ウルトラ重機・サターンVロケット!火星探査重機!果たして火星に行けるだろうか?

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これがSEV=スペースエクスプロレーションビーク! 


ウルトラ重機・サターンVロケット!火星探査重機!果たして火星に行けるでしょうか?!

 

ウルトラ重機=アポロ計画で使われたものと同型!

[サターンVロケット]  

全長:110m  重量:2900t  エンジン1個:8.4t。 

この重機は未来を切り開こうという意志が強い!田辺はNASAの重機を開発しているところへ向かった!

火星など7つ星を模したロックヤードと呼ばれる、場所にあったのは、カッコいいし、カワイイいし、レトロフィチャーば感じ。 

SEV=スペースエクスプロレーションビーク! 

全高:3.05m、全幅:3.96m、全長:4.48m、重量:2.99t。

惑星探査をするために開発された車両だ!

惑星探査をするために開発された車両だ!

6ヶ月の交渉を重ね日本クルーとして初めて撮影ができた。 

足元を支えるのは12本のタイヤで、小回りが効き、凹凸の多い地面を動き回れる。

この重機は火星に行ったら車体のようにいろいろなものを取り付けて、様々な作業をする予定!

とルシアン・ジャンキンさんはいう。

ブルトーザーのブレードを前につけたり、またロボットアームをつけることで、火星の岩を集めたりすることができる。

宇宙で使う重機を作り上げたい!

探査機ですが、超ウルトラ重機!!

田辺は日本人として初めてSEVに乗り込む。 

うーんこれは宇宙に来た気分ですよ。

操縦席の足元の角が丸く飛び出していて、この窓のおかげで見えにくいものも見える!

これだけ傾ければ、直接目視でボディの下も見ることができる!

構造全てに意味を持つ「SEV」は真空の宇宙でも耐えられるように、フロント部分は丸みを帯びている!

「SEV」は真空の宇宙でも耐えられるように、フロント部分は丸みを帯びている!

さらに居住性を高めるために様々なものが装備されている。

宇宙飛行士が最大で14日間住むことができるように、車内にベッドやトイレもある。

ジャイスティックを握ってごらん!

前進、バック、右、左!

おもむろに操縦の説明を始めた開発者。

さー行ってみよう!

電源はこれだ!

なんと運転させてもらえることになった!

操縦桿を握る田辺。

SEVが動き出した。

あー楽しい、火星に来た気分ですよ!

バッテリーを動力とし、力強く進んでいく!

正面にはクレーター状の穴が開いているが、大丈夫ですか!

オーわー凄いジェットコースターみたいな角度だ!

わー力強い!

全てのタイヤを一斉に90度傾ける!

横に動くとはカニか忍者みたいだ!

突然正面に障害物が現れた場合でも最短距離で避けられるように、直角に移動することができる!

まっすぐ行こう小高い丘も難なく登ってゆく!

うあーかなりな角度だ!

独立したサスペンションで確実に地面をとらえる!

火星はいろいろな凸凹がありますから!

パーフェクトとてもいいドライバーだ!

わー楽しい火星へ行きたくなった!!

NASAの計画では有人火星探査ミッションを行うのは2030年代!

火星の激しい温度差に耐えられるよう、外壁の性能を今後も向上させる予定!

運転は終わった!

地球に帰ってきました!

田辺!

楽しかった!

SEVを操作した田辺は、宇宙ステーションを組み立てたという重機の元へ向かった!

 

 


 

日本の空の玄関羽田空港![ハイリフトローダー]・コンテナを運び出す重機!!

 

身の回りの重機たちは、日本の空の玄関羽田空港!

年間の離着陸数は8000万人。

世界トップクラスを誇る!

しかもこの超過密空港は、到着からわずか1時間かからないうちに次の目的地に出発することもある。

旅客のスピードと安全を支えるのは、グランドハンドリングと呼ばれる移動スタッフと重機たちだ。

[ハイリフトローダー] 

これは車体の一部を上下させ旅客機に積み込まれたコンテナを運び出す重機。

羽田空港は国内屈指の流通拠点でもある!

