「共生」の島 小笠原を歩く!東京都心から南に1000kmの小笠原諸島は、一度も陸につながったことがない「海洋島」だ!!

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「共生」の島 小笠原を歩く!東京都心から南に1000kmの小笠原諸島は、一度も陸につながったことがない「海洋島」だ!

「共生」の島 小笠原を歩く!東京都心から南に1000kmの小笠原諸島は、一度も陸につながったことがない「海洋島」だ!!

 

東京都心から南に1000kmの小笠原諸島は、

一度も陸につながったことがない「海洋島」だ。

海を超えて辿り着いた動植物は今も独自の進化を続けている。

固有の生態系への評価で世界自然遺産登録を受けてから、

今夏で10年だ。

島で目にしたのは青空とスコールの間で刻々と表情を変える、

神々しいような自然。

そして移住者を中心に人口が増える、

離島としては不思議な姿だ。

小笠原は自然との、

そして多様な人々同士の「共生」の島だった。

 

 

ガラスの生態系 守る意志!南島は島全体が天然記念物で、認定ガイドと一緒でないと入れない!

ガラスの生態系 守る意志!南島は島全体が天然記念物で、認定ガイドと一緒でないと入れない!!

 

動植物の楽園」とも呼ばれる南島は、小笠原村の人口が集中する父島から船で南西に20分ほどの小さな無人島だ。

島全体が天然記念物で、認定ガイドと一緒でないと入れない。

原則1日100人、滞在時間も2時間まで。

入島時は外来動植物を持ち込まないよう海水で靴底を入念に洗う。

固有植物の解説を聴きながら崖のような小道を高台に上がると、一気に視界が開けた。

眼下に「扇池」と呼ばれる真っ白な砂丘と、エメラルドグリーンの入江が広がっている。

ビーチにはカタツムリのような直径4~5cmの抜け殻が無数に散らばる。

数百年前に絶滅したヒロベソカタマイマイの半化石だが、

どれも昨日まで生きていたかのような美しい光沢を保っている。

突然、一つが動き出し息を飲んだが、中にいたのは

天然記念物のムラサキオカヤドカリだった。

砂丘のあちこちに残る車の走行跡のような長い筋は、

アオウミガメが産卵できたことを示す。

所々に立つ木の枝は、その下に卵があるという注意喚起だ。

空を見上げると、固有の猛きん類、オガサワラノスリが静かに悠々と滑空していた。

南島の近くで船に乗っていると不意に、

十数メートル先にイルカの群れの背びれが見えた。

「運が良ければ一緒に泳げる」と聞き飛び込んだが、

すでに群れは彼方に過ぎさっていた。

水中眼鏡越しに見えたのは、そのままどこまでも

深くひき込まれそうに感じる、怖いほどの濃い青色だけだった。

小笠原の海はボニンブルーと呼ばれる。江戸時大まで

無人島だったので「ブニン」を欧米人がボニンと発音した名残だ。

ダイビングに来ていた横浜市の松田淳さん60 は小笠原への来訪が今回で59回目という。

「季節ごと、島ごとに出会える動植物が異なり魅力が色あせない。

水中でクジラに出会ったきはただ神々しかった」

小笠原は約4800万年前に火山の噴火ででき、大陸と一度も陸続きになったことがない。

何もなかった島に現在息づいている命は、

風=wind,

波=waive、

翼=wing という「3つのW」で運ばれた、ごく限られたものだけ。

