カルタゴから遠く離れた・チュニジア!ザグーアン水道橋!なんと2世紀に建設された!

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「ザグアーン水道橋」で、現存する部分が20kmもあるそうです。


カルタゴから遠く離れた・チュニジア!ザグーアン水道橋!なんと2世紀に建設された!

 

今日の紹介はなんと2世紀に建設された

ローマ帝国最長のバドリアヌス水道橋のチュニジアに残る

「ザグアーン水道橋」で、現存する部分が20kmもあるそうです。

それについて解説してゆきます。

2世紀に建設されたローマ帝国最長のハドリアヌス水道橋。

チュニジアに残る水道橋部分は、「ザグーアンの水道橋」と呼ばれ、

現存する部分だけでも約20kmあると言われている。

かつて水はチュニジアを横断し、水源のザグワン山から80km以上離れたカルタゴまで運ばれた。

水道橋はわずかな高低差を利用して自然に水が流れるように設計されており

当時の土木技術の水準の高さに驚かされる。 

行き方ー羽田空港ーチュニス・カルタゴ空港=フランクフルト経由で約17時間。ー車で約一時間。 

NATIONAL GEOGRAPHIC  日経新聞。

 

 

ザグーアンからカルタゴまで全長132kmもあるローマ水道橋!!


ザグーアンからカルタゴまで全長132kmもあるローマ水道橋!ホテルは砦を改装したもの!!

 

[チュニジア2/ザグーアンの水道橋とケロアンのホテル] 

チュニジアに到着後、レンタカーを借りてザグーアンの水道橋経由で

最初の目的地ケロアン(カイルアン)に向かいます。

チュニジアは日本人にはあまりなじみがない国だと思います。なので、

まずは今回行った場所を地図に落としてみました。

初日は首都のチュニスの空港から青い線の道を移動してケロアン(地図ではケルアンと書いてある。

カイルアンとも表記されることもある)に向かいます。

[ザグーアン水道橋経由でケロアンヘ] 飛行機はドバイからチュニジアにやってきました。

初のアフリカ大陸です。

上空から見た感じも乾燥しているように見えます。

チュニジア到着後、レンタカーを借りて移動します。

ほかの人の旅行記に書いてあった「キャメルレンタカー」を借りました。

6日間で約15000円と格安でした。

チュニスを出るときに少し迷いましたが、

しばらくして、ザグーアンの水道橋に着きました。

ザグーアンの水道橋は2世紀作られたもの!!

ガイドブックによれば、ザグーアンからカルタゴまで全長132kmもあるローマ水道橋だそうです。

ケロアンへ向かう途中、道路わきに見ることができます。

さらに車を走らせると、サボテンに実がなっているところがありました。

そして、そのわきの道路です。見渡す限り何もない・・。

道路には積み荷を積みすぎたトラックが走っています。

この一台だけではなく、こんなトラックが結構走っていました。藁なんですかね?

こんなに積んで大丈夫なんでしょうか?・・・と思っていたら、積み荷が崩れて呆然としている人発見。

動物も普通に荷台に載せられています。チュニジアの道路標識が分からなかったり(看板ではなく、道路わきに石造り?

の小さい道標があるのに後日気づいた)、ケロアン市内に入ってからも道に迷って、

スクーターに乗ったおじさんに案内されて、チップをねだられたりといろいろあったものの、

何とかこの日の宿泊先のホテルに到着しました。

[ケロアンのホテル・ラ・カスバ] 

この日の宿泊先はホテル・ラ・カスバです。

このホテルはケロアンのメディナのはずれにある砦を改装して作られたもので

私たちにしては珍しく5★のホテルです。

史跡の中に宿泊できることと、

5★にしては安かった(2人で12000円くらいだったかと)ので泊まってみました。

(初日のこのホテルが一番いい宿で後はランクがさがっていくという・・)

ホテルの一角には石造りのお店がありました。

内壁のタイルがイスラム感あって良い感じです。

ホテルの一角には石造りのお店がありました。

こちらではミントティーが飲めました。

こちらではミントティーが飲めました。

中庭にはプールもありました。

ここはレストランかな?