乗客とその手荷物だけでなく大量の航空荷物も運んでいる。

飛行中のバランスが得られるよう、コンテナの一つ一つの重さを計算して積み込む場所が決められる。

旅客機の燃料の補給も行うことができる。

飛行中のバランスが得られるよう、コンテナの一つ一つの重さを計算して積み込む場所が決められる!

[サービサー] 

燃料タンクは翼の中。

駐車場の地下には張り巡らされたパイプラインから直接給油するシステムだ。

[エアポートマネージメントセンター]  

後れなど旅客機の運用状況をリアルタイムでは把握している。

発着の順番やゲートの変更があるとすぐに地上スタッフに指令が下される。

荷捌き所では大量の手荷物を出発便ごとに仕分けする作業が進む。

手荷物の入ったコンテナを運ぶのは一番後。到着地で最初に下ろすためだ。

コンテナ位入らない荷物や時間ギリギリに到着した人の荷物はバラで積む。

扉が確実にしまったことを確認したら出発時間。

旅客機を駐機場から滑走路へ押し出す[トゥーイングタグ] が連結された。

車体重量は50t~300tを超える大きさで旅客機を引っ張ることができる。

エンジンは大型建設機械にも使われる300馬力のディーゼルターボ。

運転席にはハンドルが2つで、前進でもバックでも運転しやすくする機能が備わっている。

地上作業員が整列して旅客機を見送る。手を振る合図は運行スタッフに支障がないことを指すサインでもある。

超過密空港羽田、究極のスピードと安全を保ち続けるため重機とスタッフたちの正確で無駄のない作業が続く。

NASAモックセンターの星出。

宇宙飛行士・星出彰彦さんはこれまで2度の宇宙飛行を経験している。

宇宙の重機を使いこなしたことで知られるその重機とは!

どのようなものか! 

[スペースシャトルモック]

内部を忠実に再願したという模型に星出さんが案内してくれた。

コントロールルームに早速上がってみると、スペースシャトルの操縦席だ!

宇宙飛行は実際にこの場所でトレーニングしてきた。

星出さんが本当に見せたいものは操縦席の後ろにあった「ロボットアーム」だ!

星出さんが本当に見せたいものは操縦席の後ろにあった「ロボットアーム」だ!

宇宙空間で掴んで動かして組み立てる。

宇宙ならではの重機。

ロボットアームを窓越しに操作、人工衛星の先端部に乗せ修理を行ったり、様々な難しいミッションを果たす。

ロボットアームはカナダに行けばみれる。

 

 

宇宙まで飛べるようになったのだ!次の世代のカナダアーム!

オタワ宇宙博物館!宇宙まで飛べるようになったのだ!次の世代のカナダアーム!

 

アメリカがカナダに頼った優れた技術とはどんなものか? 

田辺が向かったのはカナダ航空宇宙博物館だ! 

オタワ宇宙博物館ここからまさに空を飛ぶという人類の夢の、発展の様子が見れる。

宇宙まで飛べるようになったのだ。

[カナダアーム] 

全長:15m 外径:33cm 重量:410kg というロボットアーム。

このロボットが宇宙空間での難しいミッションを次々と成功させたのはなぜか? 

宇宙で使える電力は潤沢ではない。

カナダのアームは最小の電力で動かす力を持っている。

さらに関節が7つもあることで細かい動きにも対応できる。

その精度はミリ単位だ。

2011年7月に完成した国際宇宙ステーションはサッカーコートとほぼ同じ大きさの、

この施設の組み立てのほとんどをカナダアームが成し遂げた。

カナダアームはカナダのみんなが誇りに思っている!

博物館長のレオラルド・フォーティアさん。

カナダの紙幣にカナダアームが描かれている。一つの重機が紙幣にまでなっている。

続いて訪れたのはこの企業「トロント・カナダ・MDA」 でカメラクルーが入るのは初めて! 