それが閉じた世界の中で進化を遂げ独自の

生態系を形作っていることが、世界遺産登録の要因となった。

例えば植物の4~5割、マイマイなどの陸産貝類の9割強が固有種だ。

貴重な動植物を守り一緒に生きてゆく

「共生」の試みは、小笠原全体で登録前から続いていた。

例えば20年前に絶滅寸前だった、赤みを帯びた

頭部が特色のアカガシラカラスバト。

人間が持ち込み野生化したネコ=野ネコ による捕食が大きな要因だった。

2005年ぐらいから、NPO法人小笠原自然文化研究所=略称アイボ 

や国や自治体、そして住民全体が協力して野ネコの捕獲に取り組むみ始めた。

捕獲した野ネコは殺さず、東京都獣医師会の協力で

人になれさせたうえで本土の一般家庭に里親になってもらう。

これもまた「共生」だ。

捕獲総数は1000匹を超える。

野ネコの現象で「一時40羽程度だったこの鳥は、

今や400羽程度に増えた」=アイボの堀越和夫理事長。

実際、公園でこのハトのつがいが芝生を悠々と歩くのを見た。

午後7時半、父島北部の製氷海岸で小笠原海洋センターの職員が、

生まれたばかりのアオウミガメの子供を十数匹、海に放していた。

船着場に近い大村海岸でも多くの卵を産むが、

そこは街の中心部で陸側に人工の光がまばゆい。

子亀は光の方向に進む習性があるので海と反対側に歩いてしまうことが多い。

このため卵を持ち帰り、人工の光が少ない海岸で放流する。

小笠原ではもともとアオウミガメを食べる文化があり今も飲食店でよく出される。

センターを運営する認定NPO法人エバーラスティング・ネイチャーの

管沼弘行常務理事は「アオウミガメの来島数は増加基調。

資源として活用しながら頭数を数えているのは世界的にも珍しい」としながらも

「ウミガメのことを人間はほとんどわかっておらず、

過度な関与は逆効果になりかねない。

放流は海岸の光など人間の影響を除去する努力の一つ」と話す。

世が更けてから中部の森を歩いた。

小笠原の夜空は日本有数の美しさで知られ、見上げると空の端から端まで、

都心の数十倍の明るさの天の川が横切っていた。

そこにおびただしい流れ星が降り続ける。

ガイドが森の大木を照らすと、猿ほどの大きさの生き物が、枝を伝い歩いていた、

小笠原固有の唯一の哺乳類で、通常のコウモリより

はるかに巨大なオガサワラオオコウモリだ。

「昔は空が黒くなるほどいた」=高齢者の住民 が、今は数百頭見られる。

果汁を好み農家には害獣の面もあるので、オオコウモリを

傷つけない防護ネットを工夫するなど、ここでも共生が試される。

懸命な努力にも関わらず、固有の生き物は外的に弱く、保全は簡単ではない。

鮮やかな青色の羽を持つ小笠原固有のチョウ、オガサワラシジミは人間がペットとして

持ち込んだトカゲ、グリーンアノールに捕食され続け、数年間、島の生存が確認できていない。

野鳥のオガサワラカワラヒワも、舟で入った

ドブネズミなどの影響で絶滅の危機に直面している。

「ガラスの生態系」を守る島全体の取り組みは、今後も絶え間なく続く。

 

 

多様な人 受け入れる風土!定住の始まりは1830年、ナサニエル・セーボレーら欧米系の人々でした!

多様な人 受け入れる風土!定住の始まりは1830年、ナサニエル・セーボレーら欧米系の人々でした!

 

