ふるさと・福島!心の底の味と匂い!Gourmet!自分がおいしいと思う料理をつくりお客様にぶつける!遊び育ったのが原点!

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「ヒラメのポワレ、キャベツソース」は「旨いキャベツと出会って」できた冬の料理!


ふるさと・福島!心の底の味と匂い!Gourmet!自分がおいしいと思う料理をつくりお客様にぶつける!遊び育ったのが原点!

 

いつまでも真っ白な気持ちのまま、初心を続けたい。

田代和久さん70 が決意を名前に込め、フランス料理店「ラ・ブランシュ」を東京青山学院西門前に開いたのは1980年だった。

以来35年、調理場にみなぎる熱気と緊張感は創業時と変わらない。

田代さんの動きを一瞬んも見逃さず、三人のスタフがきびきびと作業する。

ここから多くのシェフが巣立って活躍し、今も修行を希望する若い料理人が全国から集まってくる。

「自分がおいしいと思う料理だけをつくり、お客様にぶつける。

わがままかもしれませんが、毎日がその繰り返しでした」。

そう話す田代さんが歳を重ねるにつれ実感するのは、「追い求めるフランス料理と、子供の頃親しんだ味と一体感が強まっている」ことだ。

田代さんのふるさとは、「東洋一」と称された絹織物の産地、福島県川俣町である。

山で遊びまわって育った6歳までの味覚が、料理人としての原点となった。

「春には裏の竹藪でタケノコ掘り、夏は川で唇が紫色になるまで泳ぎ疲れたら、

おやつに冷やしておいたきゅうりに味噌をつけてバリバリかじった。

湧き水を手ですくって飲むとほのかに苔の匂いがして、フキの葉をひしゃくにすくうと

フキの香りが加わり、うまさがふくらむ。幼児期の思い出は話し出すと止まりません」

心の奥底に常にある味と匂いと情景が、新しい一皿に結実する。

夏になると作るきゅうりソースは川でかじったきゅうりの青臭い爽やかさを蘇らせた。

「川俣シャモの黒米詰めロースト、ゴボウトリュフソース」は、母が秋に作ってくれたキノコ飯から組み立てた。

川俣シャモ黒米詰めロースト、ゴボウトリフソース!

土地でイノハナと呼ぶ野生の香茸と刻んだゴボウ、鶏肉を炊き込んだご飯は黒っぽく、マツタケをしのぐ香り高さだった。

川俣シャモは町が開発した地域ブランドの地鶏で、身が締まり、余韻が長い。

福島第一原発の事故で町の一部が避難指定区域に指定されたため風評被害を受けたが、

田代さんが愛用していることは品質と安全性の保証に一役買っている。

川俣高校を卒業後、田代さんは小さくとも一国一城の主になろうと、料理人を志した。

都内のレストランと洋菓子店で経験を積んで29歳で渡仏、各地で3年間修行した。

ラ・ブランシュの開店当初はフランスそのままの料理を忠実に再現したが「皿の上に自分がいない」感じがあった。

毎朝築地の市場に通い、地の魚、旬の野菜の素晴らしさを知るうちに、「たった3年いただけでフランスの何がわかる。

だからさらに癖がある。

味噌汁とおしんこで育った日本人としての味覚とフランスで学んだ技術をもっと近づけられないか、考え始めました」。

そんな時本を出さないかと話があった。

店を開いて1年足らずで「これがフランス料理」だと断言できる調理を作る自信がなく、一度は断った。

だが思い直して1週間店を閉め、5年ぶりにフランスを訪れ、人気の高いストランを昼夜、食べ回ると「どこもおいしかった」。

現在進行形のフランスの味をおいしいと感じられたことで、「自分の味覚を信じられるようになった。

ふるさとの味を大事にしながら、フランス料理のテクニックを使っていこうと考えが決まったんです」。

それからの田代さんは自分の感覚を正直に出し、誰の料理にも似ていないスペシャリティを数多く作り出してきた。

いつも頭の中の引き出しには無数の記憶が渦巻いていて、「これは!」という食材に出会うと

スパークするように結びつき、つくりたい料理のイメージが出来上がる。

「今の皿の上には6歳の僕も、フランスにいる僕も、70になった僕も全部が混じり合って偽りのない自分がいます」。

そう語る田代さんは、時間を見つけては美術館に足を運び、俳句を読む。

赤いエプロンは還暦祝いに贈られたもの!これが田代さんのスタイルだ!