まずはドレスアップが必要です。

小さな埃の侵入も許さない精密機の開発現場。 

田辺さんはお医者さんになってもらいます。

ここでは次世代のロボットアームの開発が進んでいた。

次の世代のカナダアームをお見せしましょう!

これが最新の「カナダ・アーム」で、一見するとこれまでと同じようだが、およそ8mだったアームがゆっくりと伸び、2倍の長さになった。

シャトルに大きな物を搭載するとスペースがたくさん必要になるので経済性が悪い。

小さいものだと少ないスペースで済むので経済性が良い。

いかに目的にフィットするかがとても大切!

コンパクトで自由度が上がる。 

さらにもう一つこの企業が将来を見据えて開発しているものがあった!

地球から遠隔操作ができるロボットアーム!

地球から遠隔操作ができるロボットアーム!

宇宙飛行士の船外活動は常に危険と隣り合わせで、園外活動に切り替えることで船外活動のリスクを回避することができる。

最後に開発者が見せてくれたものとは、ロボットアームの技術を転用して作られた、

医療分野の機械は、ミクロの単位の正確さが求められる脳外科手術!

スーパードクターが地球の裏側からでも手術ができる未来の夢の手術!!

僕たちのロボットアームの技術は宇宙だけでなく医療、テーマパーク、鉱山など様々なものに役立っている!

最先端の技術を注ぎ、夢をつかむ宇宙の重機!! 

試行錯誤を重ねながら日々前に進んでいく!いつか人類は当たり前のように宇宙で生活するだろうか??

その時は最先端の技術を注いだ究極の重機が僕たちの多くな味方になるだろう!!

目の前にある未来を重機が力強く改革してくれる!!!   

終わり!

 

 

サターンV・アメリカ合衆国のアポロ計画およびスカイラブ計画で使用!

サターンV・アメリカ合衆国のアポロ計画およびスカイラブ計画で使用!!!

 

サターンV(サターンファイブ、Saturn V)は、1967年から1973年にかけてアメリカ合衆国のアポロ計画およびスカイラブ計画で使用された、使い捨て方式の液体燃料多段式ロケット。

日本では一般的にサターンV型ロケットと呼ばれる。

[概要]  

月飛行用ロケットとして知られており、アメリカ航空宇宙局(NASA)が6年間で計13機のサターンVを発射した。

その間、搭載物が失われるような大きな事故は一度も起こっていない。

全高、総重量、ペイロード(搭載物重量)などの項目で、史上最大のロケットである。

これらは、ギネス世界記録として認定されている。

後に、旧ソビエト連邦でエネルギアが開発され、離床推力でわずかにサターンVを上回ったが、

1980年代に2回試験飛行を行っただけで、後に計画自体が中止されたため、こちらは実用ロケットとは言い難い。

サターン・シリーズの旗艦であるサターンVは、ウェルナー・フォン・ブラウン博士の指揮の下、

ボーイング、ノース・アメリカン、ダグラス、IBM等が元請け企業となり、

アラバマ州ハンツビルのマーシャル宇宙飛行センターにおいて開発が進められた。

各三段のロケットはそれぞれの担当企業によって製作されたが、最終的にそれらを引き取り組み立てる作業はボーイングが行った。

[背景]   