8月の昼下がり、入り口にあるガジュマルがある海沿いの

カフェでパソコンを開いていたのは、賀川こころさん28 だ。

京大を卒業後、総合商社で働いていたが4年目で退社した。

小笠原でイルカと泳ぐ魅力を体験し離れられなくなったからだ。

都区部の人材採用支援会社から業務委託を受け、2020年秋からフルリモートで小笠原で働く。

「自然に囲まれた暮らしは発想が縮こまらず仕事にプラス。

朝と午後の仕事の合間に泳ぎに出ることも多い」

東京・神宮前やニューヨークなどに多店舗展開する

美容室チェーン「PERMUS」は3年前、父島に新規開店した。

染谷太代表は「環境の異なる遠い場所での経験が多いいほど人は育つ」と狙いを話す。

確かに24時間かかる船便しかない小笠原は、日本有数の「遠い居場所」だ。

赴任は数ヶ月の交代制で、この夏働いたのはパリの

ファッションショーなどの経験も豊富な美容師の黒沢靖也さん 29。

「空のグラデーションや強い光、海の透明度など、ここにしかない美しさがある。

自分の感覚に刻み込み仕事に生かしたい」と語る。

小笠原に特徴的なのは外から人を呼び込む強い磁力だ。

人口は初年で父島2152人、母島454人の合計2606人。

過去20年間で1割弱増えた。

平均年齢は約41歳=15年 全国平均より5歳も若い、

大きな要因は移住者で、人口の7割程度を占めるとされる。

ガイド事業やカフェ、ホテルを営む竹澤博隆氏48 も

学生時代に島を訪れて魅せられ、移住した一人。

「圧倒的な自然と共に都会的な雰囲気も感じられる。

人々に適度な距離感があり外から来た人が暮らしやすい」。

住所は東京都、走る車は品川ナンバーだ。

島にはスポーツや文化活動のサークルが多く「昔から島民や移住者、

短期滞在者がすぐに打ち解けて楽しむ」=ジャズ演奏サークルに属する公務員。

住居探しに苦労する親しい移住者に、島民に家を低廉に貸し出す例も多い。

異質な人を排除しない風土の背景には、小笠原の特異な歴史がある。

「定住の始まりは1830年、ナサニエル・セーボレーら欧米系の人々でした。」と話す

歴史ガイドの瀬堀翔さん38 は、セーボレー氏の6代目の子孫だ。

明治政府による1876年の領有宣言を経て、20世紀に入り人口は増加。

「しかし戦争末期に島民の大部分が強制疎開で

小笠原を離れ、そのまま米国の統治になりました」。

復帰は1968年だった。戦後20数年の分断が、

他の古い地方にありがちな束縛や因襲を薄くしている。

島には微かな異国感も漂う。「欧米系島民の子孫が今も1割程度」=瀬堀さん 

という状況や、街に点在する米国時代からの芝生のせいだろうか。

移住者はすでに産業や文化の中心的存在だ。

竹澤さんが最近力を入れているのが木工スタジオで作る土産品。

燃料用などに持ちこまれた紅葉樹のアカギは広く繁殖、

最近は固有植物を守るため伐採の対象となっている。

人の都合で持ち込まれ、後に邪魔にされるのは野猫と同じだ。

「なんとか再利用したい」と考えた。

例えば木製のボールペンなどの材料に一部は、

父島の「ウエザーステーション展望台」の近くで数十年育ったアカギだ。

展望台には夕暮れ時、観光客や島の人々が自然に集まり、

水平線に沈む夕日とともに声もなく見つめる。

「同じ場所で夕日を数十年見続けたアカギで作られたペンは、あの

物凄い夕焼けを体験した観光客に、特別な意味や物語を感じさせ続けるのではないか」

トレーラーを改装した父島中部の店「USK Coffee」.オーナーの宮川雄介41 は

小笠原がコーヒーの産地と知って20代で移住、栽培から焙煎など全てを手がける。

果肉のまま乾燥させる手間のかかる手法で作ったコーヒーは、

定期的に有名百貨店のコーヒー店でも売られる。

強制疎開などの影響などで一時下火になっていた小笠原の

コーヒーは、宮川さんたちの努力で少しずつ知名度を高めつつある。

島の通信環境は都区部に劣らず、コロナを機にリモート先として注目が集まっている。

観光協会は8月、ワーケーションや長期滞在の受け入れ態勢を作る委員会を新設。

委員長は瀬彫翔さんの弟で一緒にホテルを経営する健さん35 だ。

先住者の子孫が今度は都会との共生の旗振り役を担う。

すでに島ではフリーランスなどの長期滞在が目立ち始めているが、

冒頭の香川さんは「自分のような生き方はサステナブルだろうか」と振り返ることがある。

「正社員中心の社会保障制度をフリーランスにも拡充して欲しい」。

多様で自由な働き方を広めるための国の課題だ。

小笠原は産業面でも本土とつながりを深めようと模索を続ける。

小笠原は産業面でも本土とつながりを深めようと模索を続ける!

父島から船でさらに南に2時間の母島で、力を入れるのが海中で1年間寝かす

「海底熟成ラム  Mother」だ。

サトウキビ製糖時の副産物からできるラムは島で愛飲されていた。

海底での揺らぎや海中温度が影響を与えるのか、

実際に飲むと芳醇で奥行きのある味わいに驚く。

コロナ渦の観光客減で島での販売は減ったが、

特別な存在感から本土での取り扱いが増えているという。

沈んでいるラムを見ようと、十数メートルの海中に潜った。

青い光の中で、ラムの瓶はまるで沈没船の一部のように幻想的に揺らめいていた。

今、環境のサステナビリティが叫ばれ、コロナ渦で人々は分断されている。

自然と、そして属性が異なる人々が共生する小笠原は、

これからの世界を考える様々な示唆に富んでいた。   

田村正之 山口朋秀撮影 日経新聞。

 

ではこれに関する研究をしてゆきます。

 

 

小笠原諸島・母島の陸で楽しめるアクティビティ!

小笠原諸島・母島の陸で楽しめるアクティビティ!「小富士」は、日本の最南端の山!