「ドキドキする心は持ち続けないと料理をやる意味がない」。

日々の感動の積み重ねがみずみずしい感性を支えている。

東日本大震災後、相馬市の漁港を慰問して「イモの煮っころがしのような懐かしい味がする」フランスの田舎スープを作った。

おにぎりも凍る寒さの日だったが、食べているうちに皆の表情が和らぐのがわかった。

被災した料理人が2人いて、「店が流されてもうやめようと思っていました。

でもやっぱり料理人はすごい。

もう一度やります」と言ってくれた。

コロナ渦で長く戻れていなくても、ふるさとの情景がまぶたから消えることはない。

コロナの被害は大きいが、人の心を励ます料理の力を信じて、ゆっくり頑張ろうと思っている。   

食文化研究家 畑中三応子  山田麻那美撮影 日経新聞。

 

ではこれに関連する研究をしてゆきます。

 

 

俺は茸になるのだ!●古川さんと 茸!

俺は茸になるのだ!●古川さんと 茸!茸は放射性物質を吸収しやすいとされています!

 

[俺は茸になるのだ!]   

「ふるさと福島360km魂の徒歩=かち を語る」   

去年9月のある日曜日の早朝でした。

NHKをつけると、作家・古川日出男さんが厳しい表情で道路を歩いているのです。 

聞いていると、7月23日から8月10日の19日間、福島県を南北に走る2つの国道、

4号線(中通り)と6号線(浜通り)を南から北へ、そして北から南へと、身ひとつで歩いた、と。

去年の夏はいつに増して苛烈な暑さでした。

福島でも最高気温は連日30度を超え、8月10日に至っては36.7度。

「微熱か?」と言いたくなるような温度です。

そんななか、しかも除染廃棄物を積んだ

ダンプが土埃をあげながら脇を飛ばしていく道を54歳の古川さんが歩いていました。

その距離280キロ!

この夏の徒歩に加えて秋にさらに80キロを歩き、最終的に360キロにおよんだ

旅の記録を古川さんはこのほど、初のルポルタージュ『ゼロエフ』にまとめました。

旅の記録を古川さんはこのほど、初のルポルタージュ『ゼロエフ』にまとめました!


(3月3日、講談社より刊行)。  

なぜ、そんな過酷なことを? 

徒歩の末に作家は何を思ったのか? 

東日本大震災・福島第一原発事故から 10年を前にした3月6日、 古川さんにたっぷり語っていただきます。

[●古川さんと 茸]   

まずは、夏の激烈な徒歩の一端を動画でご覧ください。

このとき、古川さんが直面していた危険は ふたつ――交通事故と熱中症。命を危険にさらしてまで、作家は何を求めたのでしょう。

ひとつの鍵は茸です。

この本で初めて明確に文章にされたそうなのですが、古川さんは福島県郡山市のシイタケ生産家に生まれました。 

チェルノブイリ原発事故のときも大きな話題になりましたが、茸は放射性物質を吸収しやすいとされています。

家族が茸を育てていることが、古川さんが福島を見つめる眼差しに影響しないはずがありません。 

もうひとつの鍵は、古川さんが18歳で福島を出た東京在住者であること。

後にした生まれ故郷との距離のとり方はそれぞれに複雑なものですが、肉体を限界まで酷使した古川さんの徒歩もその複雑さのひとつの現れでしょうか。

そして徒歩の途中途中で、古川さんは多くの人の声に耳を傾けます。

福島の人は作家に何を聞いてもらいたかったのか。そして作家は何を「残そう」と思ったのか。

[●『平家物語』へと通じるもの]    

2018年、古川さんは、ほぼ日の学校「シェイクスピア講座」に講師として登壇してくださいました。 

その時のテーマは「『平家物語』と『蜘蛛巣城』と『マクベス』」。

長い長い『平家物語』を、すべて手書きで現代語訳した古川さんは、

いつも肉体を酷使することで思索を深めているように見えます。

手を使って書くことで鎮魂し、歩いて書くことで、そこにいない人と対話する。

今回の作品でも、古川さんの思いは『平家物語』が書かれた時代の人々に向かいます。

古川さんの証言を聞き、情熱ほとばしる朗読を聞いて、あの日から10年の

福島に思いをはせたいと思います。ぜひごいっしょに考えましょう。   

古川日出男 ふるかわひでお 小説家。

古川日出男 ふるかわひでお 小説家!