初めてのイスラム圏だったので、夕食を食べようと思って外に出たところ、

今までと違う雰囲気が怖くて、何も食べずに帰ってきてしまいました。

翌日はケロアンを観光した後さらに南へ向かいます。  世界写真旅紀行記事より。

 

 

その一部は現在も使われている!!


現在20kmほど残っており、その一部は現在もなお使用されている!!!

 

ハドリアヌス水道(Aqueduct of Hadrian、チュニジア)とザクーアン水道橋

ローマ水道の中でも、水源から街までの距離が最も長いのがカルタゴ(現チュニジア)の街とザグーアンを結ぶもので、

132km(141kmの説もある)の長さがあるそうです。

2世紀に建築されたハドリアヌス水道(Aqueduct of Hadrian)は、その多くは地下を流れるので、

水道橋の部分は「ザグーアンの水道橋」と呼ばれ、現在20kmほど残っており、

その一部は現在もなお使用されているそうです。(驚き!)

一部は現在もなお使用されているそうです。

穏健な政策によって知られる五賢帝の一人のハドリアヌス帝は(76年~138年)は

ローマ帝国の第14代皇帝(在位:117年~138年)である。

彼の治世にはローマ帝国の領土は最大となっていて、

帝国の維持の難しさを感じていたようです。

ハドリアヌス帝自身、帝国各地を2度にわたって長期の巡察旅行を実施しています。

この旅は、帝国防衛の再整備、帝国の行政の調整、

帝国統合の象徴としての皇帝の周知、帝国各地の視察が目的であったようですが、

建設関係者が随伴し、先々で公共建設事業が行われることもあったとされています。

そして、このザグーアンの水源にハドリアヌス帝は

水の女神を祭った神殿を建てて水道工事の祈願をしたようです。

もし、それが本当ならザグーアンの水道橋も彼の在位期間に建設が始まった事に違いはないでしょう。

地方巡察で帝国拡大の限界を知り(防衛に必要な兵力や維持費等の負担増)、現実路線を歩もうとした彼の政策は、

繁栄享楽の中にあった元老院や裕福なローマ市民からは理解を得られなかったと言います。

(地方行政や経済システムの視察から、

すでにローマの衰退が始まっていたのを彼は感じていたのだろう。)

ローマ皇帝の業績をたたえる碑が乱立するローマにあって、

ハドリアヌスをたたえる碑がないのはそうした理由だという。

土地が高いところでは、地下に埋めた水道管に水を通した。

この水道管は、セメントに砂利などを混ぜたコンクリートの一種(ローマン・コンクリート)で防水されていた。

土地が低い所では、橋の上に水道を走らせた。

橋脚部分はエルトリア人が発明したアーチでささえられている。

ローマ帝国滅亡後にヴァンダル族により一部破壊されたが、

ビザンティン帝国時代に再建、アラブ時代にも度々補修され使われていたと言う事である。

意外に橋脚の部分が新しく見えたのもそのような理由かもしれない。

 

 

ザグアーン水道橋の堂々たる姿!


初代皇帝アウグストゥスによって街の再建!西方ローマ帝国では第2の都市にまで発展!!

 

ローマン・コンクリートはローマ帝国の時代に使用された建築材料で、現在のセメントにあたる。

火山灰を主成分したもので、現代コンクリートの倍以上の強度があったとされている。

水路の穴は、前回紹介したようにメンテナンスの為に人がもぐれる広さがあります。

さて、古代都市カルタゴは現在はチュニスの郊外12kmにある高級住宅地だそうですが、

地図の一番上にカルタゴとチュニスがアロマす!