1957年10月4日、旧ソビエト連邦が史上初の人工衛星となるスプートニク1号を打ち上げた。

当時アメリカ合衆国上院の院内総務を務めていたリンドン・ジョンソンはその時の印象について以下のように回想している。

「我々は大変な衝撃を受けた。アメリカ以外の国が、偉大な我々の祖国よりも

優位に立つ技術を開発することが可能であることを知ったからだ」

だがスプートニクの衝撃は、それだけでは終わらなかった。

1961年、ユーリイ・ガガーリン飛行士がボストーク1号で世界初の有人宇宙飛行を行ったことにより、

ソ連が宇宙開発競争においてアメリカをリードしていることを思い知らされたからである。

これを受け、1961年5月25日、米国大統領 ジョン・F・ケネディは、1960年代の終わりまでに人間を月面に到達させる声明を発表した。

とはいえ、その時点でアメリカが行った有人宇宙飛行といえば、マーキュリー計画の最初の有人機(フリーダム7)で

アラン・シェパード飛行士が行った、わずか15分間の弾道飛行のみであった。

当時のアメリカには、有人宇宙船を月まで到達させることができるようなロケットは存在しなかったのである。

開発中の大型ロケットサターンIを複数機使用すれば、軌道上に月飛行用の宇宙船を打ち上げることは可能だったが、

同機が初飛行するのは、この5か月後の10月27日のことであった。

サターンVはいまだ白紙の状態だったが、後に同機に使用される強力な

F-1ロケットエンジンは既に開発されており、燃焼試験も行われていた。

アポロ11号の発射!

[計画の概要]   

計画の初期段階で、NASAは月飛行について、以下の4種類のプランを持っていた。

「直接降下方式」   

地球周回軌道ランデブー方式(Earth Orbit Rendezvous, EOR)

「月面ランデブー方式」    

月周回軌道ランデブー方式(Lunar Orbit Rendezvous, LOR)    

プラン1は巨大ロケットを使用して直接月面に着陸するもの、プラン2は地球周回軌道上に

二機の宇宙船を二度に分けて打ち上げ、ドッキングさせてから月面に向かうもの、

プラン3は二機の宇宙船を続けて打ち上げ、燃料を搭載した無人の宇宙船が先に月面に到達し、

その後人間を乗せた宇宙船が着陸するもの、

プラン4は一回の発射で母船と月着陸船をまとめて打ち上げ、着陸船のみが月面に降り立ち、

月周回軌道でランデブーとドッキングを行ってから地球に帰還する、というものである。

NASAは当初LOR案については、「ランデブーやドッキングは地球周回軌道上においてさえも行われたことがなく、

まして月周回軌道上で行うのはリスクが大きすぎる」として排除していたが、

ラングレー研究所のジョン・フーボルトや、ラングレー調査センター技術士のジョン・ヒューバート、

NASA事務官ジョージ・ローなど何人かのNASAの役人は、LOR方式こそが最も単純な方法であり、

コストの面から見ても、(そしてこれが恐らく最も重要なことだが)

60年代中に月面着陸を成功させるという目標を達成するにも、最良の方法であると主張した。

やがて他の官僚たちもそれを確信し、1962年11月7日、LOR方式が計画の基本方針として正式に採用された。

これらはアポロ4号からスカイラブまでがずらりと並ぶ!

[開発]    

[C-1からC-4へ]    

1960年から1962年にかけて、マーシャル宇宙飛行センターは多目的ロケット開発に関する様々な構想を描いていた。

そのうちC-1と呼ばれていたプランは、後にサターンIとして実現する。

C-2と呼ばれるプランは、第一段に2基のF-1、第二段に4基のJ-2、第三段に6基のRL-10を使用するもので、初期段階でC-3案に吸収された。

NASAは当初、C-3案のロケットを4機から5機使用して月飛行用宇宙船を建設する、

地球周回軌道ランデブー方式を計画していたが、その時すでにマーシャル宇宙飛行センターは、より大きなC-4ロケットを計画していた。

C-4は第一段に4基のF-1、第二段はC-3の二段目の拡張型、そして第三段はJ-2エンジンを搭載したS-IVBを使用するものである。

この方式であれば、使用するロケットは2機で済むことになる。

[C-5]   

1962年1月10日、NASAはC-5ロケット計画を発表した。

C-5は第一段に5基のF-1、第二段に5基のJ-2、第三段に1基のJ-2を使用するものである(これがそのまま、サターンVのデザインとなった)。

C-5は月飛行のために必要なより高い搭載能力、特に月軌道に41,000kg以上の衛星を投入できる能力を持つものとしてデザインされた。

ただ第一号機を製作する前には、各部分の試験を積み重ねていかなければならない。

第三段ロケットはC-IBの第二段としても利用できるもので、

C-5の概念と実行可能性を証明しなければならないが、同時に開発を継続するために検討されるべきデータも提供しなければならない。

また有人飛行の前の無人発射実験の回数を減らすためにも、ロケットの各段を別個に試験するのではなく、

すべての段を一度にまとめて発射試験してしまうほうが望ましいと判断された。

1963年初頭、C-5はアポロ計画のための正式なロケットとしてNASAに追認され、同時にサターンVと命名された。

[技術]   

サターンVのその巨大なサイズと搭載能力は、それ以前に発射されたいかなるロケットをもはるかに凌駕するものであった

サターンVロケット!アポロ10号!