早稲田大学文学部中退。1998年『13』で作家デビュー。

主な著書に『アラビアの夜の種族』(日本推理作家協会賞、日本SF大賞)、

『ベルカ、吠えないのか?』(直木三十五賞候補)、

『LOVE』(三島由紀夫賞)。

古川版『源氏物語』ともいえる『女たち三百人の裏切りの声』で野間文芸新人賞と読売文学賞を受賞した。

文学の音声化にも積極的に取り組み、2007年、雑誌『新潮』に朗読CD「詩聖/詩声 日本近現代名詩選」を、

2010年には『早稲田文学』に朗読DVD「聖家族voice edition」を特別付録として発表している。

2016年、『平家物語』を現代語訳(池澤夏樹=個人編集『日本文学全集09』)。

1966年生まれ。    

古川日出男のトークイベント より。

 

 

同じ料理でも名前が変わるとおいしさがクァ流!


料理を「おいしい」と感じる脳の仕組みとは?!脳は結構ダマされやすい?!

 

[料理を「おいしい」と感じる脳の仕組みとは?]    

私たちが、日々の食事で感じる「おいしさ」。

あなたは体のどの場所で「おいしさ」を感じていると思いますか?「

味」は舌で、「風味」は嗅覚で感じていますが、おいしいという判断の大部分は

『脳』自身が担っていることが、最新研究で分かってきました。

脳の仕組みを知れば、あなたにとっての「理想の食」に近づくヒントが見つかるかもしれませんよ!

[脳は「情報」を食べている!?]  

  おいしさを感じるのは脳!

番組では、脳が感じるおいしさの不思議を実感するため、ある実験を行いました。

20代から40代までの男女30人に集まってもらい、AとB、2つのグループに分けます。

みなさん全員に、同じ食材を使ったポタージュスープとペペロンチーノを食べてもらいました。 

実験で提供した、ポタージュスープとペペロンチーノ

すると、食べた料理は全く同じなのに、感想がまるで違いました!

Aグループは「味が薄い」「クスリ的な味がする」と不人気。

一方のBグループは「後味が良かった」「優しい味でした」と大好評だったんです。

一体、なぜなんでしょう?

実は2つのグループ、食べるときに伝えられた「料理の名前」が違ったんです。

例えば、スープは、Aグループには「低脂肪ごぼう健康スープ」、

Bグループには「鳴門鯛のダシたっぷりポタージュ」。

パスタは、Aグループには「パスタ風ズッキーニと大根の炒め物」、

Bグループには「モチシャキ2色麺の創作ペペロンチーノ」と伝えられていました。

どちらがおいしいそうかと聞かれたら、皆さんも、Bグループの方だと感じるのではないでしょうか。

実際、料理の名前を「おいしそう」にするだけで、食事に満足する人の割合は、

Aグループが60%なのに対し、Bグループは87%と上昇しました。

私たちは、自分の舌や嗅覚より、人から与えられる情報でおいしさを感じるという、不思議な能力があるのです。

同じ料理でも名前が違うとおいしさが変わる!? 

同じような社会実験がアメリカで行われていて、その成果が確かめられています。

世界的な研究機関「better buying lab」では、世界有数の企業やホテルと手を組み、人気の薄い

ヘルシーな料理をどうにかしてお客さんに食べてもらおうとある試みを行いました。

それは、「料理の名前を、美食をイメージさせるものに変える」だけ。 

例えば「肉なしソーセージ」という料理名を、ソーセージ作りで有名な地域名をつけた

「カンバーランド地方のスパイス野菜ソーセージ」にネーミングチェンジ。

たったそれだけのことで、ヘルシーメニューの売り上げは76%もアップ!

人は伝えられる情報だけで、簡単に感じる「おいしさ」が変わってしまうんです!

[脳は結構ダマされやすい?]   

そのとき私たちの脳では何が起きているのか。

最新研究で、実験からわかってきました。用意したのは、同じ苦さの2つの液体。

ただし、一方は「強い苦味」、もう一方は「弱い苦味」だと被験者に伝えます。

2つの液体を飲んだ時の脳の活動を調べると、興味深い結果が得られました。

注目したのは、苦味に対する嫌悪感を生み出す、「扁桃体」と呼ばれる脳の部分の反応です。

「強い苦味」と伝えられた液体を飲むと、扁桃体は強い嫌悪感を示しました。

ところが、同じ苦味の強さなのに「弱い苦味」だと伝えられた液体を飲んだ後は、嫌悪感が大きく弱まったのです。

あなたはどちらが苦そうに感じますか? 