起源は2800年前に遡るのだそうです。

BC814年にフェニキアの王女エリッサにより(植民都市として)建築され「カルト・ハダシュト(新しい街)」と名付けられ、

ラテン語読みでカルタゴと呼ばれるようになったそうです。

ポエニ戦争でハンニバルが負けるとローマ軍は、街を破壊し港を焼き、

カルタゴ人は虐殺されるか奴隷にされ、5万人以上がローマの捕虜となったようです。

カルタゴの土地には雑草一本すら生えることを許さないという意味で

塩がまかれたという説があるようですが、信憑性はないようです。

BC122年頃ローマ人の最初の植民が始まり、カエサル(シーザー)によって計画され、

初代皇帝アウグストゥスによって街の再建が実行し、ユリウス・カルタゴ植民市として、

以降北アフリカにおけるローマの最重要都市として位置付けられ、

西方ローマ帝国では第2の都市にまで発展したそうです。

考えていた以上に興味ある都市造りです。SFチックな古代映画に出てくる夢のような都市ですね。

それに引き替え今はフロリダか? と言う感じです。下が現在の状況です。  

RAKUTEN BLOG  歴史の旅記事より。  

古代のカルタゴの街に行ってみたかったですね。

 

 

2013年にはドォッガがに危険情報が出た!!


2013年ドゥッガに危険情報が出てしまい、行くことができません!!!

 

[幻想のチュニジア8日間<13>ザグーアンの水道橋] 

シディブサイドから、ドォッガの代替都市のチュブルボマジュスへ行く途中、ローマ時代の水道橋の跡を見ることができました~!

全長132キロという長さを誇る、世界最長のローマ水道だそうです!

残っている部分も20キロもあるそうで、車窓で眺めていてもすごかったです!

● 行程 ●

1日目: 成田発(ドーハで乗り継ぎ)チュニスへ   

2日目: チュニス着  着後、バルドー博物館観光後、スースへ   

3日目: スース旧市街観光  観光後、先住民族ベルベル人の村マトマタへ  

映画「スター・ウォーズ」のロケ地となった◎穴倉住居にてランチ   観光後、砂漠のオアシスの街ドゥーズへ   

ラクダに乗ってサハラ砂漠の夕陽ツアー(夕陽は見れず・・・)

4日目: サハラ砂漠の砂丘日の出観賞    その後、エルジェムの円形闘技場観光   観光後、ケルアンへ    

5日目: ケルアン観光   その後、地中海に面したフェニキア遺跡ケルクアンへ 観光後、再び首都チュニスへ   

6日目: 地中海を支配した都市国家カルタゴ観光へ    

その後、シディ・ブ・サイドの街並みを散策。 その後、チュブルボマジュス遺跡観光   

途中、ザグーアンの水道橋に寄り道。  

(本当はドゥッガ遺跡観光でしたが、外務省の危険情報発令で変更)   

7日目: チュニス旧市街観光をし空港へ

本当はチュニジアにある7つの世界遺産を見ることができるはずでしたが、 

2013/11/14にドゥッガに危険情報が出てしまい、行くことができませんでした。

ただ、2013/12/27にはこの危険情報は1ランク下がっています。

惜しかった…!

 

 

 

これを2世紀に作ったとは凄いことです!


ザグーアンやドゥッガなどを回・私は個人のツアーを利用!真ん中の筒状のものが水道カルタゴに向かう水の出発地!!

 

[ザグアーン水道橋]

こんばんは、Heleneですチュニジア旅行の目的は、

ザグーアンの水の神殿に行くことでしたチュニジアの治安とか色々言われていますが、

2019年11月末の段階で、私が感じたことは、女二人とか、小グループの旅行なら、

十分気を付けていれば大丈夫なんじゃないかということ

チュニジアの人々は、観光客がきてくれることに対して、とても喜んでいるし、

親切ただし、その大丈夫というのは、イタリアのパレルモとか、

ナポリの下町を歩き回るのと同じレベルということ盗難などに対する用心は必要と思うもちろん、

宗教的な配慮とかは当たり前とした上です

また、カルタゴやチュニスやシディ・ブ・サイドの観光は、

個人の旅行で大丈夫と思う地方の都市に関しては、

地域毎の違いがあるのでなんとも言えませんがチュニス近郊は落ち着いた感じでした。

とはいえ。

効率よく回りたかったので

ザグーアンやドゥッガなどを回るのに、私は個人のツアーを利用しました。

完全に私たちだけの貸し切りのツアーですが、

運転手さんに主要スポットにつれていってもらう感じですね

途中、ワガママも若干効きますし。

まあ。それはこの記事の最後の方で、チュニスからザグーアンに向かう途中、水道橋がいまも残されています。

ザグーアンから、カルタゴまで水を運ぶために、

ハドリアヌス帝が建設を決めたもの少し前まで、一部はまだ使っていたそうです。

ローマの土木技術はすごいというのを見せつけられます。

ローマの土木技術はすごいものがあります!!