全長は110.6m、直径は翼部分を除いても10m、ロンドンのセント・ポール大聖堂とほぼ

同等サイズで、総 重量2,721トン、低軌道に118トンの人工衛星を打ち上げる能力を持つ。

VAB(ロケット組立棟)から出庫されるときには、ドアとの隙間は1.82mしかなかった。

ちなみにアメリカ初の有人宇宙飛行フリーダム7に使用されたレッドストーンロケットは、

第三段S-IVBよりも3.4m高いだけで、出力はアポロ司令船に設置されている

緊急脱出用ロケット (Launch Escape System, LES) よりも小さかった。

サターンVは主としてアラバマ州ハンツビルのマーシャル宇宙飛行センターでデザインされたが、

推進機関を含む多数のシステムは、下請け企業によって設計された。

強力なF-1エンジンとJ-2エンジンは、地上で燃焼試験をする際は、近隣家屋の窓を破壊してしまうほど強力であった。

技術者たちは、当初からサターンIで使用された技術を可能な限りサターンVに共有しようと試み、

実際に第三段のS-IVBは、サターンIの第二段S-IVを基礎にして開発されたものであった。

自動制御装置も、サターンI独自に使われていたものが共有された。   

後略  ウイキペディア。

 

 

斜面をものともしない!SEV=スペースエクスプロレーションビーク!

SEV=スペースエクスプロレーションビーク!!!

 

今日のまとめ。

ウルトラ重機=アポロ計画で使われたものと同型!

[サターンVロケット] その名は SEV=スペースエクスプロレーションビーク! 

足元を支えるのは12本のタイヤで、小回りが効き、凹凸の多い地面を動き回れる。

操縦席の足元の角が丸く飛び出していて、この窓のおかげで見えにくいものも見える!

これだけ傾ければ、直接目視でボディの下も見ることができる!

身の回りの重機たちは、日本の空の玄関羽田空港!

ハイリフトローダー] これは車体の一部を上下させ旅客機に積み込まれたコンテナを運び出す重機。

[エアポートマネージメントセンター]  後れなど旅客機の運用状況をリアルタイムでは把握している。

オタワ宇宙博物館ここからまさに空を飛ぶという人類の夢の、発展の様子が見れる。宇宙まで飛べるようになったのだ。

このロボットが宇宙空間での難しいミッションを次々と成功させたのはなぜか?

最新の「カナダ・アーム」で、一見するとこれまでと同じようだが、およそ8mだったアームがゆっくりと伸び、2倍の長さになった。

サターンVは、1967年から1973年にかけてアメリカ合衆国の

アポロ計画およびスカイラブ計画で使用された、使い捨て方式の液体燃料多段式ロケット。

今日は火星探査ができる!

[サターンVロケット] 

でSEV=スペースエクスプロレーションビークを見てきましたが。

いつの日かこの重機で火星探査ができる日が、必ずくると思っています!

その時まで、私が生きていられるかが問題ですが??

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ABOUTこの記事をかいた人

私はかなり高齢な建築家です。出身は伊豆の湯ヶ島で多くの自然に触れて育ちました。少年時代の思い出も記事になっています。趣味が多くカテゴリーは多義に渡ります。今は鮎の友釣りにハマっています。自然が好きで自然の中に居るのが、見るのが好きです。ですので樹木は特に好きで、樹木の話が多く出てきます。 電子書籍作りも勉強して、何とか発売できるまでになりました。残り少ない人生をどう生きるかが、大事です。