスなんです!」

ま、自分も会社に入ってから知ったことなんですが・・・とはにかむ大越さん。いやいやこれは驚きました。

まさかガラスが“大地から成る天然素材”だったなんて!

「地球から生まれる天然素材。

どうです、すごくロマンのある容器でしょ!?」

たしかに。ともすると科学的で硬派な印象のガラスびんですが、それが天然素材だったなんて

本当に驚きですし、なんだかロマンチックではありませんか。

大越さんは続けます。

「しかも、ガラスびんは非常にリサイクル性にすぐれている、エコな素材なんです。

例えば紙パックはトイレットペーパーになり、最終的には流されますよね。

でも、ガラスびんはそのままガラスびんに生まれ変わります。

国内循環における、究極のリサイクルモデルと言えるのではないでしょうか?

ガラスびんは、100年以上も前からリユースの仕組みを確立してきました。

“もったいない”じゃないけど、日本人の”ものを大切にする文化”があるように思えます」

[大地から科学へ、ガラスびんの色付けについて]    

「弊社では、アンバーびん(茶色)やフリントびん(透明)などさまざまな色調のガラスびんを製造しています。

原料は、海外からの輸入だけでなく、国産の原料を調達することで安定供給につなげています」と大越さん。

なるほど。高品質なガラスびんをつくるために原料までも自社採掘しているんですね。

さすが業界第2位、恐れいりました。「ガラスびんの色は“生産途中の化学反応”で付けているんです。

金属を入れることによる酸化と還元。小学校のときに理科の実験でやったあれです(笑)」と、目を輝かせる加藤さん。

先程まで“大地”の話をしていたのに、今度は科学実験・・・。ガラスびん、奥深し。

「どうです面白くなってきましたか?この話を、日本酒を飲みながらするとまた盛り上がるんです。

”このコバルトはね…”とか(笑) 」とは加藤さん。続けて大越さんも「容器一つで1時間以上話せるのって、

たぶんガラスびんだけじゃないかと思うんですよね!」と目を輝かせていました。 

ガラスへの愛が滲み出ているおふたりの話から、奥深いガラスびんの魅力が少しづつ見えてきました。

 

 

東洋ガラスの酒びん造り!開発に力を注いでおり、数々の功績を残している!

東洋ガラスの酒びん造り!こんな遊びのある酒びんも作ることができる?!

 

[東洋ガラスの酒びん造り]   

ガラスびんへの理解が深まったところで、いよいよ本題「酒びん」について聞いていきます。

まずは大越さんに、東洋ガラスでの酒びん製造について伺いました。

― 東洋ガラスでは、どんな酒びんを作っているのでしょうか?  「小さいカップから一升びんまであらゆるサイズの酒びんを作っています。

また、スタンダードな形状から小ぶりで特殊なものまで対応しています。

最近、日本酒のパッケージも変わってきていますよね。若い人でも手に取りやすい、デザイン性の高いものが増えているように思います。

われわれも、その変化に対応できるようと努めていますよ。例えば、デザインとセットで提案できるような変形ボトルを開発したり。

あとはカラーバリエーションが多いところも弊社の強みです」  

「日本酒はデリケートな飲み物です。

そのため紫外線の透過率が低い茶色や深緑色のびんが愛用されてきましたが、最近ではおしゃれな透明びんも増えていますよね」

「たとえば、このびんは特殊なインクで部分フロストのようにプリントしています。

中身が入った状態で月の部分をのぞくと、カエルのイラストが浮かび上がる仕様です。

こんな遊びのある酒びんも作ることができるんですよ」

― 続いて加藤さんに伺います。

日本酒でも180ml,300mlといった小びんが増えてきていると思うのですが、実際のところはどうなんでしょう?