あなたはどちらが苦そうに感じますか?

このとき脳全体の活動を見ると、もう一つ、活発に働いている場所が見つかりました。

それは、「眼窩前頭皮質(がんかぜんとうひしつ)」。

眼窩前頭皮質は、味覚や嗅覚の情報だけでなく、体の五感全ての情報が集まる仕組みになっています。

そのため、「苦くない」という情報を事前に伝えられると、眼窩前頭皮質はこれから口にする味を「苦くない」と予測。

その後実際に苦い液体を口にしても、「苦くない」という判断を下すことが確かめられたのです。

苦手な食べ物がある人も、誰かに上手に料理してもらって、「これはおいしいよ!」と

言われて口にしたら、脳が「おいしく」感じてくれるかもしれませんよ!

[「同じ釜の飯を食う」と愛情ホルモンが出る!?]    

誰かと一緒に食事をとることも、脳にとっては重要な意味があることが分かってきています。

それを教えてくれるのが、人類と共通の祖先を持つチンパンジー。

地球上の多くの生物は、食べ物を分かち合うのは、血のつながった家族の間だけです。

一方、チンパンジーはまれにですが、人間と同様、家族以外の仲間とも食べ物を分かち合うことが確認されています。

そのとき、体の中ではある特別な物質が働いていることが突き止められました。

その物質とは、脳から放出される「オキシトシン」というホルモン。

「愛情ホルモン」とも呼ばれ、通常は毛づくろいなど相手と触れあった時に出て、

相手への愛情や信頼感を強める働きをしています。

ところが詳しく調べると、「毛づくろいしているとき」よりも、

「仲間と食べ物を分かち合っているとき」の方が、およそ

2.5倍も多くオキシトシンが出ていることがわかりました。

「一人で食べるとき」に比べても、5倍の量に達しています。

家族であるなしを問わず、食を分かち合うことが、

団の絆を強めるというとても有益な効果を生んでいたのです。 

食を分かち合うことが、絆を強めるというとても有益な効果を生んでいた!

研究を行った、ドイツ・マックスプランク研究所のローマン・ウィッティグ博士は、食を分かち合うことで

脳がオキシトシンを作る出す仕組みを、私たち人間はさらに強めていったと考えています。

『「食を分かち合う」とは、互いの絆を強めることです。それによって、

仲間を増やせるだけでなく、共に助け合って生きていけるようになります。

食を共にすることで絆を育むこの仕組みは、人類の繁栄にとって非常に重要なのです。』 

誰かと共に食べることで、脳が反応し、互いの絆を深めてくれる。

そう思うと、何だか誰かを食事に誘いたくなりませんか?    

NHK おうちで学ぼう より。

 

 

人のために料理することは、自分を豊かにする!料理は育てること!

人のために料理することは、自分を豊かにする!料理は育てること!!

 

[人のために料理することは、自分を豊かにする。メリットを調べてみた]    

この慌ただしい日々の中で、とくに家族を養っている場合には、料理をする時間をつくるのが難しい。だけど…

この慌ただしい日々の中で、料理する時間をつくるのが難しい。

とはいえ、とくに家族を養っている場合、日々の食事は欠かせない。

もちろん、誰かのためにパンを焼くのは楽しいが、ときには料理が面倒に感じられることもある。

人は忙しいスケジュールをこなしながら、料理を日常にとりいれるための方法を常に探している。

だから「つくりおきレシピ」や「鍋ひとつで夜ごはん」

「2つの材料でできる料理」といった、簡単なレシピに人気が集まるのだ。

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簡単なレシピも役立つが、これまでの視点で欠けていたのは、料理の真の効果なのかもしれない。

調べてみたところ、誰かのために作る料理には、前向きな心理的メリットがあるらしい。

この事実を知れば、私たちは以前よりキッチンに向かうのが楽しくなるだろう。

人のために料理をするのは利他主義的だが、それだけではない。

人のために料理をするのは利他主義的だが、それだけではない!