そして、先に記事も書いたザグーアンの水の神殿

真ん中の筒状のものが水道カルタゴに向かう水の出発地がここというわけですね。

神殿の見取り図と、カルタゴまでの水道を説明した案内、後日向かう、

カルタゴのアントニヌス浴場に水を提供するために作ったとも言われてますが、

テルマエロマエというかどんだけ風呂好きなん?

ザグーアンは、バラの産地でも有名だそうで、

運転手さんにいって、バラのお菓子を売っている店につれていってもらった。

店内のショーウィンドウにはそのお菓子はなくて言ったら、

奥から大切そうに出してきた(笑) ザグーアンのバラは、ロサ・カニナとか、原種系らしい

お店に写真が貼ってありました。

この花がザグーアン山にあって、15キロ位の花から、

ペットボトル1本くらいしかローズウォーターはできないそう

そのローズウォーターを使ったお菓子が名物らしいけど、

普通のチュニジアのお菓子と比べるととても値段が高いそう 

(確かに普通のお菓子より10倍ぐらい高かった)

下の白いドーナツ型のお菓子で薄い皮の内側にローズの香りのあんが入ったもの 

(あんはアーモンドプードルを使ったものと思われる)

置いておくと、部屋がほんのりとバラの香りになり。

結婚式とか、なにかのお祝いのときにしか食べないみたい、

それを奇しくも、アンちゃんとの結婚記念日に買って、食べたって…

また、私は6日に開く予定だった日本のお茶会に出すために買ってきたのですが

お茶会の申し込み自体が一人しかいらっしゃらなかったので、お茶会自体がキャンセルになってしまいました。

申し込みをされた方には大変申し訳なかったですが。 

(パリでも何種類かお菓子を買ってきたんですけどね…) まあ、自宅でぼちぼち食べますわ 

外に向けたショーウィンドウに、見本的にそのお菓子が飾られています。

ザグーアンを出て、古代ローマ遺跡のチュブルボ・マジュスに向かいます。

その途中、ザグーアンからチュブルボ・マジュスへの水道があります。

丸い管状の半分地下に埋まった形で続いています。

 

 

ティボリやパンテオンのハドリアヌスの手のかかっものと同じ設計哲学?


ローマのインフラ整備はすごい!ハドリアヌスの手のかかっものと同じ設計哲学?!ハドリアヌスはすごい人だった!!

 

小川のところは小さな橋になっている。

ローマのインフラ整備はすごい、水の神殿にいた時、

私はその建造物を見てハドリアヌス帝を感じたの。

ティボリやパンテオンのハドリアヌスの手のかかっものと同じ設計哲学?

美学を感じて――ああ、ハドリアヌスだなぁーってつぶやいていた

私の過去生のヴィジョンのなかで、アンちゃんに監禁されて、

外に出ることができなくて自由が奪われて、それの原因の大本の張本人であるハドリアヌスに、

アンちゃんの目を盗んで話をしに行ったことがあって、

ハドリアヌスにとって、その時点の私は自分の愛人が興味を示した女で

その女は皇帝である自分と関わりを持ちたくないと思っているから、馬鹿ではないらしい

その愛人は表面上は問題がなさそうだけれど、子供の頃から性的に虐待され精神的に不均衡で、

若く精力があり余っていて、セックス依存症で相手を常に必要としている(今風に解釈すると)