「日本酒を最近好きになった、もしくはこれから飲みたいなと思っている方にとって、四合びんはちょっと多すぎますよね。

大手の酒蔵を中心に、コンビニ等で“飲みきりサイズ”を販売するケースは増えていると思います。

その際、小さいサイズやスリムタイムの酒びん、中にはワインボトルを使うところもありますね。

今までの日本酒では考えられなかったガラスびんのカタチがどんどん登場していて、

各蔵が若い人に飲んでもらうための“工夫”を凝らしていると感じます。

ワインボトルを利用するケースは、海外市場を睨んでのことかもしれませんね」

時代に合わせて変化してきた酒びん。

そんな今、東洋ガラスが開発した“新しいコンセプトの酒びん”に注目が集まっています。

[小さな蔵にも“デザイン”を。オリジナル酒びんブランド「衣玻璃(きぬはり)」の挑戦]    

「酒びんにもいろいろな選択肢が増えていますが、“オリジナル型の酒びん”となると、まだまだハードルが高いのが現状です。

高額な金型を作らなくてはならず、最小ロットも数十万本。大手蔵はまだしも、中小の蔵にはちょっと手が出ないですよね。

印刷のみオリジナルで対応するにも、少なくとも数千~1万本は最低ロットとして必要になります。

だから、そのような蔵は“色”を選ぶくらいしか選択肢がなかったんです」と加藤さん。 

そんな小さな蔵にも、“びんを選ぶ楽しさを提供したい”と開発されたのが「衣玻璃(きぬはり)」シリーズ。

2015日本パッケージングコンテストにて「飲料包装部門賞」を受賞した東洋ガラスのオリジナルブランドです。  

「衣玻璃」はさまざまなスタイルの汎用デザインがびんに印刷されています。

ここに蔵元側でラベルを貼ることで、オリジナルデザインに近い酒びんができるんです。

今までになかった、新しい発想で開発されたこの商品について、発案者である加藤さんに詳しく話を伺いました。

―  まずは「衣玻璃」を開発するに至る経緯を教えていただけますか?  

「わたし自身、もともと印刷機の立ち上げをやっていたのですが、これはすごい技術なんです。

だからこそ、もっとたくさんの人、とくにオリジナルボトルをつくることが難しい中小の酒蔵さんにも印刷ボトルを楽しんでほしいと思い、企画しました」

― もともと日本酒の蔵元を応援したいと思っていたのですか?  

「東洋ガラスに入ったこともあって、日本酒がすごく好きになりました。

日本酒のいいところは、酒蔵によって味のバリエーションがたくさんあるところだと思っています。

大手メーカーはもちろん、小さいながらのこだわった酒造りをする酒蔵をパッケージの観点から応援したいと思っていました。

『衣玻璃』の出発地点はここですね」

― 開発段階で苦労されたことは何ですか?  

「弊社では基本的にB to Bの業務が中心で、エンドユーザーの方に直接商品を提供することはまずありません。

ですが、衣玻璃はB to Cのつもりで開発をしました。

どんな売り場に置かれて、どんな人がどんな気持ちで手に取るのかを徹底的に

考えてコンセプトをつくりましたが、普段とは違う発想なので苦労しました」

こうして生まれた「衣玻璃」のブランドコンセプトは3種類。  

日本らしい四季折々の季節感を演出する「四季玻璃(しきはり)」、

上質感・高級感を追求した「Classup」、女性らしいカラフルでポップなデザインの「Dressup」。

それぞれ加藤さんをはじめとする開発チームが何ヶ月もかけて創りあげたコンセプトです。

 

 

これら3つのブランドコンセプトは開発当初から変わらず残っていて!

これら3つのブランドコンセプトは開発当初から変わらず残っていて、この中でデザインを毎年リニューアルをしています。

 

従来の酒びんとはまったく異なる、洗練されたデザインですよね。

店頭で並んでいたらついつい手にとってしまいそうです。

「四季玻璃は、とくに日本酒の酒蔵を意識して開発しました。季節によって味わい方が違うのは日本酒ならではの面白いところ。

それをパッケージからも感じさせたいと思いました。

たとえば、春の新酒ならではの春らしいボトルで表現したいんです」 

 ― 現在、どのくらいの酒蔵に利用されているのですか?

「現在、全国で90社程度のメーカーさんに採用していただいています。

北は北海道、南は沖縄まで!沖縄では泡盛のほかにパイナップルリキュールでも使われているんですよ」

― 今後の展望を教えてください

「衣玻璃は、今は“限定のお酒”に使われることが多く、量販店ではあまり見られないんです。

酒蔵と新しいお客様とをつなげるボトルでありたいので、

できるだけたくさんのお客様に手にとっていただけるようにアプローチしたいと思っています。

また、衣玻璃を採用してくださっているお客様(酒蔵など)や、

エンドユーザーの方の声を反映して、新しいアイデアを盛り込んでいきたいです」


生活を彩るガラス瓶とは”容器と食器の中間”なのだと思う!