 

[小笠原諸島・母島の陸で楽しめるアクティビティ★人気ランキングベスト5]    

東京から約1000km南に位置する「小笠原諸島」は、30余りの

島々の総称で、大自然の宝庫の島です。2011年には世界自然遺産にも認定されました。

父島へは東京の竹芝桟橋から24時間、さらにそこから約2時間でたどり着くのが母島です。

今回は、そんな「日本一遠い島」と言われている母島について紹介します。

マリンアクティビティが有名な小笠原諸島ですが、海以外でも

楽しめるアクティビティもあるので、母島へ旅行する際にはぜひ参考にしてみてくださいね!

[母島へはどうやって行くの?交通手段、アクセス]    

小笠原諸島へのアクセスは、東京・竹芝~父島・二見間を結ぶ旅客船のみです。

「おがさわら丸」(通称、おが丸)に乗って片道24時間かかりますが、黒潮を横切る時には

船に設置している「横揺れ防止装置」が揺れを軽減してくれるので、快適な船旅を楽しめます。

通常期は週1便のみですが、GW・夏期・年末年始などの繁忙期は週2~3便の運航となります。

24時間の船旅になるので、小笠原旅行は往復の船中2泊+現地3泊の5泊6日が基本になりますよ。

母島へは、父島から週休1日でほぼ毎日運航している「ははじま丸」に乗り、約2時間ほどで到着します。

母島の集落内には商店が3軒、飲食店が5~6軒ほどのみで、

薬局や娯楽施設はありませんので、必要になりそうなものは、予め購入してから出発しましょう。

[母島のおすすめ観光スポットと、守るべきルール]    

滞在中に訪れて欲しい、母島の人気スポット

世界自然遺産にも認定されている小笠原諸島ですが、

母島でしか見ることの出来ない、人気の観光スポットも数多くあります。

中にはガイドツアーなどで行ける場所もありますので、事前に調べておくことをおすすめします。

母島にある最高峰の山「乳房山」

初心者でも登れる山なので、観光客にもおすすめです。

「ハハジマノボタン」などの固有植物やここにしか生息していない

特別天然記念物の鳥 「ハハジマメグロ」 を見ることが出来ます。

展望台からの絶景は一見の価値がありますよ。

「小富士」は、日本の最南端の山」

人が住んでいる場所の中で、日本一早く日の出が見られることで有名です。

頂上からはサンゴ礁が広がる「南崎」の絶景が見られます。

シュノーケリング人気スポット「南崎」

母島で人気のシュノーケリングスポットです。

湾内にはテーブル珊瑚などが発達しているので、多くの熱帯魚が見られます。

沖合は潮流が早いので注意が必要です。

「「蓬莱根海岸」は、白い砂浜の幻のビーチ」    

干潮時にしか陸が繋がっていない為、「幻」と言われています。

海岸近くからサンゴが広がっているため、シュノーケリングに最適なスポットの一つです。

「北側にあるシュノーケリングスポット「北港」」   

玉砂利の海岸にサンゴ礁が広がる幻想的なビーチで、ここもシュノーケリングの人気スポットです。

「「探照灯基地跡」にある大型の探照灯」   

都道脇の壕の中に、戦時中の旧日本軍が設置した大型の

探照灯がいまも残っていて、第二次世界大戦の歴史を垣間見ることが出来ます。

「夕陽スポット「静沢の森遊歩道」」   

入口周辺は母島を代表する夕陽スポットで、太陽が完全に沈む直前、

太陽が完全に沈む直前、一瞬だけ緑色に光るグリーンフラッシュ現象が見られることもあります!

一瞬だけ緑色に光るグリーンフラッシュ現象が見られることもあります。

[出発前に確認しよう、「小笠原カントリーコード」]    

小笠原では、貴重な自然を守りながら親しんでもらうため、

「小笠原を訪れるみんなのルール」として、「小笠原カントリーコード」を定めています。

ほかにも、行政が定めた法令や各団体が定めた自主ルールなどを

ルールブックとしてまとめていますので、必ず守って行動しましょう。

小笠原カントリーコード-自然と共生するための10ヵ条-

1「貴重な小笠原を後世に引き継ぐ」

2「ゴミは絶対捨てずに、すべて持ち帰る」

3「歩道をはずれて歩かない」

4「動植物は採らない、持ち込まない、持ち帰らない」

5「動植物に気配りをしながら、ウォッチングを楽しむ」

6「さんご礁等の特殊地形を壊さない」

7「来島記念などの落書きをしない」

8「全島キャンプ禁止となっているので、キャンプはしない。」

9「移動は、できるだけ自分のエネルギーを使う」

10「水を大切にし、トイレなど公共施設をきれいに使う」

[第5位:戦前から島に伝わる民芸品「タコノ葉細工体験」]    