でも、自分は忙しいし、それに付き合いきれないし、体調も悪いときがある。

それに、自分は肉体的というより、プラトニックな部分を大切にしている。

だから、愛人の性のはけ口が必要だけれど、相手は誰でもよい訳じゃない。

その相手が男というのは、自分と並ぶようで許せない

でも、女なら、自分以下だし、自分がコントロールできて、

クリーンな相手で、単なる性欲処理の決められた相手をあてがっておけばいい。

その相手に、愛人は精神が幼いがゆえにある種の自己顕示欲が加わって、

また同じギリシャ人ということで、フリーランスなヘタイラの血をひく

高級娼婦を選んできた古くは国家予算に匹敵するような

金を積まなければ手に入らないと言われたようなヘタイラを祖先にもって、

生まれたときから高級娼婦になるように育てられローマの貴族を

パトロンにしているそれが自分の女だということが自尊心をくすぐ、

それを与えておけば、愛人は満足して、落ち着くし、

その娼婦は教育を受けて、知識人と対等に話ができるらしいから

愛人にもなにかを教える家庭教師がわりになるかも知れない。

もっといえば、ギリシャ人の容姿端麗な愛人と娼婦の間に子供ができたら

、美しさは神的な領域になるのではないか、

とかさまざまな思惑があって愛人へのプレゼント的な扱いであったわけで、

私が話をしに行って通されたのは、ハドリアヌスの仕事場のような場所で、

そこでまだ建築途中だった別荘やその他さまざまな公共施設のプランを練ったり、

設計図を描いていて一人で作業をしているハドリアヌスの背中に、

アンちゃんの相手は呼ばれたら必ずするから、

自宅に帰してくれるように頼んでいる

でも。振り返ったハドリアヌスはまったく私の願いには答えないで、

自分の設計している建物のことを楽しそうに話していて仕方なしに私はそれに合わせるしかなくて、

私には選択肢がなくてアンちゃんが飽きるまで、

私はただそこに軟禁されて、

アンちゃんの相手をしなくてはいけないんだというのを暗に示されたようなそんな記憶なんだけど。

そんなことをつらつら、神殿で考えていたら

『そうなんだハドリアヌスはすごい人だったローマの力はあまねく広がって、

これはハドリアヌスの胸像!!

その富と力はきみがいま想像できるものを遥かに越えていた。

遺跡できみが見る豊かさなんてほんの一部に過ぎない。

私ははじめてあったときに、その世界の頂点に立つ人。

その人に惹かれて、その人の作る世界、その人の見る世界を一緒にみたいと思った。

私にとっては大切な、私の人生を変えた人だった。

それは君に感じる愛とは違った。

彼は皇帝で孤独で多くのストレスを抱えてもいた、

私はローマ人ではないし、

身分が低く私がどんなに頑張っても到達できるものには限度があるだけど。

私は彼を支えることで、彼の偉大な仕事に貢献できるそうも思った。

私が彼に感じていたのは私にまともな生き方を与え、チャンスをくれたことへの感謝と敬愛する気持だった。

私にとっては大切な人だったんだ。

君に感じたのは愛で、君と対等にありたい。

いや、君の愛と尊敬を得られるような、

きみが頼れるような人間になりたかったんだ。

ハドリアヌスと君と、

どちらも大切な人だったけれど、意味はそれぞれ違った。

これもハドリアヌスが手がけたもの?

だから、私は最後まで、彼から離れることができなかった』そんなつぶやきがでてきたり。      

オリーブの森の中で ブルース/モエントレーナQHTTレベル2プラクチショナーの日常 記事より。

今日は2世紀に建設されたローマ帝国最長のバドリアヌス水道橋のチュニジアに残る

「ザグアーン水道橋」について記述しました。

2世紀に建設されたローマ帝国最長のハドリアヌス水道橋は現存する部分だけでも20kmあるそうです。

改めて古代にこれだけの土木技術があったことに、

人類の歴史には計り知れない設計哲学があり改めて思い知らされました!!

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ABOUTこの記事をかいた人

私はかなり高齢な建築家です。出身は伊豆の湯ヶ島で多くの自然に触れて育ちました。少年時代の思い出も記事になっています。趣味が多くカテゴリーは多義に渡ります。今は鮎の友釣りにハマっています。自然が好きで自然の中に居るのが、見るのが好きです。ですので樹木は特に好きで、樹木の話が多く出てきます。 電子書籍作りも勉強して、何とか発売できるまでになりました。残り少ない人生をどう生きるかが、大事です。