料理をすることもそうだが、他の人のために行動することは利他主義のひとつの形だ。

そして利他主義は、人を幸せに、そして他人とつながっている気持ちにさせる。

「他人のために料理をする行為には、自信をつけたり自尊心を持ったりするのに大きな効果があります」と、

医療ソーシャルワーカーで料理セラピストのジュリー・オハナ氏は説明する。

「そして、(誰かを)すごく良い気分にする何かを(自分で)できる、ということが、

自信につながっているのです」人のために料理をすることは、育てることであり、

生命を維持することであり、生きていくのを助けることなのだ。    

[料理は育てること]    

「人に与える行為は、さまざまな形で私たちを満たします」と、

レスリー大学のアートセラピー修士号を持つ料理セラピスト、マイシャル・アヴィシャイ氏は説明する。

「料理の場合はさらにそうです。

なぜなら、料理は生きるために必要なことだからです。

この充足感は、非常に原始的な意味で、人を『助けた』という事実からくるのです」 

「生命を維持する食べものを、生き残るために必要なものを提供することで、

人を助ける社会的な支援をしているのです」と、アメリカ科学財団大学院研究員

であるマシュー・リッチオ氏はハフポストUS版に語る。

「そのような行為をすることは、信頼、コミュニティ、目的、帰属意識、親近感、そして親交を高めるのを助ける可能性があります。

これらすべては幸福感の増幅、うつの減退、また一般的な健康状態の向上に関係しています」と、リッチオ氏は説明した。 

マイケル・ポラン氏は、ザ・ボストン・グローブに対し、

「料理は私たちに食事をもたらし、食事は私たちに文明をもたらした」

という言葉で、最も適切に表現した。

人とつながっているという気持ちは、長寿や高い幸福感などに非常に良い効果をもたらすという。

[料理は絆を作り出す]    

「人のために料理をしている場合、その行為の最中に、その人がいなくても、あなたが愛を表現し

、誰かを愛おしいと思うことで、ちゃんと親近感が生まれてきます」と、リッチオ氏は語る。 

「それはとても親密な行為です。誰かに対して、その人が必要としている何かを提供することは、

あなたがその人を支え、支援していることをちゃんと表していて、幸福感や前向きな成長、

親近感といったものを、すごく高める種類の行動なのです」 

人のために料理をすることは人間関係を築き、強める手助けになる。 

「人のために料理をすることは、絆を作り出します。料理は心を満たす、また意義のある行為なのです」。

料理セラピストであり、テルアビブ大学のボブ・チャペル社会福祉事業学部の博士である

アイエレット・バラック・ナウム氏はハフポストUS版に語った。

[料理は自己管理でもある]  

  料理は自己管理でもある!

自分の生命を維持する行動と、時間をかけて食事を提供するのには意味がある。

「料理には自己管理の要素があります」。

ノーサンプトン・カップル・セラピー・センターの医療ソーシャルワーカー、ネドラ・シールド氏は話す。

「自分のために良い食べものや、自分を良い気分にする食べものを料理していると、

料理は文字通り滋養に富んだものとなります。

それは大切なことなのです」自分のために料理し、より健康的な食生活を送ることは、

外食をしないだけではなく、『自分は大切』というメッセージを自分自身に送ることになるのだ。

[料理は自尊心と自身を高めるのにも役立つ]    

「対人的な問題を抱える子どもをサポートするとき、料理が彼らの

自尊心を高めるのを見てきました」と、アヴィシャイ氏は話した。

子供にとっても、料理は自信にるながる自己管理の一部だ。

[料理はマインドフルネスの実践]    

マインドフルネスの効果は、集中力の向上からストレス軽減、健康的な

ライフスタイルの促進まで、さまざまな領域に及ぶといわれれる。

「料理にしっかりと意識を集中することです」と、シールド氏は語る。

料理をしていると注意散漫ではいられない。集中力を失えば、すぐに物事が乱れてしまう。

ちょっと目を離しただけで玉ねぎが焦げてしまうかもしれないし、携帯電話をチェックしているすきに

パスタを茹でている湯が吹きこぼれてしまうかもしれない。

「キッチンで過ごす時間は、内省的になるのに適しています。

すべての感覚が料理の経験に結びついており、記憶は嗅覚とつながっています。

キッチンに立ち、料理をしているときに家族と昔よく食べていた料理の記憶が思い出されたりするかもしれません。

キッチンに立ち、料理をしているときに家族と昔よく食べていた料理の記憶が思い出されたりする!