旅の思い出として持ち帰ることも出来るので、非常に人気がある細工体験。

ロース石で作られた郷土資料館の「ロース記念館」で作ることが出来る【タコノ葉細工体験】です。

ロース石とは1869年(明治2年)頃、母島に定住し、開拓に貢献した

ドイツ人ロルフスによって発見されたと伝えられています。

大正時代、砂糖収納庫として使用されていましたが、返還後は小笠原農業協同組合母島支店、

母島簡易郵便局として使用された後に、1992年から郷土資料館として開館している、貴重な資料館です。

タコノ葉細工体験メニューでは、ブレスレットなどを作ることが出来ます。

タコノキの説明と、加工前のタコノ葉を見せてもらった後に、

きれいに色付けされたタコノハから好きなカラーを選び、実際にタコノハを編んで作り上げていきます。

「第4位:「スターウォッチングツアー」で、天然の天の川を見よう」   

人工的な光の影響をほとんど受けることがない小笠原諸島では、スターウォッチングがおすすめです。

環境省の呼びかけで実施されていた「全国星空継続観察(スターウォッチング・ネットワーク)」では、

平成22年に小港海岸、23年にはコペペ海岸が

「日本一の星空が見える場所」という栄誉に輝いた程、星がきれいに見えるんです。

季節ごとに見える星も違うので、星が好きという方は是非訪れた際に見てくださいね。

特に7~8月頃の夏は、天の川が一番キレイに見える時期なんです。

双眼鏡で「いて座」や「さそり座」を覗くと、散開集団と呼ばれる

星の集団も見られたり、「夏の大三角形」も眺めることができます。

その他、てんびん座・いて座・やぎ座・みずがめ座・いるか座などの

星座も夜空に現れるので、天然のプラネタリウムを余すことなく堪能できますよ。

「第3位:夜の探検「ナイトツアー」で、希少な生き物たちを観察」   

月や星などの自然の明かりだけに照らされた、夜の探検「ナイトツアー」は、見所が盛りだくさんです。

月の光を頼りにして、森の中や海岸を巡っていると、夜行性の動植物たちに出会うことが出来ます。

ここでしか会えない希少な生き物や植物を観察することが出来る人気のツアーです。

天然記念物に指定されているオガサワラオオコウモリや、オカヤドカリ、またグリーンペペと呼ばれる

光るキノコ、さらには運が良ければアオウミガメの産卵に出会えることもあります。

神秘の宝庫である、小笠原のもうひとつの世界をお楽しみください。

「第2位:平和の大切さを学べる、貴重な体験「戦跡ツアー」」   

第二次世界大戦時、小笠原諸島は本土決戦に備えた最後の砦として日本軍の拠点となりました。

上陸こそはしなかったものの、激しい爆撃にさらされた為、

森林には当時使用されていたと思われる、大砲や壕がいまだに残されています。

終戦から75年以上経った今も、忘れてはならない

“平和の大切さ”を考えながら、歴史を学べる貴重なツアーです。

また、戦跡は森の中や海岸にあることが多いため、

母島の貴重な自然を傷つけないように注意する必要があります。

一部の遺構は私有地内に所在するので、むやみな立ち入りは禁物なので、

東京都認定のエコロジーガイドの案内・指導のもとに探索して下さいね。

「第1位:「トレッキングツアー」で固有種観察&絶景を楽しむ」   

母島の陸のアクティビティでは外すことの出来ない「トレッキングツアー」。

海洋島として独自の進化を遂げた小笠原諸島の山・森をガイドと一緒に歩いて、

この目で見て感じ体感することで、味わえる感動があります。

世界中のどこにもなく、小笠原にしか生息していない動植物(固有種)