黒子からパートナーへ、生活を彩るガラスびん!”容器と食器の中間”なのだと思う!!

 

[黒子からパートナーへ、生活を彩るガラスびん]    

インタビューの最後に、大越さん・加藤さんが口を揃えておっしゃっていたのが

「ガラスびんは、生活に寄り添う容器なんだ」ということです。

「ガラスびんが他の容器とちょっと違うのは、ガラスびんは”容器と食器の中間”なのだと思うんです。

テーブルに置いて絵になる、食事のシーンにしっくりくる、そんな上質感がガラスびんの魅力だと思うんです。

食卓を彩る存在として、ガラスびんにもっともっと注目していただきたいですね。」と大越さん。

「ガラスびんって、生活のなかでのちょっとしたこだわりを伝えるものだと思います。

容器のなかでもそこが特徴的だと感じます。それに『衣玻璃』は捨てられないでしょ?

(笑) 自分でも欲しいな、と思えるものを開発したんです」と加藤さん。 

ただの容器ではなく、生活を彩るパートナーとしてのガラスびん。

その中の筆頭が、酒蔵にとってもユーザーにとっても新しい価値を持つ「衣玻璃」なのだと感じました。

日本酒が注目され、食へのこだわりが高まる今だからこそ、

それらを輝かせるガラスびんもさらに裾野が広がっていくことでしょう。 

黒子の容器から、食生活のパートナーへ。これからのガラスびんに注目です!    

SAKETIMES より。

 

 

ガラスという物体にはえたいの知れない部分がある!

ガラスという物体にはえたいの知れない部分がある!ガラス瓶の未来は暗くない!!

 

今日のまとめ。

The World in Jar! 

大瓶ビール=366ml には中身と瓶の重さがほぼ同じ物がある。

ああ、ガラス瓶。

重くてしかも割れやすいとは、なんて不器用な容器だろう。

でも待てよ。

それでも生き残っている君は一体―-。

ラムネ瓶が語るのは日本の美意識だ。

ガラスの球で炭酸水を封入する方式は英国の発明という。

だが本家では廃り、インドや日本に残るのみ。

球をコロコロさせるのが煩わしいし、洗浄も面倒だ。

それが日本に残った下地には「ビードロをめでる江戸ドのガラス文化と、風鈴の音に通じる球の音の爽やかさがある」と推理する。

古来、人類が親しんできた素材でありながら、ガラスという物体にはえたいの知れない

部分があることをご存知だろうか。ガラス瓶の未来は暗くない。

欧州13か国の25~65歳の男女1万人余りを対象とした19年実施の調査では、半数以上が3年前の調査より

「ガラス瓶製品の購入が増えた」と回答。9割が友人や家族に勧める「最高の包装材料」としてガラス器を挙げた。

地域単位でのリサイクルが可能なことなど、環境問題への意識の高まりが背景にある。

ガラス器の品物が人から人へと贈られたとき、その手に残る確かな感触は、大切な日の思い出となるだろう。

今、その重みに向き合うときかもしれない。

今日は瓶について記述してきましたが、古来人類が親しんできた

素材でありながら、ガラスという物体にはえたいの知れない魅惑的な部分がある!

そういう意味でもガラス瓶の未来は暗くない!

ガラスという得体の知れない魅力と言えるかも知れません!

その未来に注目してゆきましょう!!

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ABOUTこの記事をかいた人

私はかなり高齢な建築家です。出身は伊豆の湯ヶ島で多くの自然に触れて育ちました。少年時代の思い出も記事になっています。趣味が多くカテゴリーは多義に渡ります。今は鮎の友釣りにハマっています。自然が好きで自然の中に居るのが、見るのが好きです。ですので樹木は特に好きで、樹木の話が多く出てきます。 電子書籍作りも勉強して、何とか発売できるまでになりました。残り少ない人生をどう生きるかが、大事です。