そのような記憶はたくさんあります。

だから料理は特に健康に良いのです」とオハナ氏はいう。

「料理の面白さのひとつは、蓄積してゆく効果があることです。

それは自己管理であり、他人を慈しむことであり、身体的な配慮であり、

マインドフルネスであり、自分自身と他人のための基本的な必要を満たすことです。

人のために食事を作る行為には、実にたくさんのことが詰まっています」。

シールド氏はこうまとめた。

……やらなければならないのは、忙しい生活の中に料理を取り入れえる

時間を見つけるだけだが、ひとまず必要なモチベーションは揃った。

忙しいみなさん、料理するときはこのことを思い出してほしい。    

HUFFPOST より。

 

 

料理は育てること。自分の中の目標が料理人の道を切り開く!

料理は育てること。自分の中の目標が料理人の道を切り開く!!

 

[料理は育てること。自分の中の目標が料理人の道を切り開く。]    

一流の料理人になるためには、長く厳しい修行を乗り越えなければならない。

しかし、それを終えた先に、自分のお店を持ったり、新しい料理を作り出せる料理人はどのくらいいるのだろうか。

約15年前、放送が開始された料理の鉄人にて、初代「和の鉄人」として活躍した道場六三郎。

銀座の「ろくさん亭」は日本最高の和食店と評される名店だ。そんな銀座「ろくさん亭」で修行を積み、

料理の鉄人で道場六三郎のアシスタントを任されていたのが新井常雄さんだ。

ろくさん亭を退社後は、数々の飲食店で料理長やメニュー開発を任されてきた。

そんな新井さんは、恵比寿横丁を始め、東京の各地に前例のない形態の飲食店を

オープンさせ続けている株式会社浜倉的商店の総料理長に、2016年から就任している。

そんな新井さんに、料理人として成功するために必要なこと。

そして、急成長する話題の飲食店のリアルを聞きました。    

[目的のない修行は将来の役に立たない]    

-簡単に新井さんの料理人としての経歴をお伺いできますでしょうか?

私は高校卒業と共に料理人の道に入って、山梨の料亭でキャリアを始めました。

新井さんは高校卒業と共に料理人の道に入って、山梨の料亭でキャリアを始めました!

そして、26歳の時に出場した山梨の料理コンテストでグランプリを獲得することができたんです。

元々東京で勝負したい!

と思っていたので、それをきっかけに東京に行く決意を固めました。

当時、和食の最高峰とされていた銀座「ろくさん亭」に見習いとして迎えていただきました。

料理の鉄人と言われる道場六三郎さんの下で10年ほど修行をして、ひたすら和食を学びました。

-ろくさん亭での修行はどうでしたか?

元々しっかりとした環境で10年基礎を学ぼうと思っていました。

とはいえ、名高い名店なのでよそ者を寄せ付けないような厳しい

雰囲気もあったので、最初に馴染んでいくまでに苦労をしました。

厳しい環境でしたが、やっぱり料理は基礎が何よりも肝心です。

偉大な料理人の下で基礎が学べて本当に役に立っています。 -その後はどんなキャリアを進まれたのでしょうか?

いつか自分の料理の腕で勝負したい!

という目標がありましたので、当時NYに店舗を出店して、世界で

日本食を提供していたフードスコープという会社に転職しました。

その後は、飲食店の統括料理長やメニュー開発のお仕事をしてきました。 

-すごく順調なステップアップだと感じたのですが、料理人のキャリア形成で重要な事は何でしょうか?

目標を持つこと。

これに尽きるんじゃないでしょうか。これは料理人に限らずだと思いますけど、いつまでに何をしたいか。

これを明確に持っておくことだと思います。

目標を持って、いま自分がいるお店や環境を選ぶ事が出来れば、掲げた目標を実現しやすいですよね。

でも、料理人として目標を持たなければ、ただ言われたメニューを作り続けるだけになってしまいます。

先程も言ったとおり、料理は基礎が重要です。

しっかりと成長できる環境に、目的を持って身を置くことが重要だと思いますよ。

 

 

料理は方程式+α 誰かの真似をしていても良い料理は作れない!

料理は方程式+α 誰かの真似をしていても良い料理は作れない!!

 

[料理は方程式+α 誰かの真似をしていても良い料理は作れない]    

-新井さんは様々な飲食店でメニュー開発をされていますが、その発想はどこから来てるんですか?

良い料理を作るためには、方程式というモノがあります。

まず最初に、「煮る・揚げる・焼く」などの調理方法を決めます。

例えば焼くという調理方法に決まったら、「藁で焼く・フライパンで焼く・炭で焼く」などの詳細を決めていきます。

あとは、どんな食材を使い合わせていくかを決めていく。

基本的に料理は方程式なんです。そこに、+αを加えていく。

僕の場合は、ろくさん亭で働いていた時に、料理の鉄人という番組にアシスタントとして出演していた

影響で、どの食材をどんな方法で調理すると美味しい料理が出来るか?