を観察することが出来るのも、トレッキングツアーの魅力のひとつです。

ハハジマノボタン(7月~8月)、ワダンノキ(10月~12月)などの植物のほか、

特別天然記念物のハハジマメグロ(鳥)や、

オガサワラオカモノアラガイ(カタツムリ)など、さまざまな固有種を見ることができます。

また、数々の絶景ポイントも巡ることができ、特に乳房山コースや南崎コースは、

頂上から360°の絶景が望めるため、大変人気があります。

トレッキングツアーで歩くのは登山道になりますが、整備されているとはいえ、

曲がりくねった南国の草木がはみ出していたり、急な階段、鉄ハシゴ、

滑りやすいポイントもあるので、トレッキングシューズをおすすめします。

登山用のウェア、ザック、雨具、飲料水、携帯トイレなど、

一般的な登山の装備は用意しておくと、さらに安心です。

[ボニンブルーの海で遊ぶ、マリンアクティビティ]  

小笠原諸島近海では、野生のイルカたちに一年を通して出会え、

イルカたちと一緒に泳ぐという貴重な体験が出来ます!

警戒心の強いイルカもいるので、驚かさないように泳ぐのがポイントです。

ゆっくりと泳いでいると、一緒に遊んでくれるイルカも出てきますよ。

「ホエールウォッチング」   

国内屈指のホエールウォッチングポイントとしても知られている小笠原諸島。

ボート上で間近で見るクジラは迫力満点で、ザトウクジラはブリーチと呼ばれる

ジャンプや胸びれ・尾びれで海面を叩くなど、様々なアクションで楽しませてくれます。

「ダイビング」   どこまでも深く透き通っている海中で、

カラフルな珊瑚礁・熱帯魚などを楽しめる小笠原諸島の海。

日本でもトップクラスの魚種類を誇るダイバー憧れの地です。

今もなお手付かずの自然が残る母島ならではのダイナミックな海中世界を楽しむことができます。

「シュノーケリング」    

ダイビングをせずとも、魚たちを見ることが出来るシュノーケリング。

サンゴ礁のある母島はスポットも沢山あります。

波打ち際にも魚はいるので、間近で観察することも出来ます。

「サンセットクルーズ」   

ボートに乗って小笠原諸島の絶景を見に行くツアーです。

展望台からの夕日とはひと味違う、遮るものがない洋上での夕日は格別です。

夕日に染まる海をみて、感動体験をしていただけます。

「釣り」    

魚介類の宝庫でもある小笠原諸島は、船釣りでも

桟橋や岩場での磯釣りもお楽しみいただけます。

大物だと、カスミアジ・マグロ・カンパチ、その他にも

ロクセンスズメダイ・ハタ類など数多くのお魚が釣れます。

[「日本一遠い島」母島へ是非お越しください。]  

後略!  

TRIP in より。

 

 

日本はこの誇るべき離島の固有の生態系を守っていく必要があります!

小笠原は我が国が誇る素晴らしい自然の島です!日本はこの誇るべき離島の固有の生態系を守っていく必要があります!

 

今日のまとめ。

東京都心から南に1000kmの小笠原諸島は、一度も陸につながったことがない「海洋島」だ。

海を超えて辿り着いた動植物は今も独自の進化を続けている。

固有の生態系への評価で世界自然遺産登録を受けてから、今夏で10年だ。

島で目にしたのは青空とスコールの間で刻々と表情を変える、神々しいような自然。

そして移住者を中心に人口が増える、離島としては不思議な姿だ。

小笠原は自然との、そして多様な人々同士の「共生」の島だった。 

ガラスの生態系 守る意志!南島は島全体が天然記念物で、認定ガイドと一緒でないと入れない! 

多様な人 受け入れる風土!定住の始まりは1830年、ナサニエル・セーボレーら欧米系の人々でした! 

小笠原諸島・母島の陸で楽しめるアクティビティ!小富士」は、日本の最南端の山! 

小笠原は我が国が誇る素晴らしい自然の島です!  

そして多様な人々同士の「共生」の島でした! 

南頭は認定ガイドと一緒でないと島に入れません! 

日本はこの誇るべき離島の固有の生態系を守っていく必要があります!

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私はかなり高齢な建築家です。出身は伊豆の湯ヶ島で多くの自然に触れて育ちました。少年時代の思い出も記事になっています。趣味が多くカテゴリーは多義に渡ります。今は鮎の友釣りにハマっています。自然が好きで自然の中に居るのが、見るのが好きです。ですので樹木は特に好きで、樹木の話が多く出てきます。 電子書籍作りも勉強して、何とか発売できるまでになりました。残り少ない人生をどう生きるかが、大事です。