というのを毎日ノートにまとめていました。

-毎日ノートにアイディアをまとめていたんですか。そうですね。料理って長い間変わってないんですよ。

調理器具が進化してきたり、最近では一口サイズでたくさんの料理が出てくる

コース料理なんかも生まれていますが、根幹は大きくは変わりません。

お寿司屋も料亭もなくなることなので、応用的な料理を作れるように

なるには、引き出しを多く持っておかなければいけません。

そう考えてきたので、若い頃からアイディアのメモだけは欠かさずにノートに書き留めていました。

基礎を応用して、オリジナリティーのある料理を作るためには、やっぱり努力は必要だと思いますね。

[料理人ならお客さんと勝負できる環境を選べ]    

-いま、酒場等の飲食店では決められたメニューを作り続ける方が多いんじゃないかと思います。

そこで料理の基礎が学べるなら、いいんじゃないかと思いますよ。

丁寧にレシピ通り作り上げることも重要です。

でも、基礎が固まってきたと感じているのなら、お客さんと勝負する環境を

選ばないと誰かの考えたメニューを作るだけの料理人になってしまいます。

-料理人として成長するために、どんな環境を選ぶべきなんでしょうか? 

料理人として基礎の部分が固まったのなら、お客さんの前で

応用した料理を提供できる環境を選ぶべきだと思います。

自分でレシピを考えたメニューをお客さんに出す経験です。

誰かのレシピで料理を作っていても成長は止まってしまうので、

この経験ができる環境に飛び込むのが重要ではないでしょうか?

挑戦と成長できる居場所を作りたい!

-料理に自信があっても、自分の料理を出せないって方も多いのかもしれません。

基礎ができないと応用ができないので、実際にメニュー作りが出来る料理人になるのは難しいかもしれませんね。

それこそ、最初から目標を持って、努力を続けていなければいけませんから。

[挑戦と成長できる居場所を作りたい!]    

-新井さんは浜倉的商店でどんなことをされているんですか?

元々自分のお店を作りたいって時に、代表の浜倉に声をかけられたんです。

どうしてもお願いしたい!

って熱意に負けて、総料理長としてお手伝いさせていただくことを決めました。

基本的には、横丁スタイルの酒場で出すメニューを作ったり、お店の統括をしています。

横丁のガヤガヤしたお店から、びっくりするくらい美味しい料理が出てきたらきっと嬉しいじゃないですか。

すごくやりがいも感じてますよ。

また、地方の食材を探すことも大切な仕事の仕事です。

「生産者をスターに!」という浜倉的商店が取り組んでいる新プロジェクトがあります。

「生産者をスターに!」するためには、地方に行って、生産者さんが作っている現場を見て、

直接話をして、想いを知って、というのはとても大切なことだと思うんですよ。

この前なんかは、一か月のうちに、福岡、大阪、高知、千葉とまわって、各生産者さんに会いに行ってきました。

弾丸ツアーでしたけどね。笑 生産者さんに会うことで、新しいメニューの発想につながることもたくさんあります。 

何より、生産者さんの顔を知っていることで、僕自身の思い入れも違ってきます。 

地方に行くときは、僕一人で行くのではなく、若手の料理人も一緒に連れて行くようにしています。 

彼らにとっても、良い勉強になりますし、良い刺激になりますからね。

浜倉的の店づくりは、いつも「生産者さん=食材とのご縁」から始まります。

その店を日々、ブラッシュアップしていくためには、

今後生産者さんとのつながりが、より一層大切になっていきます。

これからも、弾丸ツアーを続けていきますよ。

-他にもなにかされてるんですか? お店に出ていって掃除をしたり、看板を作ることもします。

お店に入ってもらわないと料理はお客さんに届けられないので、そのために必要なことは経験を活かして何でもやりますよ。

あとは、僕自身もメニュー開発をしますが、最近では若手の料理人にメニュー開発を任せ始めています。

-新井さんがすべてのメニューを作っているわけじゃないんですね。 

浜倉的商店には、目標を持ったスタッフが多いんですよ。

自分の料理を作りたかったり、将来自分のお店を持ちたいって人だったり、

産地の生産者の想いや食べ方を伝えたいんだ!って。

なので、彼らには出来る限り挑戦させていあげたいと思ってます。

もちろん、口出しもしますけどね。笑

-新井さんがいることで安心して成長できたり、挑戦できそうですね。 

浜倉的商店で使う食材は、生産者や産地にこだわってるんですね。

なので、実際に食材や生産者に会いに行ったりするんですよ。

そこで吸収したものをちゃんとぶつけてくる。人から言われたことをやっても気分が乗らないじゃないですか。

自分で感じて、自分でレシピを考える。

だから失敗しながらでも成長していけると思うんですよ。

-なるほど。

料理人から見て、浜倉的商店には他に特徴はありますか?   

お客さんと向き合って実践できる環境が整っていると感じています。

なので、若い料理の作り手に基礎を教えながら、実践するのにはいい環境です。

新しい店舗が出来ると決まれば、若い料理スタッフと一緒に、毎週のように一緒にメニュー開発をしていますよ。 

僕がすべてメニューを作ることも出来るんですが、それじゃあ層が拡がっていかないじゃないですか。

若者に自分の料理を試させる場を作ってあげることや、基礎を教えてあげるのも仕事の1つですからね。

料理人として飲食店で働く上で、目標というのはどうしても見失いがちになってしまうのかもしれない。

店長としてお店を守ることや、先の見えない下積みなど、自分の料理人としての腕を試す機会が少ないからだ。

料理人には基礎が肝心だ。ただ、お客さんに自分で考えた料理を出すことも同じくらい重要だ。

料理人として、なりたい自分になるための環境を選ぶことも大切なことなのかもしれない。

現在、浜倉的商店では3種類の料理人としての募集を開始している。

料理長やメニュー開発など、料理人として成長できる環境の募集も始まっている。

話題の酒場で料理スタッフとして働く興味がある方は、お気軽に詳細を確認してみてはいかがだろうか。

株式会社 浜倉的商店製作所 より。

 

 

かつてここで大きな鮎をかけた記憶が蘇りました!


高校生の時には、あの狩野川台風に襲われた!最低気圧は、なんと880ミリバールで世界一の記録が今でも残っている!

 

今日のまとめ。

ふるさと・福島!

心の底の味と匂い!

Gourmet!

自分がおいしいと思う料理だけをつくり、お客様にぶつける! 

俺は茸になるのだ!●古川さんと 茸!

茸は放射性物質を吸収しやすいとされています! 

料理を「おいしい」と感じる脳の仕組みとは?!

脳は結構ダマされやすい?!

人のために料理することは、自分を豊かにする!

料理は育てること。自分の中の目標が料理人の道を切り開く! 

料理は方程式+α 誰かの真似をしていても良い料理は作れない!

今日はふるさとの味について記述してきましたが、ふるさと福島では春にはタケノコを掘り、夏には唇が紫色になるまで川で泳いだとある!

私も伊豆湯ヶ島で育ち、山に行ってはタケノコや長芋を掘り、夏には一日中狩野川で、鮎やカンジイを追いかかけてはの、同じような子供時代を思い出す! 

私のふるさとには天城山があって、高校生の時には、あの狩野川台風に襲われた!

狩野川台風で流された流木が伊豆長岡の鉄橋に、大量に詰まっている!

狩野川台風の最低気圧は、なんと880ミリバールで世界一の記録が今でも残っている!!

その日は朝から強烈な雨な降り続き、夕刻には増水の最大の目安である高岩が見えなくなっていた!

だがそれからの雨量が猛威をふるい、午後9時からの30分間は、滝のような雨が降り続き、

鉄橋である修禅寺橋は1時流されきた流木がつまって、ダム状態になり、それに耐えられず、

橋は決壊し下流の中学校を直撃し、大仁の岩盤で流れを変えて、その流れは熊坂部落を襲い集落全部を一気に濁流が流し去った! 

この時の死者は900人近くでその恐ろしさの記憶が、未だ拭い切れないでいる!

今日のテーマは心の底の味と匂いだが、つい脱線してしまいました!!

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ABOUTこの記事をかいた人

私はかなり高齢な建築家です。出身は伊豆の湯ヶ島で多くの自然に触れて育ちました。少年時代の思い出も記事になっています。趣味が多くカテゴリーは多義に渡ります。今は鮎の友釣りにハマっています。自然が好きで自然の中に居るのが、見るのが好きです。ですので樹木は特に好きで、樹木の話が多く出てきます。 電子書籍作りも勉強して、何とか発売できるまでになりました。残り少ない人生をどう生きるかが、大事です。